活路への思考
「……まさか、連れの女の子も能力者なんていうオチ? 俺の空剣想像を防いだ辺り、その子もレベルAの能力者ってところか」
不快感を与える笑みを浮かべていた遠野は、舌打ちと共に顔を歪ませた。自分の考えた通りに物事が進展しない事に苛立ちを覚える。
鏡矢は神崎へと目を向ける。軌道迷走のおかげで体には傷一つ付いていない。安堵の笑みを神崎へ向けると、それに応じるように微笑んでくれた。
表情を引き締め、鏡矢は遠野へと視線を戻す。
「ターゲットは俺のはずだ。関係のない神崎さんには手を出すな」
神崎には軌道迷走がある。物体の軌道をずらす事の出来るあの能力なら、神崎に傷が付く事はないだろう。しかし、それでも自分以外へ刃を向けた目の前の男に対して怒りがこみ上げてくる。
表情には出さないようにして、鏡矢は遠野を見据えた。
「関係ないっていうのは間違いじゃないかな? 彼女は既に俺の名前を知っているわけだし、この事柄に大きく関わっていると思うんだよね。それに、結果的には傷ついていないわけだし、彼女が何らかの方法で俺の空剣想像を防げると分かった時点でもう攻撃する気はない。ただまあ、これで遠慮なく能力を行使できるってわけだ。高天原鏡矢、それはつまり君の死亡率をただ上げたに過ぎないんだぜ?」
遠野が腕を天へとかざす。その動作によって出現するのは、半透明な空気の刃。
それは鏡矢や神崎の上空に埋め尽くされるほど形勢されていた。
「降り注げ!」
瞬間、形成された数多の刃が落下を開始する。
接近する刃。神崎はそれを、軌道迷走で左右へと軌道をずらした。空気の刃は次々にコンクリートへと突き刺さり、地面を傷つけていく。
こんなものを人が喰らえばただじゃすまないだろう。皮膚を切り裂き、溢れ出した朱によって作られる血溜まりの中へと沈む鏡矢の姿を想像して、遠野は口元を吊り上げた。
が、既に刀の雨の中に鏡矢の姿はなかった。
「!?」
真横へと移動してきた鏡矢の存在に気付き、遠野は驚愕の表情を露にする。
わずかに出来た隙。それを見逃さずに、鏡矢は遠野の顔面へと拳を放とうとした。
しかし、寸前の所でピタリと拳が止められる。遠野の顔面と鏡矢の拳をはさむ形で、半透明な刃が現れたからだ。
「あんまり舐めるなよ。俺が空剣を作るのに要する時間は0.15秒だ。作るのに一秒も二秒もかかってたら、拳銃を克服しただなんて言えないだろ?」
その言葉と共に、新たに空気の剣が鏡矢を囲うように出現した。その剣が動き出す直前に、鏡矢は人の動きを超越した身体能力で跳躍し、その場から離脱する。
次々と形成され、襲い掛かってくる刃。それを巧みに回避しながら鏡矢は考える。
(場所を限定せず、ほぼ無限に形成できる空気の刃。対してこちらは常に回避運動を行わなければならない。長期戦になれば不利になっていくのは明白だ)
攻撃さえ加えられれば決着はすぐに着くだろう。しかし、瞬間的に形成される刃によって遠野は守られている。
(もしかしたら、『アレ』を使う事になるかもしれないな……)
自分の身に宿る能力の事を考え、鏡矢は首を横に振った。安易に攻略を諦め、能力に手を出すにはまだ早い。
「さあて、君はいつまで攻撃を避け続けられるかな?」
空気の剣がコンクリートを抉り、煙を立てる中、鏡矢は機会を待つ。
◇ ◇ ◇
鏡矢達の後を追って走っていた瓜生と村雨は、とある場所にて動かしていた足を止める。
中央広場へと繋がる橋。それが下の川へと崩れ落ちていた。
「マジかよ! この先に中央広場があるってのに、わざわざ回り道して行かなきゃいけねえってのか!」
時間が惜しいというのに、それに追い討ちをかけるかのようなこの状況。どうにかして渡れないものかと周りを見てみるが、向こう岸に行けるのはこの近くでは崩れてしまった橋のみのようだ。
「仕方ないと割り切るしかないね。イツキ、ここで動かないよりは、他の橋を探した方がいいんじゃないかな?」
「……くそっ、運がわりい」
舌打ち混じりにぼやきながら、村雨と瓜生は別の橋を探そうと走り始めた。
その姿を視界に捉えたある者が、後ろからついて来る事に気付かずに。