演劇団の正体は
――イデット王国、王城――
絢爛豪華な廊下を歩くセレシアは、目的の人物を見つけ駆けよった。
「レイド様~! ここにいたんですね!」
「おっと。こらセレシア。そんなにはしゃいでは転んでしまうよ」
「あん。だって早く会いたかったんですもの~!」
豊満な胸を押し付ければ、レイドはいとも簡単に鼻の下を伸ばした。
それを確認してセレシアはほくそ笑む。
(やっぱりちょろいわ。ちょろすぎて退屈なくらいよ)
義姉であるエレモアを追い出して、早ふた月。
セレシアは順風満帆な日々を送っていた。
王太子の婚約者の座が空いたので、自らがそこに座ったのである。
けれどセレシアは現状に満足してはいなかった。
(夜の営みも普通過ぎて拍子抜けっていうか~、もっと刺激が欲しいのよね~)
セレシアは常に刺激を追い求めていた。
自分の容姿とスタイルには揺るぎのない自信があるし、言い寄ってくる男は後を絶たず、火遊びを楽しむ毎日だった。
けれどラクスミー侯爵に引き取られて以降、淑女たれという教育で遊べなくなっていた。
端的に言えば欲求不満になっていた。
(婚前交渉がご法度とか、貴族ってほんとお堅いのよね。前まではエレモアでストレス発散できていたけど、今はそれもできないし……。つまんない~)
侯爵邸に入ってからのセレシアは、日々の鬱憤をエレモアで発散していた。
社交界で悪い噂を流したり、父親に疎まれていることを突っ込んでみたり、使用人たちの接し方を悪くさせたり……。
嫌がりそうなことを散々やってきた。
けれど当のエレモアには大して効いていないように思えてならない。
(だから婚約者を奪ったっていうのに、あのときも大していつもと変わらなかったし~。逆にこっちが叩かれたし。ああもう、ほんと最悪。こういうときは何か……そうだ!)
セレシアは最近話題になっているものを思い浮かべ、口元に笑みを浮かべた。
「ねえねえレイド様っ! 最近話題になってる劇団があるって聞いたんですけど~」
「ああ、グレイン演劇団だったか」
グレイン演劇団はひと月前くらいから突如として現れた劇団で、全く新しい刺激のある演目をやるとして注目を浴びている。
その正体を掴もうといくつもの新聞社が後を追っているらしいのだが、気が付くといつの間にか次の町に移ってしまっていてなかなか情報を掴めないらしい。
「妖精が出てくるから、イデット王国が劇の舞台になっているって話は聞いたわ。でもそれ以外は全くの謎なんだって」
貴族の間では様々な推測が飛び交い、サロンやお茶会でも話題に上がるほどだ。
けれど毎回、イデット王国が舞台だという話しか分からない。
既に観たという人もいたが、ネタバレを気にしてか口を閉ざしてしまうのだ。
「そんな劇団がなんととうとう王都でやるんだって! あたし、観てみたいな! ね、チケット取れない?」
「そうだな。俺も観ておきたいし、融通しておくよ」
「やったぁ! レイド様大好き!」
軽くキスを送ると、すぐさま求めるようなキスが降ってくる。
セレシアはただその快楽へと身を任せたのだった。
◇
週末の夜、移動式劇団の上演会場には王都中から人が集まっていた。
貴族や王族の貴賓席はもちろん、平席まで満席だ。
灯りが落ち、始まりのブザーが鳴る。
スポットライトを浴び、主役であろう茶髪の少女が悲しそうに歩いていた。
『私は生まれてすぐ妖精のいたずらにあった。それ以来本音で話すことができない……。そのせいでお父様も私のことを見てくれない。でも私だって愛されてみたい……。どうしたらいいの……?』
どうやらこの話は、本音を語れないながらも愛を求める少女が主人公のようだ。
切なげに震える声。
膝をつき、空へ伸ばされる腕。
語られる言葉。
その全てが観客の目を、耳を奪っていく。
たった一小節なのに、客はすぐに劇の世界へと引き込まれていった。
『僕が君を愛そう。婚約者になってくれ』
『私を……愛してくれるの?』
物語が進み、少女の元に婚約を乞う男が現れた。
快諾した少女は、ようやく人並の幸せを得られるようだ。
セレシアは、頬杖をつきながらそれを眺めていた。
(なによ。刺激のあるお芝居じゃなかったの?)
