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罪として転生した少年は、自分が何者なのか知りたい

作者: ふたーなる
掲載日:2026/10/02

 罰なんてものは、きっとこの世のどこにも存在しない。

 罪だけが、ぐるぐるとこの世界を巡り、そしてどこかへ行き着く。

 人間も、神も。

 その行き着く場所を知っている者はいない。


     ◇


「聞いてください。私は罪を犯してしまいました」


 男は、神父の前で俯いていた。


「あのお方は、それはもう傲慢で、横柄で……私のことを下に見て、ただ働きをさせていました」


 男は自分が受けた仕打ちを、一つずつ語っていく。

 どれも酷い話だった。 男がどれほど苦しんできたのかは、神父にも分かった。


 そして最後に、男は言った。


「だから、私はあのお方を殺しました」


 神父は黙って男を見つめる。


「私は間違っていないのです。あのお方は、死んで当然のお方でした」


「……それでも、あなたは罪を犯しました」


「はい」


「ならば、神に祈りなさい」


 神父は男に告げた。


「あなたが心から悔い、神に許しを求め続けるのなら、きっと神はあなたをお救いくださるでしょう」


「では……私の罪は消えるのですか?」


「ええ」


 神父は頷いた。


「神に許しを求め続ければ、罪は消えます」


 男は泣きながら何度も頷いた。


「ありがとうございます」


 男は教会を出ていった。

 自分は救われた。そう信じて。


     ◇


(一年後)

