遠野蓮
「やあやあ。約束通り来てくれて嬉しいよ高天原鏡矢。他の人を巻き込ませまいとする君の善意には感服させられる。俺なら他の奴に構わずここから逃げ出しているだろうねえ」
その男は全体的に線の細い人物だった。チノパンにTシャツとラフな格好で、黒い髪はツンツンに逆立てられている。
描写だけなら一般人と大差なさそうだが、一つだけ一般人と明らかに違うものがある。
噴水前に立つその男が身に纏う雰囲気は、酷く冷たいものだった。
「しかし、まさか彼女連れでここに来るとは思わなかったなあ。普通外に逃がすと思うんだけどねえ。まあ、人の価値観はそれぞれだし、俺もその子がいた所で別に構わないけどね」
その男は鏡矢から神崎へと視線を移し、ニィっと笑みを浮かべた。途端、神崎は背筋に氷を当てられたかのような寒気を覚えた。鏡矢も、その男を警戒するように睨みつける。
「そんなに警戒しないでくれよ。俺はただ、高天原鏡矢と話がしたいだけなんだからさ」
「お前の目的は一体なんだ? 話じゃなくて、俺を殺す事が目的なんじゃないのか?」
突き刺すような視線を向けたまま、鏡矢はその男に話しかける。
「あれま、俺の目的はバレバレってわけか。そうだよ、俺の目的は君を殺す事さ。ああ、別に恨みがあるわけじゃないから、そこら辺は心配しなくてもいい」
「じゃあ、なぜ俺の事を狙う?」
「頼まれたからって理由だよ。ある人物から依頼を受けてね。おっと、これから殺そうという人物に何を語ってるんだか俺は」
はっきりと殺すと言われ、鏡矢は臨戦態勢に入る。身勝手な目の前の人物に対して沸きあがってくる怒りを面に出さないよう努めながら、鏡矢は一歩前へと踏み出した。
「お前、名前はなんて言う?」
鏡矢を殺す事を依頼されたのなら、依頼人の情報を辿られないように名乗らないのが当たり前だ。一応駄目元で名前を聞いてみると、目の前の男は何の感慨もなさそうに自分の名を名乗った。
「ん、ああ。俺は遠野蓮。君を殺すために雇われた人間だよ」
「……雇われたのに堂々と名前を名乗っても構わないのか?」
セオリーを無視した相手の行動に戸惑いながら指摘する。遠野は逆にぽかんとした表情をして首を傾げた。
「殺すんだから名乗ったって問題ないんじゃない? あ、そうか、今回は想定外な事に彼女連れでここに来られたから、女の子の方を逃がしたら名前が出回っちゃうのかー。でも、女の子の方を殺すのは依頼の管轄外だしなー。まあいいや。依頼主も言う事を聞いてくれればいいって言ってたし、細かい事は気にしなくて」
考えるのが面倒になったようで、遠野は頭をボリボリと掻いて思考を中断した。
「ただまあ、やっぱりその女の子は逃がしてあげた方が個人的にはいいと思うけどねえ。だって、彼氏が目の前で殺される様を目に焼き付ける事になるんだからさ。人を殺す事にはもう何の感慨も抱かねえけど、これから生きていく人にトラウマを植え付けるってのはちょっとねえ」
不思議な価値観を持った人物だな、と鏡矢は思った。人を殺す事は躊躇しないのに、ターゲットではない人物に心の傷を負わせるのは気が引けるだなんて。
しかし、今の口ぶりからすると遠野は神崎に手を掛ける気がないらしい。一瞬安堵した鏡矢だが、すぐに気持ちを引き締め直す。
「その心配はない。俺はお前に殺されてやる気は全くないからな」
「強気だねえ。それは君が、レベルSの能力者だからかな?」
「!?」
思わぬ情報の提示に、鏡矢は驚きを露にした。
「そんなに驚く事か? 学校の教員とか、SCGの奴らはみんなその事を知っているんだろ?」
依頼主は大分鏡矢の事を調べていたらしい。まさか、自分がSCGのメンバーである事も知られているなんて。
「……お前は、俺がレベルSだと知っていながら戦いを挑むのか?」
「依頼なんだし当然だろ。それに、君は全然能力を使ってないんだろ? それとも、身体能力の上昇がレベルSの能力の正体なのかねえ。それにしては地味な気がするけど」
うーんと唸りながら、遠野は数秒間感慨に耽る。
遠野のその動作の中には一切油断は含まれていない。無闇に動くのは危険だと思い、鏡矢は隣の位置にいた神崎を自分の後ろへと下がらせる。
「ま、いいや」と顔を上げた遠野は、すっと手のひらを前にかざした。
「考えたって仕方ないや。もう殺しちまおう」
瞬間、鏡矢の目の前に半透明な『何か』が現れた。それは腹部へと向かって真っ直ぐに伸びていく。
「――――!?」
反応の遅れた鏡矢へと、その『何か』は襲い掛かった。