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人である資格(仮題)|童貞・非モテが、科学の力でモテるようになったら、人でなくなった話  作者: アレックス・フクリー


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ジュン⑫

この社会では、恋愛できるのは“ハイスペック男性”だけ。

年収、容姿、社会的地位。基準を満たさない男が恋をすれば、それは違法行為として処罰される。


主人公ジュンは、非モテ・非ハイスペ。

才能も実績もなく、誰にも選ばれないまま生きてきた男。


そんな彼が出会ったのは、恋愛規制に反対する活動家の女性アオイ。

理想を語る彼女は、彼にとって希望であり、同時に決して手に入らない存在だった。


彼女が語る理想にすがるか。

恋愛を禁止された現実に屈するか。


ジュンが選んだのは「科学の力で、自分自身が“選ばれる側”になる」こと。


カプセルの中でハイスペ化処置を受けるジュン。

まもなくその処置が完了する……。

 久遠財閥の地下深くに位置する実験室は、永遠に続くかのような無機質な静寂に包まれていた。天井から吊り下げられた無数のケーブルが、まるで神経繊維のように幾重にも絡み合い、その先端は巨大なカプセルへと接続されている。空調システムが発する微かな振動だけが、この空間に時間が流れていることを証明していた。しかし、その静寂の裏側では、目に見えない情報の嵐が吹き荒れている。


「脳波の揺れが限界値を超えています。……いえ、計測不能。測定器のダイナミックレンジを突き抜けました」


 若手の研究員が、震える声でモニターを見つめた。彼の額には冷や汗が浮かび、青白い光を放つディスプレイが彼の緊張した表情を不気味に照らし出している。画面には、ジュンの脳内で行われている「処理」のログが、狂ったような光の線となって奔流を作っている。それはもはや波形ではなく、一つの発光体のように白く塗り潰されていた。通常なら規則的な山と谷を描くはずの脳波が、今や制御不能な嵐と化している。


「これほどの数字、見たことがない。被験者の精神が焼き切れてもおかしくないレベルだ」


 リーダー格の医師が、冷徹な観察者の視線を崩さずに呟く。彼の指先は、複雑な神経回路の接続状況を示すホログラムを冷静に操作していた。三次元空間に浮かび上がる脳の断面図は、まるで雷雲のように激しく明滅を繰り返している。彼はこれほどまでに激烈な反応を見るのは初めてだった。


「欲求不満の蓄積、という言葉では片付けられんな。これは渇望の爆発だ」


 医師は眼鏡の奥の目を細めた。


「非ハイスペとして虐げられてきた屈辱、そして——アオイへの執着。それらがハイスペ化の触媒として、脳細胞を極限まで活性化させている。まるで、長年抑圧されてきた感情が、一気に解放されようとしているかのようだ」


 ジュンの肉体は、強化アクリル製のカプセルの中で、無数のバイオ・ケーブルに繋がれたまま微動だにしない。淡い青緑色の培養液が彼の身体を浸し、ゆっくりと循環している。呼吸器から供給される酸素が、規則的に肺を満たし、心拍モニターは変わらぬリズムを刻み続ける。外見上、彼はただ眠っているだけのように見えた。

 だが、その閉ざされた瞼の裏側で、彼は「世界」を再構築していた。

 脳内に直接流し込まれるデータが、彼に万能感を与えている。それは単なる知識の注入ではなく、思考回路そのものの書き換えだった。ニューロンが新たな結合を形成し、シナプスが超高速で情報を伝達する。痛みはない。ただ、限りない高揚感だけがあった。

 夢の中の彼は、既に非力なジュンではない。論理的思考力は数百倍に加速し、複雑な数式が瞬時に脳内で展開される。筋肉の末端までがデジタル制御されたかのように完璧に動作する。重力の束縛から解放され、時間の流れさえも緩やかに感じられる。これが「強者」の感覚なのだと、夢の中の彼は理解した。

