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双極の聖女は、滅びの空に祈らない~感情を削除された私の涙を、傷だらけの反逆者だけが受け止めた~  作者: ししのこ


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第9章 心の解放

 午前二時。

 レジスタンスによる陽動爆破を合図に、聖誕祭の会場は阿鼻叫喚の巷と化した。

 警報音。悲鳴。そして、怒号。

 その混沌を切り裂くように、ノアとカイルは祭壇への階段を駆け上がっていた。


【現在地:中央祭壇】

【目標:エネルギー供給ライン物理切断】

【残時間:04分12秒】

【生存確率:32.7%】


 祭壇の最上段には、百脚の白い椅子が円形に並べられている。

 そこに座らされているのは、眠るように意識を閉ざした少女たち。その中には、リリィの姿もあった。

 彼女たちの背中からは光のパイプが伸び、中央に立つユードラへと収束している。


「……なんて光景だ」


 カイルが呻く。

 ユードラは、吸い上げたエネルギーを纏い、神々しいほどの輝きを放っていた。

 彼女は、乱入してきたノアたちを見下ろし、慈愛に満ちた――しかし、氷のように冷たい瞳で微笑んだ。


「ようこそ、私の可愛い子供たち。……でも、少し行儀が悪いわね」


 ユードラが指を鳴らす。

 ドォォォン!

 見えない重圧が、ノアとカイルを襲った。物理的な攻撃ではない。空間そのものが敵意を持って二人を押し潰そうとしてくる。


「ぐ、ぅ……ッ!」


 カイルが膝をつく。ノアもまた、呼吸ができずに喘いだ。

 解析眼が、異常な数値を弾き出す。


【警告:超高密度魔力場検出】

【密度:通常比847%】

【精神汚染:進行速度 毎秒12%】

【意識維持可能時間:08秒】


「無駄よ。ここは私の胎内と同じ。私の意のままにならないものは存在できない」


 ユードラの声が、鼓膜ではなく脳に直接響く。

 ノアの視界が白く染まる。

 脳内に侵入してくる感覚は、氷水に沈められるようだった。

 思考回路が、外部からの強制命令で塗りつぶされていく。

 ノアは必死に抵抗しようとしたが、精神の防壁が次々と崩壊していく。


【精神汚染:進行率 47%】

【自我保持:限界接近】

【警告:意識消失まで 04秒】


(……私は、何のために)


 データが流れ込む。ユードラの記憶。冷たい床。誰もいない部屋。

 それは、ノア自身が捨てられた時の記憶と重なる。

 同じ孤独。同じ痛み。同じ、誰にも必要とされない絶望。


(……母さんも、私と同じだった)


 その理解が、逆説的にノアの心を縛る。

 共感してしまう。理解してしまう。

 だから、抵抗できない。

 ユードラの痛みを知ってしまったから――。

 思考回路に、強制的な割り込み処理インタラプトが発生する。


 ――暗い部屋。孤独。寒さ。

 ――『お前は空っぽだ』『誰も愛してくれない』『私の一部になりなさい』


 過去のトラウマと、ユードラの支配欲が混ざり合い、ノアの自我を塗りつぶしていく。

 抵抗できない。

 楽になりたい。

 思考が溶けていく。


(……ああ、私は……やっぱり、ただの……)


 ノアの瞳から光が消えかけた、その時。


「――ノアッ!!」


 誰かの叫び声が、ノイズの海を切り裂いた。

 熱い手が、ノアの肩を掴む。

 カイルだ。

 彼は重圧に耐え、口から血を流しながらも、ノアの体を激しく揺さぶっていた。


「聞くな! あいつの言葉を聞くな! お前は空っぽなんかじゃねえ!」


 カイルの瞳。

 そこには、ノア自身を映す、必死な光があった。


「お前は怒った! 泣いた! 俺を助けてくれた! ……お前は、心を持ってる人間だろッ!」


その言葉が、ノアの凍りついた思考回路に火を灯した。

 カイルの声。彼の体温。彼の存在。

 それは、データでも確率でもない。

 ただ、確かに「そこにいる」という事実。


(……私は、選んだ)


 ノアの中で、何かが音を立てて崩れた。

 それは、自分を守るために築いてきた、感情を遮断する壁だった。

 痛いほど鮮明に理解する。

 自分は、もう「空っぽ」ではない。

 カイルを失いたくない。彼の笑顔を見ていたい。彼の隣にいたい。

 それは、効率でも論理でもなく――ただ、そうしたいから。


【感情値:制限解除】

【新規定義:生きる理由 = この人と共にいること】


 ドクン。

 ノアの心臓が、大きく跳ねた。

 カイルの声が、体温が、ノアのシステムを再起動させる。

 そうだ。私は選んだ。

 効率でも、確率でもなく。

 この人と生きたいと、自分で選んだんだ。


【システム復旧:完了】

【感情値:臨界突破(CRITICAL)】

【モード:反逆(REBELLION)】

【出力:制限解除】


 ノアは顔を上げた。

 その瞳には、もはや迷いも恐怖もない。あるのは、燃え盛るような意志の光だけ。


「……うるさい」


 ノアは、ユードラを睨みつけた。


「私の心に、勝手に入ってくるな!」


 ノアは右手を突き出し、叫んだ。

 それは、ただの否定ではない。

 自分という存在を世界に刻み込む、魂の宣言。


「『拒絶リジェクト……ッ!!』」


 パリーンッ!!

