友のために
(くそ、迂闊だったか……)
赤く滲んだズボンを見下ろしながら、鏡矢は唇を噛む。足を負傷してしまっては遠野の空剣想像を避ける事ができない。
右足に少しでも体重を傾けると、裂かれる様な凄まじい痛みが走る。それでも相手に痛みの程度を悟られないため、鏡矢は表情を変えないように努める。
「痛いなら痛そうな顔してくれてもいいんだぜ? どのみち、最後には殺される事になるんだからさあ」
横へ払うように遠野が手を動かすと、宙に半透明な刃が形成される。それは真っ直ぐに鏡矢へと放たれた。
「ぐぅ!」
普段の鏡矢なら、いとも簡単に空気の刃を回避できていただろう。しかし、足を負傷している今の鏡矢では、真っ直ぐに飛んでくる空気の刃を避ける事すら難しかった。
刃は右肩を軽く抉った。傷口から溢れ出してきた血は、服をじわじわと赤色に染めていく。
「鏡矢さん!?」
「おおっと、いいのかい? 君が高天原鏡矢の傍に移動したら、俺は空剣想像で彼を串刺しにしちゃうけど?」
鏡矢の元へ駆け寄ろうとした神崎へと、醜悪な笑みを浮かべながら遠野が制す。
彼女の能力、軌道迷走はかなり厄介な能力だが、それはあくまで自分とすぐ近くの物にしか作用されない。ある程度距離の離れている鏡矢と神崎を近づけさえしなければ、遠野にとって神崎は問題にならない。あくまで、彼の目的は鏡矢の殺害だ。
右肩を抑えている鏡矢へと視線を移し、遠野は芝居掛かった仕草で右手を広げる。
「チェックメイトだ、高天原鏡矢。身体能力だけでよく戦った方だと思うよ。そんな君に敬意を表して、最後は俺の全力で君を殺そう」
言葉と同時に、鏡矢の四方八方に空気の刃が形成される。そこには、とても避けられるようなスペースは存在しない。
(回避する手段はない。神崎さんとは隔離されている。状況はとても絶望的だ)
痛みや焦りで、鏡矢の頬を汗がゆっくりと伝う。
絶望的な状況下で、肩につけられているインテリジェント・デバイスのセーラが画面を点滅させた。
「ご主人様。この状況を抜け出すには『朱い月』を使うしかありません」
自分の隠している能力を使うことを提示されるが、鏡矢は言葉を返さない。
できれば、あのような力を使いたくない。状況が状況でも、それは揺るがなかった。
「お気持ちは察しています。ですが、ここで死んでしまっては」
「分かっている。けど、俺は自分のためだけに能力を使いたくないんだ」
甘い事を言っているのは鏡矢自身分かっている。だが、長年自分で戒めてきた力をただ生き残るためだけには使えない。
「じゃあ、これでさようならだ。死んでくれ……と、その前に、また君の友達が広場に来ているみたいだね」
遠野が向けた視線を追うように、鏡矢は首を動かした。
セミロングの女の子に、ツンツン頭の男。見覚えのある二人の姿を見て、鏡矢は目を見開いた。
「瓜生さんに、村雨? なんでこんな所に」
「さっきの放送を聞いてここに来たのか。ふうん、友達思いだね。だけど、今からその友達が殺されるよ。あ、一歩でも動いたりしたら、君達を殺すからね」
「やめろ! あいつらは関係ない! 手を出すな!」
焦る鏡矢の様子を見て、遠野は愉快そうに笑い声を上げる。
「彼らが動いたりしなきゃ手を出したりがしないさ。動いたりしなければね」
瓜生も村雨も遠野へと視線を向ける。その表情は困惑や焦り、怒りなど、様々な感情が入り混じったものだった。
「ふざんけんじゃねえよ! 高天原が何したってんだ!」
「そうだ! カガミンに手を出すな!」
「そう言われても俺も仕事だからなあ。それに、別に自分が死ぬわけじゃないんだし、そこで大人しく友達が死ぬのを見ていなよ」
鏡矢の方へと向き直ろうとする遠野を村雨は睨みつけた。ギリッと歯軋りし、アスファルトを踏みしめてその場から加速する。
「友達が死ぬのを、黙って見ていられるかよ!」
村雨の両腕、両足が淡い光を放つ。剣刀性質で腕、足に剣の性質を付与させて、目前の敵を討たんと間合いを詰めていく。
遠野はその様子を見て、ただ呆れを露にした。
「はあ、馬鹿だな。これじゃあ君を殺すしかないじゃないか」
半透明な刃が村雨の後ろに出現する。死角からの攻撃の接近に、村雨は気づく事が出来ない。
「やめろおおおおおおおお!」
友人が自分の為に行動し、そのせいで死んでしまうだなんて許せない。守らなければ、どんな手を使ってでも。
そう思った時には、鏡矢は力を使っていた。今まで自分が戒め、使うことを禁じていた絶対的な力を。