 そして何より、その傍らには常にアオイがいた。夢の中のアオイは、彼が望むままの姿で、彼が欲するままの言葉を囁く。彼女の声は、蜜のように甘く、同時に冷たい刃のように鋭い。そこには法も、差別も、物理的な限界も存在しない。もはや彼女はジュンのために存在していた。現実世界での距離も、社会的な障壁も、すべてが夢の中では消失している。

 ジュンは、ハイスペックへと進化していくプロセスそのものを、極上の体験を貪るように享受していた。それは麻薬にも似た陶酔であり、同時に生まれ変わりの儀式でもあった。


「……処置、完了。プロトコル・フェーズ4へ移行」


 淡々とした声が実験室に響く。別の研究員が報告する。


「バイタルサインは全て正常範囲内。拒絶反応の兆候なし」


 ジュンの肉体への入力が完了したようだ。あとはそれが定着するまで少し待つ必要がある。医師たちは、まるで芸術作品を完成させた職人のように、満足げな表情を浮かべた。


 * * *


 数日後、カプセルの中でジュンは意識を取り戻した。


「……、あ……」


 カプセルの中で声にならない声を上げる。培養液の粘性、アクリル越しに見える天井の照明、自分の心臓の鼓動——すべてが以前とは比較にならないほど鮮明に知覚された。まるで、これまで曇りガラス越しに世界を見ていたのが、突然その障壁が取り払われたかのようだった。その様子に気づいた研究員が集まってきた。


「先生、ジュンさんが目を覚ましました!」


「急いで準備を。慎重に、段階的にだ」


 機械音が響き、加圧されていた液体が排出される。ポンプが作動し、青緑色の培養液がゆっくりとカプセルから抜けていく。液面が下がるにつれて、ジュンの身体が露わになっていく。蒸気が立ち込める中、カプセルがゆっくりと左右に分かれた。圧縮空気の解放音が、まるで新たな生命の誕生を祝福するかのように響く。

 ジュンが目を開けたとき、世界は以前とは全く違う解像度で迫ってきた。空気中の微細な塵の動き——それは以前なら決して見えなかった、光を反射する無数の粒子。研究員たちの皮膚の質感——毛穴の一つ一つ、細かな皺の陰影、血管が透けて見える薄い皮膚。室内の空調が発する超低周波のうねり——耳では聞こえないはずの振動が、まるで肌で感じられるかのように意識に入り込んでくる。

 そのすべてが、処理されるべき「情報」として脳に流れ込んでくる。だが、それは不快な過負荷ではなかった。むしろ、長年渇望していた水を一気に飲み干すような、満たされる感覚だった。

 彼はゆっくりと、しかし信じられないほど滑らかな動作で身を起こした。筋肉の一本一本が、意識の命令に対して完璧に応答する。遅延も、ぎこちなさも、一切ない。


「無理しないでください。ベッドへ移動させます」


 白衣の研究員が慌てて手を伸ばす。ジュンはその声に従い、身を起こすのをやめた。しかし、今の彼にはかつての重苦しい四肢の感覚は消え、まるで重力から解放されたかのような軽やかさがそこにあった。指先を動かすだけで、その動きの正確さに自分でも驚いた。


(……これが、ハイスペック?)


 自分の声さえも、心地よい共鳴を伴って耳に届く。喉の振動、声帯の震え、空気の流れ——すべてが自分の制御下にあることが実感できた。


 * * *


 退院の準備が進められる中、白衣を着た無機質な男性職員がジュンの前に立った。彼は中年で、感情の見えない灰色の瞳をしていた。その目は、一人の人間を祝福するものではなく、高価な機材のメンテナンスを終えた技術者のそれだった。まるでジュンを一つの「製品」として見ているかのように。


「ジュン様、おめでとうございます。処置は成功しました」


 職員の声には抑揚がなかった。彼は一枚のホロ・デバイスを差し出し、冷たく続けた。透明なパネルには、無数の法的文書が並んでいる。


「あなたは今、この国のトップ1%に位置する『正当なハイスペック』と同等、あるいはそれ以上の機能を備えています」


 職員は淡々と数値を読み上げた。それはまるで、新製品の説明する営業マンのようだった。


「ただし、厳守していただく事項があります」


 職員の声のトーンが、わずかに低くなった。


「第一に、あなたがこの技術によってハイスペック化した事実は、墓場まで持っていってください。公表は一切禁止です。もし漏洩が発覚した場合、我々はあなたの法的保護を即座に破棄します」