先ほどから繰り広げられている劇は、不幸な少女が真実の愛で幸せになるという、ロマンス系の話にありがちな展開だった。
王道と言えば聞こえはいいが、セレシアの興味を引くようなものではない。
(拍子抜けね。もう抜け出しちゃおうかしら)
そんなことを考えていると、ふいに会場がざわついたのに気が付く。
舞台へ視線を戻すと、婚約を申し込んできたはずの男が、見知らぬ女とベッドで寝ているところだった。
『お、お前、どうしてここに!?』
『驚かせようと思って会いに来たの……。でもその女は……?』
『っち。余計なことをしやがって』
男は少女に見せていた優し気な顔を捨て、酷く醜悪な顔に変貌していった。
男は少女を愛してなどいなかった。彼女の家の財が欲しかっただけだったのだ。
『騙されるお前が悪いんだよ!』
男はそう吐き捨て、少女を手にかけようとした。
少女は泣きながら逃げ出すが、男の手先に捕まり、連れていかれる。
少女を乗せた馬車が僻地へと向かうのを見つめながら、セレシアは言い知れぬ不安をいだいた。
(これは……確かに刺激はあるけれど……なんだか既視感が……)
誰にも愛されなかった少女が婚約者と幸せになるかと思えば、婚約者の裏切りにあい、捨てられる。
舞台で繰り広げられている劇は、まるで自分の犯した過去の過ちを再現しているかのように感じられて仕方がない。
(まさか、誰かにバレた?)
そんなことありえない。
だって自分たちの関係は、国王にも侯爵にも秘密にしている。
唯一バレてしまったエレモアは、何かを言う前に僻地へと追いやった。
だから事実を知るものなどいない。いるはずがない。
それなのに……どうして。
セレシアは冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
その間にも劇は進み、少女はついに衰弱してしまっていた。
ああ、よかった。
そのまま死んでくれれば、何もバレずに済む。
セレシアはそう安堵した。けれど……
『ご覧の皆様』
突如として、舞台上に仮面の男が現れた。
男は良く通る声で語りかけてくる。
『この少女のことを不憫と思いますか? 誰からも愛されなかったこの少女のことが』
男は大仰に手を広げた。
『私は魔法使い。妖精のイタズラも、私なら解くことができます。少女のことを憐れと思うのなら。幸せになってほしいと思うのなら。解いてあげましょう』
魔法使いと名乗った男が杖を振ると、白い光が少女を包んだ。
やがて光が収まると、そこには――
「…………うそ」
セレシアは思わずつぶやいた。
舞台で衰弱し、寝転がっていた茶髪の少女。
その姿が気が付くと、追い出したはずのエレモアの姿に変わっていたのだ。
会場は大きくざわついた。
誰も彼も、まさかあの極悪令嬢が出てくるだなんて思っていなかったから。
ただ一人冷静なのは、魔法使いだけ。
彼は静かに口を開いた。
『あなたに掛かっていた呪いは解かれました。さあ、エレモア。あなたの本当の心をお告げなさい』
「……皆様方。お騒がせしてしまい申し訳ありません。わたくしのせいで不快な思いをした方もいたかもしれません。けれど……」
エレモアは一つ息を吸うと、顔を上げた。
「わたくしは今まで、一度たりとも皆様方のことを見下したことなどありません! 本当は皆様と仲良くなりたかった。でも……自分の言葉を封じられていたから」
「どういうことだ」
「自分の言葉を封じられて? まさか劇の内容が……?」
「以前とは雰囲気が違うのは確かだが……」
再びざわついた会場からは、そんな言葉が聞こえてくる。
『そう。この劇は実際にエレモア嬢の身に起こったことを題材として作った話です。分かりますでしょうか。つまり――』
魔法使いは静かにセレシアの方を指さす。
一斉に会場中の視線がセレシアとレイドのいる場所に集まった。
「エレモア嬢の婚約者と言えば……」
「まさか王家が禁忌を――?」
「見られたから追い払ったってこと?」
「それにセレシア嬢って確か生まれが……」
「ああ、じゃあそういうことか」
視線が痛い。
