パラディン・エア
ギリギリ体を反らし、鏡矢は半透明な『何か』を避けた。
「へえ、いい反応速度だ。けど、誰も一発とは言ってないんだよね」
真下から現れた『何か』が、鏡矢の首を目掛けて飛んでいく。
避けきれないと踏んだ鏡矢は咄嗟に腕を盾にして、『何か』を受け止めた。
「っ!?」
盾にした腕の肌に突き刺さる感触。痛みで顔をしかめたが、鏡矢はすぐさまその場から数歩後ろに下がった。
鏡矢の腕から赤い液体が零れ落ちる。鮮やかな朱が、地面を赤い斑点を描く。
「き、鏡矢さん!?」
駆け寄ろうとしてきた神崎を傷ついていない方の腕で制し、鏡矢は遠野を睨みつけた。
「一体どんな能力を使っているんだって顔をしてるね。いや、この場合はどいつも同じ事を考えるか」
楽しげに笑いながら、遠野は言葉を続ける。
「高天原鏡矢。君はレベルAの能力とレベルBの能力、これは一体どんな風に区別されているか知っているか?」
唐突な質問に、鏡矢は答えようとしない。いや、最初から応じようという気はなかった。
遠野はつまらなさそうに溜息をつく。そして、勝手に話を再開し始めた。
「これは俺の依頼主が言ってたことなんだけど、能力がレベルで区別されているって事は、能力自体に差が存在するからなんだそうだ。まあ確かに、炎を自在に操れる能力と物を少し動かす能力じゃスペックに差があるもんねえ。で、その依頼者曰く、レベルAの能力とレベルBの能力が一番基準としては明確なんだとさ」
鏡矢は遠野の隙を伺いながら、その話に耳を傾ける。神崎も遠野の話に聞き入っていた。
「その基準っていうのは、拳銃よりもその能力が強いかどうか。これも言われて納得したなあ。いくら強力な能力者でも、銃弾を喰らったらただじゃすまない。それに、能力を発動するよりも、銃の引き金を引く方が早いからね。だが、レベルAに部類される能力者は違う。レベルAは、その銃を克服した能力者に授けられる称号なんだよ」
「…………」
SCGのメンバーである鏡矢は、その事を既に知っていた。ただ、自分からその事実を口にするのが嫌だった。
世界の国の中には能力者を軍事兵器として扱っている国が存在する。他国との戦争の際にレベルAの能力者を戦場へ向かわせ、戦果を上げるために。
日本や近隣の国々では能力者を兵器としては使用しないという条約が立てられているため、今の所問題は起こっていない。が、事実として能力者が兵器扱いされている事を否定する事は出来ない。
人工的に能力者を作り出すというプロジェクトがある。万が一それが成功し、他国に戦争目的として流用されるような事になったらと思うとゾッとする。
「前ふりが長くなった。要するに俺が言いたいのは、レベルAは銃よりも優れているって事なんだよねえ。じゃあ、君のレベルSは一体どうなるんだろうね? 身体能力の向上は、レベルAにさえなるのが厳しいだろうに」
「……何が言いたい?」
「君は力を隠してるんだろって事さ。まあ、使わないなら使わないで、殺しやすいから助かるんだけどね。ちなみに――」
遠野が手をかざした瞬間、あちこちから『何か』が出現した。
「――――俺はレベルAの能力者なんだよね。大気を刃に変える空剣想像っていう、チートみたいな能力を身に宿した」
鏡矢に向かって大気で生成された刃が襲い掛かる。真正面からだけでなく、死角からも向かってくる刃。それを鏡矢は、的確に全て回避した。
「マジかよ。話には聞いてたけどとんだ強者だな。じゃあ、不本意だけどセコイ手を使わせてもらうよ」
遠野の視線が、神崎へと向けられた事に鏡矢は気づく。それと神崎の目の前に刃が生成されるのはほぼ同時だった。
「神崎さん!」
鏡矢の叫び声に、遠野はにぃっと醜悪な笑みを浮かべた。神崎をかばって怪我を負ってくれたなら成功だ。庇わなかったとしても、生成した刃は急所へは向かわせていないから死にはしないだろう。
そう遠野は考えていた。
しかし、鏡矢の叫びは神崎への危惧だけを知らせているわけではなかった。
生成された大気の刃が神崎へと迫る。その刃は陶器の様な白い肌を傷つけ、見るにも痛い傷跡を――残す事はなかった。
寸前で軌道をずらされた刃は見当違いな方へと飛んでいく。神崎の身には傷一つ付いていなかった。
もし神崎が普通の女の子なら、鏡矢は迷わず間に飛び込んでいただろう。そうしなかったのは、振り向いた時に神崎が首を振って、自分への助けを請わなかった事ともう一つ。
彼女が、遠野と同じレベルAの能力者であり、物体の軌道を逸らす能力、軌道迷走を身に宿していたからだった。