表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双極の聖女は、滅びの空に祈らない~感情を削除された私の涙を、傷だらけの反逆者だけが受け止めた~  作者: ししのこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/18

第14章 溺愛の代償

 聖母神の黄金の瞳が、ノアだけを捉えた。


『――排除対象:個体名ノア。』

『――理由:幸福ヲ阻害スル「毒」ト認定。』


 聖母神の背中から、無数の金色の蔓が槍のように逆立った。

 回避不能の飽和攻撃。

 ノアの解析眼が、視界を真っ赤に染め上げる。


【緊急警告:致死攻撃】

【攻撃数:247本】

【回避成功率:0.00%】

【死亡確定まで:0.5秒】


 時間が、引き延ばされたように感じた。

 ノアの解析眼が、すべてを捉える。

 聖母神の蔓が、247本の軌道を描いて迫ってくる。

 回避不能。

 死の確定。


【残り時間:0.3秒】


 その瞬間、視界の端に影が映った。

 カイルだ。

 彼の顔が、スローモーションでこちらを向く。

 その表情には、恐怖も迷いもなかった。

 ただ、穏やかな――優しい笑顔があった。


(……カイル?)


「させるかよぉぉぉッ!!」


 カイルが剣を捨て、身一つで飛び込んだ。

 ドンッ!

 強い衝撃。ノアの体が突き飛ばされ、宙を舞う。

 そして――カイルが、ノアのいた場所に立った。


 ドスッ、という鈍く、生々しい音が響いた。

 蔓が、カイルの体を貫く。

 一本。二本。三本――。


【検出:致命傷×6】

【対象:カイル】


「……カ、イル……?」


 ノアは地面に転がりながら、信じられないものを見た。

 カイルの胸を、腹を、太腿を。

 金色の蔓が、無慈悲に貫いていた。


「が、はっ……」


 カイルが血を吐く。

 蔓が引き抜かれると同時に、彼の体は糸が切れたように崩れ落ちた。


「カイルッ!!」


 ノアは悲鳴を上げ、駆け寄った。

 血の海の中で、カイルを抱き起こす。

 温かい。熱い。

 ノアの手が、血に濡れる。

 赤い。こんなに赤い。

 カイルの血が、指の隙間から溢れ出して止まらない。


【出血速度:毎秒82ml】

【血圧:急激に低下】

【推定:失血死まで 2分18秒】


 数字が、容赦なく現実を突きつける。

 でも、ノアはその数字を受け入れられなかった。


(……いやだ)


 カイルの顔が、血の気を失って青白くなっていく。

 いつも笑っていた顔。

 いつも自分を励ましてくれた顔。

 その顔が、死の色に染まっていく。


「『修復リストア』! 『修復リストア』!!」


 光を注ぐ。

 でも、傷は塞がらない。

 魔法が弾かれる。

 ノアの手から、光が滑り落ちる。


【回復魔法:無効】

【原因:呪詛干渉】

【対応策:なし】


「なんで! なんで効かないの!?」


 ノアの声が裏返る。

 初めて、自分の無力さを思い知る。

 解析できても。理解できても。

 救えない。

 この人を、救えない。


【対象:カイル / 状態:危険域(CRITICAL)】

【生存確率:0.3% …… 0.1% ……】


「いや……いやだ、死なないで……!」


 ノアの瞳から、大粒の涙が溢れ出し、カイルの頬に落ちた。

 カイルが、薄く目を開ける。

 焦点が合っていない瞳が、ノアを探して彷徨い――そして、ノアの顔を見つけて、ふにゃりと笑った。


「……泣くなよ。せっかくの顔が、台無しだ」


 血に濡れた手が、震えながら持ち上がり、ノアの涙を拭おうとする。

 だが、その手はノアの頬に届く前に、力なく落ちた。


「カイル……!」


 ノアはその手を掴み、自分の頬に押し当てた。


 冷たい。

 いつも温かかったカイルの手が、こんなに冷たい。


【体温:34.2度 → 32.8度】

【心拍:27 → 19】


「へへっ……やっと、名前で呼んでくれたな……」


 カイルが笑う。

 こんな時でも、彼は笑っている。

 その笑顔が、ノアの心を引き裂く。


「俺は……お前の盾になれたか……?」


 ノアは頷いた。

 涙が止まらない。

 視界が滲んで、カイルの顔が見えなくなる。


「守れた! 守れたよ! だから……だから……!」


 言葉が続かない。

 喉が詰まる。

 何を言えばいいのか、わからない。


(私は、この人に何も返せなかった)


 カイルは、いつも自分を守ってくれた。

 笑顔をくれた。

 温もりをくれた。

 生きる意味をくれた。


 でも、自分は何も返せていない。


【心拍数:19 → 11】


「お願い、行かないで……。私、あなたがいないと……」


 ノアはカイルの手を両手で包み込み、頬に押し当てた。


「あなたを……愛してる。ずっと、愛してた!」


 その言葉が、どれほど重いものか、ノアは初めて理解した。

 愛は、データじゃない。

 計算で導き出せるものじゃない。

 ただ、この人がいなくなることが耐えられないという、単純で、しかし圧倒的な感情。


 カイルの瞳が、わずかに見開かれた。

 その瞳に、ノアの顔が映っている。

 泣きじゃくる、自分の顔。


「……ああ。よかった……」


 カイルの声が、かすれる。


「……お前の、その顔……見れて……」


 その唇が、何かを言おうとして――動かなくなった。


【心拍:2 → 1 → 0】


 ガクン、とカイルの首が傾いた。

 握っていた手から、力が抜ける。


【対象:カイル / 状態:死亡(LOST)】


 世界から、音が消えた。

 色が失せた。

 意味が失われた。


 ノアの中で、何かが決定的に壊れる音がした。

 ――プツン。

 解析眼のUIが、ガラスのように砕け散る。


【ERROR ERROR ERROR】

【感情値:測定限界超過】

【理性:機能停止】

 

ノアは、動かなくなったカイルをそっと地面に寝かせた。

 その髪を撫で、血に濡れた額に唇を寄せる。

 最後の別れ。


「……ごめんね」


 ノアは囁いた。


「私、あなたがいなくても……生きなきゃいけないんだよね」


 その言葉が、ノアの心を引き裂く。

 でも、それがカイルの願いだと知っている。

 だから――。


「だから、終わらせる。この世界を。……あなたを奪った、すべてを」


 ノアはゆらりと立ち上がった。

 その全身から、青白い光が――いや、空間そのものを歪めるほどの、凄まじい魔力の奔流が噴き上がった。

 瓦礫が浮き上がり、地面に亀裂が走る。


【警告:未知のエネルギー反応】

【出力:測定不能(限界値突破)】


「……許さない」


 ノアが顔を上げる。

 その瞳は、もはや解析者の冷静な色ではなかった。

 愛する者を奪われた、哀しくも美しい、破壊の女神の瞳だった。

「私の愛を奪ったお前を……この世界の理ごと、否定してやる」


【覚醒:完了】

【モード:絶対破壊(ANNIHILATION)】


 覚醒の時が来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