ノアの右眼の紋様が、かつてないほど強く輝いた。

その光は、ユードラの金色の支配空間を、まるでガラス細工のように粉々に砕いた。

破片がキラキラと舞い散る中、ノアは確かに「個」としてそこに立っていた。

 ユードラが展開していた支配空間に、巨大な亀裂が走る。

 祭壇のパイプが次々と破裂し、光の供給が断たれる。


「なっ……!?」


 ユードラの笑顔が凍りついた。

ノアの体が、熱を持っていた。

 心臓が激しく脈打ち、全身に血液が巡る。

 これが「生きている」という感覚なのだと、ノアは初めて理解した。

 怖い。痛い。苦しい。

 でも同時に、驚くほど力が湧いてくる。


(私は、私の意志で立っている)


 リリィが目を覚ます様子を、ノアは視界の端で捉えた。

 妹のような少女。彼女もまた、ユードラの支配から解放された。

 ノアの選択が、誰かを救った。

 その事実が、ノアの心に確かな重みを与える。

 供給を断たれた少女たちが、糸が切れたように崩れ落ちる。リリィもまた、ハッとしたように目を開けた。


「……お姉、様……?」


 支配が解けたのだ。

 ノアは荒い息を吐きながら、カイルに支えられて立ち上がった。


「……終わりだ、ユードラ。あなたのシステムは、もう機能しない」


 静寂が落ちる。

 ユードラは、呆然と自分の手を見つめ、それから――ゆっくりと顔を上げた。

 その表情は、もはや聖母のものではなかった。

 愛を拒絶された女の、醜く歪んだ鬼の形相だった。


「……なぜ」


 低い声が、地響きのように震える。


「なぜ、私の愛を受け入れないの? なぜ、私を一人にするの?」


ユードラの声に、幼い子供の響きが混じっていた。

 ノアは、解析眼でその表情を読み取る。


【感情分析:怒り 62% / 恐怖 28% / 悲嘆 10%】

【精神状態:崩壊進行中】

【予測:暴走確率 98.7%】


 だが、数値では捉えきれないものがあった。

 母の瞳の奥にある、深く暗い孤独の淵。

 それは、ノアがゴミ山で一人目覚めた時に見た、あの灰色の空と同じ色をしていた。


(……私たちは、似ている)


 その認識が、ノアの胸を締め付ける。

 憎むべき敵。自分を捨てた母。

 でも同時に、誰にも愛されなかった一人の人間。

 複雑な感情が、ノアの心を揺さぶる。


 声が割れる。金色の光が、ユードラの体から制御不能に溢れ出す。


「……許さない。許さない許さない許さないッ!!」


 ユードラの背中から、金色の光が触手のように噴き出した。

その美しい天使の翼のようでありながら、蠢く蛇のようでもあった。

彼女のドレスが裂け、その下から覗く肌には、無数の「愛」という文字が呪印のように刻まれていた。

 それは美しくも悍ましい、彼女の執着の具現化。

 祭壇の床が砕け、瓦礫が舞い上がる。


「愛さないなら、壊してあげる! 私と一つになれないなら、塵になりなさい!」


 暴走した魔力が、津波となってノアたちに襲いかかる。

 カイルがノアを抱き寄せ、伏せる。

 轟音。衝撃。

 ノアの体は木の葉のように吹き飛ばされ、祭壇の端へと叩きつけられた。


「が、はっ……」


 全身に激痛が走る。視界が霞む。

 だが、ノアの心は折れていなかった。

 瓦礫の中で、彼女は強く拳を握りしめる。


 ――まだだ。

 ――私は選んだ。この痛みも、この絶望も。

 ――すべてを乗り越えて、彼と生きる未来を。


 ノアは、血に濡れた顔で、怪物と化した母を見据えた。


【残時間:01分38秒】

【生存確率:8.2%】

【結論:確率は無意味。私は生きる】


瓦礫の中で、ノアは自分の手を見つめた。

 この手で、カイルを救った。

 この手で、リリィを解放した。

 この手で、母を拒絶した。

 すべて、自分の意志で選んだこと。


 ふと、カイルの声が聞こえた気がした。

 『お前は誰かの道具じゃない。お前はノアだ』

 その言葉が、今なら本当の意味で理解できる。


(私は、ノア。誰でもない、私自身)


 初めて得た名前。初めて得た感情。初めて得た、守りたいもの。

 それを失わないために――ノアは立ち上がった。

 祭壇の向こうで、ユードラが金色の光と共に異形へと変貌していく。

 終わらせなければ。この歪んだ愛の連鎖を。

 そして、本当の意味で自由になるために。


【決意:確定】

【覚悟:完了】

【次の行動:母との対峙】


 本当の戦いは、ここからだ。


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