1-8
草原を抜けて、林の縁に差しかかった頃だった。
風の流れが、変わる。
さっきまで一定だった空気が、ぴたりと止まった。
「……ロイ」
「気づいたか」
声を潜める。
エンパシーが、嫌な感情を拾う。
警戒。
緊張。
怒り――いや、縄張り意識。
次の瞬間。
影が、跳んだ。
「っ!」
反射的に身を引く。
視界の端を、鋭い影がかすめた。
――速い。
草を蹴る音。
枝を踏む音。
そして、低く唸る声。
現れたのは、山猫だった。
筋肉のしなやかな体。
金色の瞳。
こちらを睨みつけるその視線は、獣というより――
「……人の目だ」
ノアが呟いた、その直後。
「離れろ」
冷たい声が、林の奥から飛んできた。
人影が現れる。
軽装。
武器は短剣。
無駄のない立ち姿。
山猫は、その人物の隣に静かに並んだ。
――契約獣。
「ここは俺の領域だ」
「侵入者は、理由を話せ」
空気が、張りつめる。
ロイが一歩前に出かけて、やめた。
「……面倒なのに当たったな」
小声で言う。
「私たち、通るだけ――」
言い終わる前に。
山猫が、低く唸った。
「嘘だ」
即答。
「この辺りで、感情が揺れた」
視線が、ノアに突き刺さる。
「お前だな」
胸が、どくんと鳴る。
「……動物、治しただろ」
一瞬。
山猫の尾が、ぴくりと揺れた。
「――触ったな」
声が、低くなる。
「勝手に」
「苦しそうだったから……!」
思わず声を上げる。
その瞬間。
地面を蹴る音。
山猫が――襲いかかった。
「ノア!」
ロイの声。
間一髪で避ける。
爪が、地面を裂いた。
「命に手を出すな」
戦士が言う。
「善意は、責任を伴う」
「背負えないなら、触れるな」
エンパシーが、感情を拾う。
怒り。
恐怖。
後悔。
そして、はっきりとした想い。
――もう、失いたくない。
ノアは、息を呑んだ。
「……あなた」
言葉を探す。
「前にも、契約獣を――」
「黙れ」
短剣が、向けられる。
「次に会ったら、敵だ」
そう言い残し、戦士は山猫と共に林へ消えた。
残されたのは、静寂。
「……仲良くは、なれなさそうだね」
ノアが呟くと、ロイは肩をすくめた。
「だから面白いんだろ」
空を見上げる。
未完成の世界は、今日も静かに軋んでいた。
投稿遅くなりましたーー!不定期ですがよろしくお願いします。




