1-5
少し歩くと、活気あふれる街を見つけた。
「ロイ!街だよ」
そういって街に入った瞬間、空気が変わった。
「あれ、?」
さっきまで吹いていた風が、ここだけ止まっている。
人は歩いているのに、足音がやけに遠い。
「……静かすぎない?」
遠くから見た景色とはまるで違う。
ロイは何も言わない。
代わりに、胸の奥がじわじわと痛み出した。
――エンパシー。
勝手に、感情が流れ込んでくる。
不安。
期待。
安心したい。
失いたくない。
「……重」
思わず、呟く。
一人分じゃない。
街全体が、同じ感情を抱えている。
「ノア、ここ長居すんなよ」
ロイの声が、少し低い。
「ここは未修正エリア。しかも感情過多型だ」
「……感情が、多すぎる?」
「逃げ場がないってことだ」
歩いていると、誰かと目が合う。
すぐに逸らされる。
笑顔なのに、どこか必死。
私たちは少し街を散策することにした。
飲食店、武器屋、家。
何もかもが普通に見える。
「感情過多型……」
一見して普通なのに、空気は重く濁ったもの。
「ねえ」
小さな声がした。
振り向くと、少年が立っていた。
銀色の髪。
穏やかな表情。
「旅人?」
「……まあ、そんな感じ」
少年は、ほっとしたように笑う。
その瞬間。
――好き。
――大切。
――いなくならないで。
感情が、一気に押し寄せた。
「っ……!」
思わず、膝が揺れる。
「ノア?」
重い、頭が割れそう。
「……だいじょぶ」
そういったけど嘘だった。
この人の感情、強すぎる。
「君、顔色悪いよ」
少年が心配そうに覗き込む。
顔を上げると心配そうな……
「――っ」
満面の、笑み……
それに、近すぎる。
何で、そんなに、笑顔なんだ。
感情が、また流れ込んできた。
守りたい。
失いたくない。
全部、このままでいてほしい。
この人はもう、この街から出れない。
また、「幸せ」になれる。
「……ごめん」
私は、一歩引いた。
「ちょっと……休みたい」
少年は、少しだけ寂しそうに微笑った。
「そっか」
そしておもむろに手をあげた。
「じゃあ、教会で休むといい」
「……教会?」
少年は笑顔で境界を指差した。
「この街で、一番落ち着く場所だから」
にっこり。
そんな効果音すらも聞こえてきそうだった。
ロイと視線が合う。
嫌な予感しかしない。
でも、行くしか……
そういって入った教会の中は、静かだった。
鐘は止まり、空気が澱んでいる。
「……落ち着く、というより」
「止まってる」
ロイが言う。
そのとき。
《※未修正エリア》
文字が浮かんだ。
《※感情データの集中を確認》
《※処理不能》
「……処理不能?」
「つまり」
ロイが肩をすくめる。
「近いうちにフリーズする」
「街ごと?」
「多分な」
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
さっきの少年の顔が浮かぶ。
「……原因、分かってるんでしょ」
ロイは、少し黙ってから言った。
「ああ」
「さっきの少年だ」
「……やっぱり」
「でも、まだ修正できねえ」
「なんで」
「本人が、手放す気ないから」
私は、教会の奥を見る。
誰もいないはずなのに、
誰かの感情だけが、確かにそこにある。
「……ねえ、ロイ」
「ん?」
「これ、正したら」
「誰か、傷つくよね」
ロイは、即答しなかった。
それが、答えだった。
《※警告》
《※感情密度が上昇しています》
胸が、また痛む。
逃げたい、と思った。
「……今日は、帰ろ」
私は言った。
ロイは何も言わず、頷いた。
街を出る直前。
振り返ると、少年が立っていた。
遠くから、こちらを見ている。
優しい笑顔。
でも。
その感情は、今までの表情より――重かった。
「……逃がさないよ」
そう口が動いたのもとらえた。
「……続きは、明日」
自分に言い聞かせる。
でも分かっていた。
この街は、もう限界だ。
第五話は二つ目の街にたどり着き、新しい修正箇所を発見することが出来ましたね。さて、ノアはどんな選択を迫られ、どんな決断をするのでしょうか。
第六話は12月30日、午後9時ごろに投稿予定です。ぜひご覧ください!




