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SCGの魔眼使い  作者: 西城優
第一章
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麻薬密売の三人組③

迫る火球を、鏡矢は小刻みなステップで交わしきる。

 火球が地面を捉えると、ゴウ! という凄まじい音を工場内に響かせた。


「はっ! 二対一なら俺らが負けるわけがねえ!」


 紅は踏み出した一歩にて鏡矢の眼前へと現れる。にやりと笑みを浮かべ、紅は叫ぶ声を上げた。


「いくぜ! 二乗加速ダブルアクセラレーション!」


 繰り出された紅の拳は、先程のものよりも段違いに速かった。常人の二倍速く動けるようになった紅は本来の人間なら一発しか放てない攻撃を、違う場所に二発放つ。

 防ぎきれるわけがない。今まで戦ってきた能力者が誰も二乗加速についてこれなかった事を紅は知っている。ゆえに、その表情からは勝ちを確信したかの様な余裕が見て取れた。

 しかし、その表情はすぐに歪められる事になる。

 追いつけるはずのない二乗加速に、鏡矢は見事に反応した。

 倍の速さで動いているはずの紅の攻撃がことごとく受け流されていく。攻撃を繰り出す内に、紅の表情に焦燥の色が浮かぶ。


(な、なんでだよ!? なんでこいつ、俺の二乗加速についてこられるんだよ!?)


「紅。そこをどけ!」


 紅が肉弾戦闘を仕掛けている間に、川寺は大量の炎を顕現させていた。

 川寺の言葉を聞き、紅は攻撃に巻き込まれぬよう遥か後方へと下がる。

 そして次の瞬間、顕現された炎が束となって鏡矢へと襲い掛かる。

 周囲を囲むようなその炎の渦に、鏡矢が巻き込まれる姿を川寺は確認した。襲撃者を倒したという安堵が張り詰められていた緊張の糸を一瞬緩んだ。

 その一瞬が命取りになるとも知らずに。


「!? 川寺! 後ろだあああああ!」


 紅の声を聞いた時にはもう遅かった。

 鏡矢に足を払われ、咄嗟に手を出す事も出来ずに川寺は地面に頭をぶつけた。その衝撃で脳が強く揺さぶられ、川寺の意識を途切れさせる。


「ちくしょうがあああああああああ!」


 残り一人となった紅は獣の様に吼えながら鏡矢の元へと迫る。がむしゃらに倍の速度で腕や足を振るい、麻薬密売を台なしにした襲撃者へと喰らいつく。

 しかし、鏡矢は至って冷静だった。倍の速度で放たれているはずの攻撃を無駄なく受け流し、怒れる紅を真正面から見据える。


(どうして、どうして俺の攻撃が通用しない!? こいつも二乗加速を? だが、それならここまでの余裕はないはずだ! だってこいつは、俺よりも速く動いている!?)


 川寺の能力によって残った炎を背景に近接戦闘が続く。

 攻める紅。流す鏡矢。傍から見れば紅優位に見える戦いだが、それはあくまで表面上の様子に過ぎなかった。


 倍の速度での移動は、ただ速度を高めるよりも体への負荷が大きい。脳から体の各部位へと流れる微弱な電気信号を平常時の倍で伝達しているこの状態は、そう長くは続かない。


「ぐ、があ!?」


 突如紅の脳がずきりと痛んだ。電光石火を酷使して発動した二乗加速による反動だ。

 反動によって生じた痛みにより、脳から体の部位へと伝達されていた電気信号が瞬間的に停止する。

 一秒間程度の体の硬直。その隙を見逃すまいと、鏡矢は右拳が放たれるた。


「はっ!」


 短く息を吐き、打ち上げるように繰り出されたアッパーカット。それは的確に紅の顎を捉えた。

 呻き声さえ上げられず、僅かに宙へと浮いた紅は背中から地面へと落下する。倒れた紅は立ち上がろうと腕に力を入れたが、数秒後には力尽きたように仰向けになって倒れこんだ。

 戦闘開始から、わずか二分程度での決着。

 鏡矢は服についた埃を払い、二の腕に装着されているインテリジェント・デバイス、セーラへと話しかける。


「これで、一件落着かな」

「素晴らしいお手並みでした。ご主人様」


 隅に置いておいた二つのトランクの元へと移動し、中身を確認する。物的証拠は十分に揃っていた。


「麻薬密売人三名の身柄を確保できるように、SCGに人の派遣を要請するメールを出してくれるか?」

「かしこまりました」


 セーラがメールを送っている間に、鏡矢は倒れている三人へと視線を移した。強めに衝撃を加えたから、目覚めるのに少し時間が掛かるだろう。

 SCGの人間が来るまで、鏡矢は辺りに散っている炎の残り火を見つめていた。



  ◇  ◇  ◇


 

「まさか、買い手に成り済まして堂々とターゲットと接触するとは。君は頭もよく切れるようですね。高天原鏡矢君」


 第三鉄鋼工場へとやってきたSCGのメンバーの中には、なぜか準指令官である来栖が混じっていた。本来、準指令官は現場に出てくるような立場の人間ではない。それを不思議そうに鏡矢が問うた所、「君の活躍をすぐにでも祝したかったのですよ」との事だった。


「これは俺の相棒の提案だったんです。ですから、俺はあくまでそれを実行したに過ぎません」

「おや、そうでしたか。君自身だけでなく、パートナーもとても優秀だ」

「お褒めの言葉、感謝いたします」


 画面を点滅させて答えたセーラに、にこりと来栖は微笑みかける。


「今日はもうお疲れでしょう。後は私達が処理しますので、もう帰って結構ですよ」

「はい。では、失礼します」

「ああ、その前に、もう一つ連絡しておく事がありました」


 敬礼して踵を返そうとしていた鏡矢は動きを止めた。


「あなた、いや、セーラさんを含めれば二人ですね。SCG内ではあなた方二人の功績が高く評価されています。もしかしたら、近い内に行われる昇進試験へお呼びが掛かるかもしれないので、覚えておいてください」


 SCGのメンバーにはランクのようなものが設定されている。

 入ったばかりのメンバー、および最下級に属されるランクはからす。次に中級を意味するつばめ。そして上級に位置づけされるたか。総司令官にのみ与えられる通称は鳳凰ほうおうという。

 ランクを上げるには昇進試験を受けて合格しなければならないのだが、試験を受けるにはある程度の実績を残してからでないとならないのである。しかし、鏡矢は短期間でそのある程度の実績を残している。


「君には鴉だなんて称号は似合いませんからね」

「……分かりました。それでは、失礼します」


 鏡矢は身を翻し、第三鉄鋼工場を去っていく。

 そんな彼の背中を、来栖は姿が見えなくなるまで見つめていた。鏡矢へと向けている興味が、眼鏡越しの瞳に如実に現れていた。

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