転校生
イングランド北西部にある中心都市、リヴァプール。
街の一部が海商都市、リヴァプールとして世界遺産にも登録されているこの街で、男はひたすら逃げ回っていた。
(くそ、くそっ! 途中まで、計画は順調に進んでいたのに!)
男は、レベルAの能力者だった。世界中で名の知れている能力者犯罪組織、クリエイトに属する人間だ。
今日、本来ならこの時間にクリエイトのメンバーの幾人かが世界遺産アルバード・ドッグを襲撃する予定になっていた。倉庫の中にあると言われている、大量の火薬を盗み出すために。
しかし、その作戦が決行される事はなかった。集合場所となっていた所へ向かった時、クリエイトのメンバーは一人残らず殺されていたのだ。血溜まりの中に立つ、一人の人物の手によって。
美術館や博物館の多いこの街の中を、男はただがむしゃらに走り続ける。日が沈み、美しくライトアップされた街並みに目もくれずに、ただただ、足を動かした。
「そろそろ鬼ごっこには飽きたな。私相手に逃げようというのが、そもそも間違っている」
男の目の前に突如人影が現れる。ひいっと悲鳴を上げて、男は後ろに後ずさった。
その人物は、ローブで体をすっぽりと包み込んでいた。顔は、こちらからでは見えない。
(い、一体どうやって現れた!? 先回りされたのか? 無理だ! デタラメに走っていたんだから、見つかる筈がない!)
困惑する男に、突如現れた人物は話しかける。
「お前も能力者なのだろう? それなら、逃げていないで私を殺しに来い。お前以外の人物は、全員で私に挑んできたぞ?」
クリエイトでアルバード・ドッグ襲撃に参加する予定だった能力者の数は十二人。つまり、目の前の人物は男を除いた十一人を同時に相手取り、一人生き残ったという事になる。
「……この、化物があああああぁぁぁ!」
体の震えを押さえ、男は獣の様な叫び声を上げてローブの人物に飛び掛る。
男が腕を突き出すと、周りの風が腕の前へと集められる。一点に集中されたエネルギーを放出すると、そこに爆発的な突風が生まれた。
自分の攻撃に手ごたえを覚え、男はにやりと笑みを浮かべた。
「く、くくく、はあっはははは! どうだ、俺は、他の奴らとは違うんだよ!」
「ふむ、風を操る能力者か。確かに強力な能力だな」
「!?」
声は後ろから聞こえてきた。振り向くと、そこには先程からいたかのようにローブの人物は立っていた。
「だが残念だな。私の前では、どのような能力も意味など成さない。魔眼『氷の花』の前ではな」
「く、くそがあああああああああ!」
再び男が手を突き出そうとした時、目の前には誰もいなかった。
そして、不意に首元に冷たい感触を覚える。
「私が相手だったのを後悔しろ」
次の瞬間、刃物で男の首が切り裂かれる。動脈から噴水の様に血が溢れ出し、辺りを鉄の匂いが満たした。
ドシャと音を立てて倒れた男を見下ろしながら、ローブの人物は身を翻す。
返り血を浴びたローブを脱ぎ、ローブの人物の姿が外界に晒された。
一本一本が美しい、長く伸ばされた金色の髪。陶器の様に白い肌は、まるで雪のようだった。
そして、十人が十人、間違いなく見蕩れるであろう容姿。
そんな彼女は金色の髪を払って歩き始める。
彼女の瞳は、凍てつく様な水色の光を放っていた。
◇ ◇ ◇
グリーンパーク爆破事件から、早くも二週間が経過した。
無事に退院した鏡矢は、既に彩花学園学生寮に戻っている。登校準備を終えて、鏡矢は学生寮を後にした。
三日前から授業には復帰しているが、何だか彩花学園がとても久しぶりに感じられる。見慣れている筈の景色をゆっくり歩きながら見ていると、後ろから声を掛けられた。
「やっほーカガミン! 久しぶりだねえ! 十年ぶりくらいかな?」
「昨日も一昨日も会っているよね。瓜生さん」
微笑を浮かべて返答し、鏡矢は瓜生が隣まで来るのを待った。
「いや~、カガミンがいない時期があまりにも長くって。奏ちゃん、すごい寂しかったよ~!」
「長いと言っても、一週間とちょっとぐらいだけどね」
一緒に並んで歩き始めると、何人かの生徒がこちらに視線を向けていた。彩花学園内に存在すると言われている、瓜生奏ファンクラブの人間かもしれない。
(ファンクラブの人間からすれば、隣を歩いている俺はきっと邪魔なんだろうな)
そんな視線に全く気付かずに、瓜生は鏡矢に話しかける。それに、鏡矢は思わず苦笑を浮かべた。
「そういえばカガミン知ってる? 今日、内のクラスに転校生が来るんだよ」
「……転校生? こんな時期に?」
今は六月末。あと一週間もすれば七月だ。転校してきて一ヶ月で夏休みというこの時期に転校生とは珍しい。
「うん。話によると、どうも外国から来た人みたいだよ。確か、女の子だったかな」
「よくそんな情報を知ってるね。どこから聞いてきたんだ?」
「職員室!」
胸を張って答える瓜生。転校生の情報を直接職員室に聞きに行くアクティブさが彼女らしい。
「あ、だからといって転校生に恋愛フラグを立てたりしたら駄目だよ! カガミン、ほっとくとバンバン女の子にフラグ立てるからね」
「フラグ……? 分かった、気をつけるよ」
どういう意味かよく分からなかったが、あまり転校生と関わるなという感じだろうと解釈し、とりあえず鏡矢は頷いた。
「それなら良し! さ、そろそろチャイムが鳴る頃だから急がなきゃ。カガミン、教室まで競争ね!」
言って、瓜生は承諾を得ずに走りだす。
「……元気だなあ。瓜生さんは」
笑顔で振り向き、こちらに手を振っている瓜生の元へ鏡矢は駆け出した。