好奇、侮蔑、呆れ……そんな何千もの視線が突き刺さる。
「――ぁ」
息が浅くなり、セレシアはたまらずに立ち上がった。
「な、なによ! そんな目で見ないでよ!! っていうか、たかだか芝居の話でしょ!?」
「そ、そうだ! 証拠などなにもない! その女のでっち上げだろう!! 王家を侮辱するか!?」
隣にいたレイドも、顔を真っ赤に染め上げ立ち上がった。
怒りをあらわにしたレイドから守るように、魔法使いがエレモアの前に出る。
『侮辱ではありません。ただ事実を述べたまで。証拠がないというのなら、この場にいる方々に調査を依頼しましょうか? まあ、それで困るのは貴方たちでしょうが』
「……っ!」
レイドは顔を青く染め、言葉に詰まった。
この場には劇団に興味を持った貴族や新聞社が集まっている。
その中には王家が懐柔できていない勢力もいるのだ。
もしもその者達が事実を調べ出したとしたら……。
レイドの顔からどんどん血の気が引いていく。
「……わたくし、殿下のこともセレシアのことも恨んでなんておりませんのよ。むしろお救いできなかったことを不甲斐なく思っています」
その声にハッとしたレイドが舞台を見ると、エレモアは申し訳なさそうに胸の前で手を組んでいた。
「救う、だと?」
「ええ。だって殿下たちは悪しきものに乗り移られているのですよね? だから禁忌と知りながらも破ってしまった。違いますか?」
「――は?」
「正気に戻ってほしくて手を上げましたけれど、力及ばず……。本当に申し訳ありません。わたくしが止められていたらこんな大勢の前で言わなくて済んだのに。……でももう安心してください! これだけの人がいれば、どなたかが祓ってくれるはずです!」
レイドは困惑していた。
エレモアがいつもの見下した態度ではなく、本当にレイドたちを救おうとしているのだというような希望に満ちた顔をしていたから。
けれど王族の自分が悪しきものに乗り移られているだなんて言いがかり、とても見逃せるものではない。
慌てて否定の言葉を口にしようとした。
「――バカにしてっ!」
けれどそれよりも早く、隣から怒気の滲んだ声が聞こえた。
見たこともないほど歯茎をむき出しにしたセレシアだ。
「アンタはいつもそう! 自分が正当な侯爵令嬢だからって人を見下してさ! 何が悪しきものに乗り移られたよ! そんなわけないでしょ!? アンタが嫌いだから奪っただけよ!」
「セ、セレシア! それはっ!」
慌ててセレシアの口を塞ごうとするレイドだったが、ひらりと躱されてしまった。
「だってあたし達のことを愚かだって言ったのよ!? 悪しきものに乗っ取られるような愚か者だって!! 許せない!! レイド様も言っていたじゃない。あんな高慢な女は嫌だって。 だから罠に嵌めて見せつけてやったのに……!」
「まて、それ以上はっ!」
今度こそセレシアの口を塞いだレイドだったが、もう手遅れだった。
『……今、自らの口で見せつけたと言いましたね。ということはこの劇が現実にあったことだとお認めになったということ。違いますか』
「それは……っ!」
口ごもったレイドに、会場中の冷たい視線が降り注ぐ。
そんな中、魔法使いの微かな笑い声が響いた。
『王太子殿下。一つ忠告を』
魔法使いは仮面の奥で、透き通るような青い目を細めた。
『あなたは国を背負う立場だということを、もっとご自覚しなければならなかった。こうなってしまった以上、こちらも動かざるを得なくなりましたからね』
「……何を、言って」
『これ以上はご自分の頭で考えることだ。それでは私たちはお暇させていただきます』
魔法使いはふと笑うと、エレモアの肩を抱きよせて杖を掲げた。
「っ!?」
突然、会場内を風が吹き荒れた。
激しい風で、目を開けていられない。
風が収まり、恐る恐る目を開けると――
「なん……だと……?」
レイドは目を疑った。
先ほどまで舞台にいた演者たちが、誰一人としていなくなっていたのだ。
舞台用に用意されていたセットはそのままに、人の存在だけがきれいに消えていた。
まるで――
「――魔法?」
レイドのつぶやきはざわめきに飲まれていった。




