4.減衰の命 中編
ぼくは耐えきれず家を飛び出した。
あてもなくただただ走った。
ただただ逃げたんだ。
その日は暗くなるまで走ってた。
大きな穴の開いた木を見つけて、その中で丸まって眠りについた。
目を閉じると父親の最後の笑顔と母親の感情のない目を思い出しちゃって
涙が止まらなかった。
それから10日ぐらい歩いたと思う。
道端の木の実とかを食べていたけど、もう、いろいろと限界だった。
草をかき分けて進んだら小屋を見つけた。
人が1人住めるくらいの小さい家なのに、壁の一面の半分以上がドアの家。
隙間が空いていたものだからこっそり中を覗いてみたんだ。
そこには床を埋め尽くす、丸まった黒い何かがいびきを立てていた。
ぼくは驚いて後ずさりしてしまった。
その勢いでドアが開いてしまった。
ぎいぃぃぃ
鈍く低い音が響く。
「んがっ、なんじゃぁ…?」
床の何かがのっそりと立ち上がった。
部屋の空間を全て埋め尽くす黒い猫。
「あっ…、あっ…。」
何もできず声を漏らすことしかできないぼくにその猫を話しかけてきた。
「なんじゃ、坊主。ワシになんかようかの?」
脇腹をぼりぼりと掻きながら大きな口を開けてあくびをする猫。
「これ、ドアを開けっぱなしにするでない。中に入りなさい。」
ぼくは言う通りに中へ入ってドアを閉めてしまった。
ぼくの目と鼻の先に大きな猫の顔が近づく。
「すんすん、ほぅ。坊主、貴様珍しい力よのう。」
猫はぼくの匂いを嗅ぐと、嫌なことを問いかけてきた。
「こんな、呪いの力なんて…。」
「のろい~?だっはっはっは!誰ぞ、そんな法螺を吹く奴は!」
猫は大笑いした後肩を震わせながらぼくに語った。
「いいか坊主。それは願いを叶える力だ。まぁ、使いようによっては呪いと言えんでもないがのう。」
“願いを叶える“
あの時ぼくは願った。
“父さんを助けてください”
その願いが叶ったのならば、なぜぼくはこんなに悲しいんだろうか。
勝手に涙が溢れたけど、猫がぼくのほほをぺろっと舐めた。
「恐れることはこの生に何一つないぞ?坊主、貴様の気持ち一つだ。全て望んでやればいい。幸せになるんだ(・・・・・・・)と。今までのことはなんてことなかったんだと。」
そうか、なんてことなかったんだ。
父親も、母親も、楽しかった日々も、ぼくにとっては、なんてことないただただ過ぎただけの時間だったってこと。
ぼくはそう望んでしまった。
あの日視た黒い霧がぼくの胸の中にすうっと入りこむ。
これがぼくの力。
自身の一部を代償に願いを叶える力。
身体から抜けていく黒い霧は、ぼくの疑問と一緒に消えた。




