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裂界から二十年

 裂界が出現してから二十年。


 世界は、崩壊と適応を同時に経験した。


 魔獣は突然現れる。


 だが、突然すぎるわけではない。


 ゲート発生には前兆がある。


 空間の歪み。魔力濃度の上昇。観測データの異常値。


 政府は監視網を整え、防衛隊は即応体制を敷き、街は結界で守られている。


 それでも、完璧ではない。


 父が死んだあの日も、“予測は低”だった。


 


 魔法は、十五歳前後で発現する。


 個人差はあるが、統計上はほぼその年齢だ。


 それまでの間は、いわば“猶予期間”。


 まだ何者でもない時間。


 


 だが湊にとって、その一年は猶予ではなかった。


 


 父の葬儀から三日後。


 湊は早朝の河川敷を走っていた。


 夜明け前の空は、まだ暗い。


 足元のアスファルトが、冷たい。


 肺が焼ける。


 脚が軋む。


 


 それでも止まらない。


 


 魔法は才能だと言われる。


 発現するスキルは、ある程度、生来の魔力特性に依存する。


 だが、発現前の鍛錬が“質”に影響するという研究もある。


 ならばやるしかない。


 


 腕立て伏せ。


 腹筋。


 スクワット。


 呼吸法。


 魔力循環のイメージ訓練。


 


 まだ魔力は明確に感じられない。


 だが、集中すると、体内のどこかに微かな“流れ”がある気がする。


 それを掴もうと、何度も目を閉じる。


 


 学校では、同級生たちも同じように鍛えている。


 だが、温度が違う。


 


 彼らにとっては“将来”。


 湊にとっては“今”。


 


 母の病室へ通う。


 凛音は母の手を握っている。


 静かな病室。


 機械の規則的な音。


 


「お兄ちゃん、無理しないでね」


 凛音は言う。


 その声は穏やかだが、目は誤魔化せない。


 湊の疲労も、焦りも、全部見ている。


 


「まだスキル出てないんでしょ?」


 


 十五歳の誕生日は、もう過ぎている。


 周囲ではぽつぽつと発現報告が出始めている。


 炎系。


 強化系。


 風刃。


 金属操作。


 


 羨望と不安が、胸を削る。


 


 発現が遅いほど、戦闘適性は低い傾向がある。


 統計は、残酷だ。


 


 湊は、さらに走る距離を伸ばした。


 さらに負荷を増やした。


 


 父の背中は、遠い。


 


 凛音がぽつりと言う。


「お兄ちゃん、焦らなくていいよ」


 


 湊は笑う。


「焦ってない」


 


 嘘だった。


 


 夜、布団に入っても眠れない。


 もし発現しなかったら。


 もし支援系だったら。


 もし戦えない力だったら。


 


 怖い。


 


 だが、怖いと言える立場ではない。


 


 父は命を懸けた。


 自分はまだ何も懸けていない。


 


 十五歳の猶予は、もう残りわずかだった。


 


 湊は知らない。


 この焦燥と努力が、後に別の形で報われることを。


 


 だが今は。


 


 ただ、走るしかなかった。

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