 ジュンは黙って頷いた。今の彼には、言葉を介さずとも相手の意図の裏側まで読み取れるような自信があった。職員の微細な表情の変化、呼吸のパターン、視線の動き——それらすべてから、この警告が決して脅しではないことが理解できた。


「第二に、体に異常を感じた場合、市井の病院へは絶対に行かないこと。直ちにこちらの財閥専用ラインへ連絡してください」


 職員は別の画面を表示させた。そこには、二十四時間対応の緊急連絡先が記されている。


「あなたの肉体は、もはや一般の医療プロトコルでは対応できない特殊な構造となっています。神経接続の一部は人工的に再構築され、脳内の化学物質バランスも最適化されている。通常の検査では、異常な数値として検出されるでしょう。……分かりますね?」


「はい。分かりました」


 短く、完璧な発音でジュンは答えた。その声には、以前の彼にはなかった確信が満ちていた。その傲慢なまでの落ち着きこそが、彼が「向こう側」へ行った証左だった。


 * * *


 久遠財閥の本部を出ると、外の景色は夕暮れに染まっていた。西の空が、深い紅から紫へと移り変わるグラデーションを描いている。以前は威圧的に感じた高層ビル群が、今は自分を祝福する舞台装置のように見える。ガラス張りの外壁に反射する夕日が、まるで自分の栄光を讃えているかのようだ。

 ジュンは迷うことなく、実家への道を辿った。電車の混雑も、騒音も、もはや不快な刺激ではない。むしろ、それらは自分が制御可能な環境音として、意識の背景に溶け込んでいく。すべてのノイズを脳内でフィルタリングし、自分にとって最適な環境を維持できる。他の乗客たちの会話、電車の振動、換気システムの音——それらすべてを、まるでボリュームを調整するかのように、自在に知覚の前景と背景に配置できた。これが「強者」の見る景色なのだと、彼は陶酔に近い感覚を覚えた。


「ただいま、母さん」


 玄関のドアを開けると、奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「ジュン! あなた、今までどこに行っていたの? 連絡もなしに……」


 リビングから現れた母の顔は、不安でやつれ果てていた。頬はこけ、目の下には深いクマができている。髪も以前より白いものが増えたように見えた。息子の不在の間、彼女がどれほど心配していたかが、その姿から読み取れた。だが、彼女は息子の顔を見た瞬間、言葉を失った。


「ジュン……? あなた、なの?」


 母は狼狽えた。目の前に立つ息子は、確かにジュンだった。顔の輪郭も、背格好も、声も、間違いなく彼女の息子だ。しかし、その立ち姿、肌の艶、そして何より瞳の奥に宿る冷徹なまでの光。それは彼女の知る、いつも自信なげで背を丸めていた息子ではなかった。まるで、別人のような——いや、同じ人間が完全に生まれ変わったような、そんな衝撃を彼女は受けた。


「心配かけてごめん。長期出張で、特別なプロジェクトに参加していたんだ」


 ジュンはリビングの椅子に深く腰掛けた。その動作一つとっても、以前の彼にはなかった優雅さがあった。

 そして、久しぶりに母と二人で夕食を取ることになった。母は慣れた手つきで料理を用意したが、その手は微かに震えていた。食卓に並ぶのは、ジュンの好物だった家庭料理。食事中、会話は弾まなかった。母は何度もジュンの顔を見ては、また視線を逸らした。まるで、目の前にいるのが本当に自分の息子なのか確信が持てないかのように。しばらく沈黙した後、意を決して母の目をまっすぐに見つめてジュンは言った。


「母さん。……オレ、ハイスペックになったんだ」


 箸を持つ母の手が、ぴたりと止まった。母の肩がびくりと跳ねた。茶碗を持つ手が、かすかに震える。この国において、その言葉が持つ重みを彼女は誰よりも知っている。それは単なる能力の違いではなく、人生そのものを左右する絶対的な格差を意味していた。