 俺は森の中にいた。両親はいない。元からいなかった。人間は、男と女から生まれる動物だ。なのに、俺には両親がいなかった。

 俺は、人間だ。

 たぶん。


「お恵みをいただけませんか?」


 森の中を歩いていた二人の男女に、俺は声をかけた。

 二人とも立派な服を着ていて、馬に乗っている。

 俺が話しかけると、二人は馬から降りた。


「こんなところに、君一人なのかい?」


「はい。一人でございます」


「家族は?」


「おりません」


「名前は?」


「ありません」


 男は少し困ったような顔をした。

 女は、じっと俺を見ている。

 まるで、俺という存在そのものを観察しているようだった。


「言葉はどうやって覚えたんだ?」


「知っておりました」


「知っていた?」


「生まれたときから知っておりました」


「……そうか」


 男は不思議そうに笑った。


「君は、これまでどうやって生きてきたんだ?」


「通りかかった方に、お恵みをいただいております」


「そうか」


 男は少し考えた。


「実は、ちょうど手伝いが欲しかったんだ。うちに来ないか?」


 女がすぐに口を挟んだ。


「お金を少し渡せばいいでしょう。こんな汚らしい子を家に置く必要なんて、」


「いいじゃないか」


 男は穏やかに笑った。


「君は一人なんだろう? なら、うちに来ればいい。食事も服も用意しよう。その代わり、しっかり働いてくれればいい」


「よろしいのでしょうか?」


「ああ」


 男は手を差し出した。


「私はトマスだ」


「俺は……」


 俺は少し考えた。


「名前がありません」


「なら、これから考えればいい」


 俺はその手を握った。


 こうして俺は、初めて人間の家に住むことになった。


     ◇


 トマス様の家に向かう途中、俺は馬に乗せてもらった。


「馬に乗るのは初めてかい?」


「はい」


「怖くないのか?」


「いいえ」


 俺は不思議だった。

 馬に乗るのは初めてなのに、どうすればいいのか分かる。

 体をどう置けばいいのか。

 どこを掴めばいいのか。

 どうすれば落ちないのか。


 全部、知っている。


「何かに乗るというのは、初めてです」


「そうか」


「ずっと、何かを乗せている側でしたので」


 トマス様は、少しだけ笑った。


「変わったことを言う子だね」


 俺は前を向いた。馬が歩く。景色が後ろへ流れていく。

 木々が少しずつ減っていく。

 やがて、街が見えてきた。

 木でできた家。

 石でできた家。

 道を歩く人々。

 荷物を運ぶ人。

 走り回る子供。


 俺はそれらを眺めていた。


「人がたくさんいますね」


「ああ。ここが君の暮らす街だ」


 俺は街を見つめた。知らない場所だった。

 なのに、なぜか懐かしい気がした。


     ◇


 トマス様の家で暮らし始めてから、四か月が経った。

 俺は掃除や洗濯、食事の準備などを覚えた。

 トマス様は優しかった。

 分からないことを聞けば教えてくれる。

 文字も教えてくれた。

 俺にとって、初めてできた家族のような人だった。

 ただ一人。


 マリー様だけは違った。


「マリー様、おはようございます」


「……」


 俺が挨拶をすると、マリー様は舌打ちした。


「あなたは、ここで食べないで」


「ですが、まだ食事をいただいておりません」


「知らないわよ」


 どうして俺は、こんなにも嫌われているのだろう。

 理由は分からなかった。

 けれど、最近のトマス様とマリー様の関係も、以前とは違っていた。


 二人が話すことは少なくなった。


 トマス様が教会にいる時間も増えた。

 俺には、それがなぜなのか分からなかった。


 ある日の朝。

 トマス様が出かけたあと、マリー様に腕を掴まれた。


「あなたのせいよ」


「何がでしょうか?」


「あんたが来てから、夫がおかしくなった」


「俺が?」


「そうよ」


 マリー様は俺を睨んだ。


「あんたは悪魔なのよ」


「俺は人間です」


「嘘!」


 マリー様は叫んだ。


「あんたみたいなものが、普通の人間なわけないでしょう!」


 俺は言い返せなかった。

 自分でも分からないからだ。

 俺は、本当に人間なのだろうか。


     ◇


 その日、俺は部屋に閉じ込められた。

 しばらくすると、下から騒がしい声が聞こえてきた。

 そして扉が開く。


 そこには、マリー様と一人の神父がいた。


「この子です」


 マリー様が俺を指差した。


「この悪魔を祓ってください」


 神父は俺を見た。

 しばらく黙ってから、首を横に振った。


「奥様。あれは悪魔ではありません」


「では何なのです?」


「……私にも分かりません」


 俺は神父に尋ねた。


「神父様」


「なんでしょう?」


「俺は何者なのでしょうか?」


 神父は黙った。


「俺には両親がいませんでした。生まれたときから一人でした」


「……」


「俺は、人間なのでしょうか?」


 神父は答えなかった。


「神父様は、神のお力を借りられるのですか?」


「ええ」


「トマス様から聞きました。罪を許してくださるのですよね?」


「……そうです」


「ならば、俺の罪が分かれば、俺が何者なのかも分かるのでしょうか?」


 神父は俺を見つめた。

 やがて、静かに言った。


「教会へ行きなさい」


「教会?」


「そこに、一人の男がいる」


「どんな人ですか?」


「以前、自分を雇っていた地主を殺した男だ」


 俺は黙った。


「彼は神に許しを求めた」


 神父は続けた。


「だが、君はここにいる」


「……」


「ならば、その男に会いなさい」


「会えば、俺が何者なのか分かるのですか?」


「きっと、何かが分かる」


 俺はマリー様を見た。


「マリー様。俺を外へ出していただけますか?」


「……何を言っているの?」


「俺は、自分が誰なのか知りたいのです」


 マリー様は何も答えなかった。


 俺は神父を見る。


「行きなさい」


 神父は言った。


「君が知りたいのなら」


     ◇


 教会には、一人の男がいた。

 痩せていて、服も古い。

 男は祭壇の前で祈っていた。


「神様。どうか、私をお許しください」


 俺は男を見つめた。

 初めて見る男だった。

 なのに。

 なぜか、胸の奥がざわついた。


「すみません」


 男は振り向かなかった。


「すみません」


 もう一度声をかける。

 男がこちらを見た。


「……なんだ?」


 俺には、分からなかった。

 この人は誰なのだろう。


 けれど。

 この人を知っている。


 そんな気がした。


「君、どうしてここにいるんだ?」


 トマス様が教会の奥から現れた。


「トマス様」


 俺は言った。


「俺は自分が何者なのか知りたいのです」


「ああ」


「この人に会えば分かると聞きました」


 トマス様は男を見た。

 そして俺を見た。


「……そうか」


 トマス様は男に言った。


「もう一度、祈ってもらえますか?」


「え?」


「お願いします」


 男は困った顔をしたが、祭壇の前へ戻った。

 俺は入口に立った。

 男が祈り始める。

 しばらくして。


「……トマス様?」


「なんだ?」


「俺、少し大きくなっていませんか?」


 トマス様は目を見開いた。


「……やっぱり」


「何がですか?」


「君は、さっきより背が高くなっている」


 俺は扉の取っ手の横に立った。

 確かに。

 拳一つ分ほど、身体が大きくなっている。


「どうして……?」


 トマス様は答えなかった。

 祈りを終えた男がこちらへ戻ってくる。


「もういいですか?」


「ああ。ありがとう」


 トマス様は男を帰した。

 そして。

 俺の前に立った。


「君は、本当に自分が何者なのか知りたいのか?」


「はい」


「後悔するかもしれない」


「それでも知りたいです」


 トマス様は、俺の目を見つめた。


「なら、教えよう」


 長い沈黙のあと。


「君は――あの男の罪だ」


     ◇


「罪?」


「ああ」


 俺には意味が分からなかった。


「罪は消えない」


 トマス様は言った。


「人間は罪を犯す。そして神に許しを求める。だが、それで罪そのものがなくなるわけではない」


「では、俺は?」


「君は、罪が形を変えた存在なんだ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 頭の中に、何かが浮かんだ。

