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双極の聖女は、滅びの空に祈らない~感情を削除された私の涙を、傷だらけの反逆者だけが受け止めた~  作者: ししのこ


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第18章 空の青さを知るために(エピローグ)

 あれから、数ヶ月が過ぎた。

 かつての上層世界セレスティア下層世界アビスの境界は消滅し、人々は瓦礫の上で新しい生活を始めていた。

 街は、まだ混乱している。

 食料配給には列ができるし、些細なことで争いも起きる。

 完璧だった「幸福管理システム」はもうない。ここにあるのは、不便で、不潔で、泥臭い現実だけだ。

 それでも。

「ノア、こっちの瓦礫を運ぶの手伝ってくれ!」

「了解」

 ノアは、煤けた作業着の袖をまくり、子供たちと一緒に瓦礫を運んでいた。

 聖女ではない。管理者でもない。

 ただの、ノアだ。

 右眼の【解析眼】は残っている。

 視界には、瓦礫の重量や重心、運搬の最適ルートが数値として表示されている。

 だが、彼女はもう、全てを数値で決めない。

「ねえノアお姉ちゃん、このお花、どこに植えたらいいかな?」

 リリィが、瓦礫の隙間に咲いた小さな花を持って駆け寄ってくる。

 解析眼は『生育不適格地』というデータを弾き出す。

 けれど、ノアは数値を無視して、日当たりの良い場所を指差した。

「……あそこがいい。カイルが、一番よく見える場所だから」

「えへへ、そうだね!」

 正解かどうかは分からない。

 でも、それが「いい」と感じた。その直感を、ノアはもう恐れなかった。

          

 夕暮れ時。

 街の外れで橋の修復作業をしていたカイルが、泥だらけで戻ってきた。

「おう、ノア。今日のメシは何だ?」

「根菜のスープ。……少し、焦げたかも」

「ハハッ、お前の料理はいつまで経っても『未完成』だな」

 カイルは笑いながら、ノアの鼻先に付いた煤を指で拭った。

 その手は荒れているが、温かい。

 二人は焚き火を囲み、不格好なスープを啜った。

 味は薄いし、焦げ臭い。

 けれど、かつて上層で食べた完璧な栄養食よりも、ずっと美味しかった。

 夜が来る。

 頭上には、満天の星空が広がっていた。

 偽物のホログラムではない。雲に隠れ、瞬き、時折流れ星が落ちる、不完全で美しい本物の空。

「ねえ、カイル」

 ノアは、焚き火の爆ぜる音を聞きながら呟いた。

「ん?」

「私、ずっと……正解じゃなきゃいけないと思ってた。間違えることは、死ぬことだと思ってた」

 ノアは、自分の胸に手を当てた。

 トクトクと、心臓が脈打っている。

「でも今は……間違えるのが、怖くない」

 カイルはスープを飲み干し、ノアの肩に頭を預けた。

「当たり前だろ。間違えたら、直せばいい。一人でダメなら、俺たちがいる」

「……うん」

 ノアは、カイルの髪に触れた。

 幸福は、システムから与えられるものじゃない。

 泥の中で、迷いながら、傷つきながら、自分たちで選び取っていくものだ。

 ノアは空を見上げた。

 明日の天気は分からない。

 食料が尽きるかもしれない。

 生存確率は、計算できない。

 それでも。

「空は、青い」

 理由は分からない。

 でも、それでいい。

 ノアは、カイルの手を強く握り返した。

 答えのない世界で、愛する人と生きていくために。

「そういえば、カイル」

「ん?」

「約束、覚えてる? 海」

 カイルはきょとんとして、それから悪戯っぽく笑った。

「忘れるかよ。この瓦礫の山が片付いたら、すぐに出発だ」

「うん。……きっと、空よりも青い」

「ああ。絶対に見に行こうぜ。本物の波の音、聞きにな」

 まだ見ぬ景色。地図にない未来。

 けれど、二人ならどこへだって行ける。

 ノアは、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。

 この温もりこそが、私の羅針盤だ。

【生存確率:不明】

【状態:――最高に、幸せ】

(完)

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