「久遠財閥の試験に受かって、処置を受けた。もうあの法律に怯える必要はない」


 ジュンの声は落ち着いていた。まるで、ごく当たり前のことを報告しているかのように。


「オレは、正当な権利を手に入れたんだ。これで、母さんを安心させることが出来る」


 母はしばらくの間、呆然と息子の顔を見つめていた。彼女の脳裏には、これまでの苦難の日々が走馬灯のように浮かんでは消えた。夫を失った日。非ハイスペックとして苦労した日々。息子の将来を案じて眠れなかった無数の夜。そのすべてが、今、この瞬間に報われようとしていた。

 やがて、その目から大粒の涙が溢れ出した。それは悲しみの涙ではなかった。長年、非ハイスペックの親として、そして夫を亡くした未亡人として耐え忍んできた屈辱と不安が、一気に氷解した瞬間の歓喜だった。


「よかった……。本当によかった、ジュン……」


 母の声は震えていた。両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。その肩が小刻みに震える様子を見て、ジュンは複雑な感情を覚えた。母の喜びは理解できる。だが同時に、この社会の歪みの深さを改めて実感させられた。その様子を見て、ジュンははっと思い出した。退院時に「墓場まで持って行ってください」とくぎを刺されたこと。


(まずい……)


 母は事実を知ってしまった。しかし、母の世間は広くない。親しい友人も数えるほどしかいない。そして、仮に母が誰かに話したとしても、周囲が本気で受け取るとも限らない。「息子がハイスペックになった」などという話は、母親の願望が生み出した妄想だと思われるだけだろう。まぁ大丈夫だろう。ジュンは特に何も触れず、放置しておくことにした。


 * * *


 翌朝、ジュンはこれまでと同様、しかし久しぶりにリモートワーク用の端末を開いた。朝日が窓から差し込み、部屋を明るく照らしている。ハイスペの知能があれば、これまでの退屈な仕事などすぐに終わらせることができるだろう。データ入力も、分析も、報告書の作成も、すべてが以前の何分の一の時間で完了するはずだ。もう事業部長からのダメ出しは受けない。そう勝手に思い込んでいた。だが、会社のサーバーにアクセスしようとした瞬間、画面には赤い「ACCESS DENIED」の文字が非情に躍った。


「何だ……?」


 ジュンは眉をひそめた。パスワードを再入力しても、結果は同じだった。システムエラーかと思い、何度か試みたが、状況は変わらない。不審に思い、個人のメールボックスを開くと、そこには大量の未読メールが溜まっていた。その中に、人事部からの解雇通知が届いていた。


 件名:【重要】雇用契約解除のお知らせ


 ジュンはそれを開いた。冷たく事務的な文面が、彼の網膜に映し込まれる。無断欠勤が規定日数を超えたこと、そして連絡がつかなかったことを理由とした、一方的な即時解雇だった。有給休暇の消化もなく、退職金の支払いもない。ただ、「本日をもって雇用契約を解除する」という通告だけがあった。かつてのジュンなら、絶望し、地面を這いずるような恐怖に陥っただろう。収入を失うことは、この社会では死を意味するに等しかった。特に非ハイスペックにとっては。だが、今の彼には根拠のない自信があった。


「解雇か……。まあ何とかなるだろう」


 ジュンは端末の画面を閉じた。その動作には、一片の躊躇もなかった。ハイスペとなった彼にとって、これまでの会社員生活は、ライオンが蟻の行列に参加しているような滑稽なものに思えた。あの狭いオフィスで、無意味なデータを延々と入力し続ける日々。事業部長の理不尽な叱責に耐え、同僚たちの冷たい視線を受け続けた屈辱的な時間。それらすべてが、今では遠い過去のように感じられた。職を失うことへの恐怖よりも、自分の能力に見合わない環境から解放されたという解放感の方が勝っていた。