 知らないはずの記憶。

 誰かの怒鳴り声。

 苦しい生活。

 自分を見下す男。


 そして。


 あの男。


「……ああ」


 俺は頭を抱えた。


「俺は……」


 思い出した。前世の記憶。俺は人間だった。あの地主に酷い扱いを受けていた。

 そして。


 俺は罪を犯した。


「俺は、人を殺しました」


 トマス様が息を呑む。


「俺は……罪を犯した」


 涙が出てきた。


「だから、俺はここにいるのですね」


 トマス様は答えなかった。


「先ほどの男を連れてきてください」


「……分かった」


     ◇


 男が戻ってきた。


「何なんだよ。何度も呼び出して」


 俺は男の前に立った。


「俺は、あなたの罪です」


「は?」


「あなたが犯した罪が、俺なのです」


「馬鹿なことを言うな」


 男は俺を睨んだ。


 俺は、それでも男を見る。


「あなたが背負うべきものです」


 男は何も言わない。


「あなたが神に許しを求めても、罪は消えません」


「……」


「俺が死ねば、きっとあなたのもとへ戻ります」


 男の顔から、少しずつ表情が消えていった。


「俺は、あなたの罪です」


 自分でも、なぜそんなことを言っているのか分からない。

 ただ。

 言わなければならない気がした。


「人間は、罪を背負って生きていくしかないのです」


 俺は男を見つめた。


「だから、俺を見てください」


     ◇


 そのときだった。

 教会の扉が開いた。


「悪魔よ!」


 マリー様だった。


「やっぱり、あなたは悪魔だったのね!」


「マリー様……」


「夫を騙して、私の人生までめちゃくちゃにして!」


 後ろから神父も入ってくる。


「奥様、落ち着いてください!」


 しかし、マリー様は俺を見つめていた。

 その目には恐怖と怒りが混ざっていた。


「あなたさえいなくなれば!」


 俺の身体から、力が抜けた。

 そして。

 足元から、少しずつ身体が崩れていった。


「……え?」


 痛くはなかった。

 砂のように。

 俺の身体が、少しずつ消えていく。


「やっぱり悪魔だったのよ!」


 マリー様が叫んでいる。

 俺は、そんな彼女の声を聞きながら。

 最後に、あの男を見た。

 男は、床に座り込んでいた。

 俺が背負っていたものが。

 もう、戻り始めているのかもしれない。

 俺には、確かめることができなかった。

 俺の身体は、すべて砂になった。


     ◇


 一年後。


「神様。私は、あの悪魔を倒しました」


 マリーは教会で懺悔していた。


「私の夫を苦しめていた悪魔を、追い払ったのです」


 神父は黙って聞いている。


「なのに、夫は元に戻りません」


「……」


「なぜですか?」


 マリーは泣きながら尋ねた。


「あの子がいなくなれば、すべて元通りになると思っていたのに」


 神父は静かに答えた。


「あの子は、悪魔ではありません」


「では、何だったのですか?」


「あれは――罪です」


 マリーは黙った。


「罪は消えません」


「でも、神に祈れば……」


「人に許されることはあるでしょう」


 神父は言った。


「しかし、罪そのものが消えるわけではありません」


「では、私はどうすれば……」


「悔やみなさい」


「何を?」


「自分の行いを」


 マリーは俯いた。


「罪は、いつか戻ってきます」


 神父はそう言った。


「どれほど遠くへ行っても、どれほど形を変えても」


「……」


「罪は、消えないのです」


     ◇


 一年後。


 道端で、一人の少年が寝ていた。


「君、こんなところで何をしているんだ?」


 通りかかった男が声をかける。


 少年は目を開けた。


「お恵みをくださいませんか?」


「親はいないのか?」


「分かりません」


「名前は?」


「分かりません」


「では、どうやって生きている?」


 少年は少し考えた。


「それなら、知っています」


「何を?」


「人の罪をもらって生きるのです」


 男は不思議そうな顔をした。


「人の罪を?」


「はい」


 少女は笑った。


「優しい人の罪を、ほんの少しだけ背負って生きるのです」


「……そうか」


 男は少女を教会へ連れていくことにした。


「教会へ行けば、君が何者なのか分かるかもしれない。俺は、教会で神父をやっているのだ」


「私が何者なのか?」


「ああ」


 少女は少し考えた。


「知りたいです」


「どうして?」


「自分が何者なのか分からないまま死ぬのは、嫌ですから」


 少女は男について歩き出した。


 その先には、教会があった。


 罪を告白する場所。


 罪を許してもらう場所。


 そして。


 罪が、また新しい姿になる場所。


 罰なんてものは、きっとこの世のどこにも存在しない。


 罪だけが、ぐるぐるとこの世界を巡っている。


 そして今日もまた。


 どこかで、誰かの罪が生まれる。


他のも見てね。

これは、以前投稿した「人はなぜ罪を繰り返すのか」という作品の文学的な雰囲気を薄めたものです。

もしよかったら、そっちも見てほしいです。

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