 彼は端末を閉じ、次のステップを考え始めた。


「アオイ……」


 彼女に、自分が「完成」したことを伝えなければならない。彼女が望んでいた、自由に愛し合える資格を手に入れたのだと。そして、彼女は完成したジュンを今か今かと待っているはずだ。あの日、集会で交わした約束——それは決して社交辞令ではなかった。アオイは、ハイスペとなって戻ってくるジュンを、心から待っていてくれているのだ。

 まずは次回の集会のスケジュールを確認した。しかし、集会の前後では、団体のメンバーが周囲にいる。今更大勢の中の一人として、アオイに会う必要はない。ジュンはアオイと一対一で向き合う資格を手に入れた。集会とは別にアオイと二人きりで会うべきであり、それが許される権利を有している。なんとメッセージを送るべきか。あまり悩む必要はないだろう。すでに愛する資格を手にしているのだから——。


 アオイさん

 ジュンです。しばらく連絡できず、申し訳ありません。

 アオイさんのおかげで無事に戻ってくることが出来ました。

 二人で会えませんか? 色々お話ししたいです。

 ジュン


 送信ボタンを押した瞬間、ジュンの心臓が高鳴った。それは不安ではなく、期待だった。これから始まる新しい人生への、確信に満ちた期待。

 メッセージを送信した後、ジュンはかつて何度も見た「動画」を久しぶりに再生した。それは、アオイに似た名もなき女優が出演している動画だ。以前の彼は、それを現実逃避の道具として、あるいは欲求のはけ口として眺めることが日課となっていた。画面の中の彼女は、どこか儚げで、しかし強い意志を秘めた瞳をしている。その表情が、アオイと重なって見えた。

 だが、今日は違った。画面の中の映像が、以前とは全く異なる次元で知覚される。彼が見ているのは、画面中の映像を元に脳内で再構築された鮮明なイメージだった。以前も瞼の裏に映像が浮かんだことがあったが、今のジュンにはそれが百倍の解像度で、まるで現実のものとして感じられた。まるで手を伸ばせば触れることが出来るかのように。温度、質感、重さ——すべてが脳内でシミュレートされる。


「これは、現実になるんだ。いや現実なんだ」


 ジュンは呟いた。その声には、狂気とも取れる確信が込められていた。何度も見ている動画のはずだが、そのストーリーはいつもの物とは違っていた。それはジュンがアオイに対して望んでいることをなぞっているようだった。ジュンの欲望をそのまま映し出すストーリー、それにアオイが応えるストーリー、そして99.9%現実のストーリー。残りの0.1%を、最後のピースを嵌めるのだ。それでジュンとアオイの愛は完成するのだ。その0.1%をなぞり切った瞬間、ジュンは果てた。まるで予行練習であったかのように。


 夕食後。一件のメッセージが届いた。メッセージの主は、アオイだった。


 ジュンさん

 ご連絡ありがとうございます。

 あなたが無事でよかった。

 金曜日の夜はどうでしょうか?

 二人でこれからのことをお話ししましょう。

 アオイ


 アオイからの、異例とも言える速いレスポンスだった。通常、彼女からの返信には半日、数日かかることが常であった。それが、わずか数時間で返信が来たのだ。そしてそこでは集会については触れず、ジュンに会いたい点だけが書かれている。


「ジュンさん……ハイスペックになって戻ってきてください」

「ジュンさんのことを、待ってます」


 ジュンは、ハイスペ化処置を受ける前、最後に参加した集会でアオイと交わした言葉を思い出していた。あの時の彼女の瞳に映っていた光。あれは同情ではなく、期待だった。そう、彼女は最初からジュンの可能性を信じていたのだ。


(アオイは待っていてくれた。あの時の誓いは嘘ではなかった)


 ジュンの胸に安堵が広がったと同時に、早くアオイとの愛を完成させなければならないという焦りが戻ってきた。そうだ。アオイとの愛のため、世界が変わるのを待つことなく、法律の内側から権利を手に入れるという道を選び、ここにたどり着いたのだ。権利は得て終わるものではない。行使することに意味があるのだ。

 ジュンはアオイにメッセージを返した。金曜日が最終決戦になる。ここでついに、この世の中の真の勝者となるのだ。

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