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死んだことにした悪役令嬢、 辺境で騎士団長に溺愛されつつ帝国を建て直します  作者: マグロサメ
第一章 ヴァルム試験国家編(1208 - 完結)

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第十三話 雪の日の作戦会議(2)

 シュアラは、自分の胸の内で、天秤の針が少しだけ振れるのを感じる。


(「危険人物」としてではなく、「変な女」として認識されましたね)


 帝都では、前者になることしか許されなかった。

 ここでは、どうやら後者で済む余地がある。


「で、その“選択権”とやらを守るために、三つの村をどう動かす」


 カイが本題に戻した。


「沈んだ天秤の話を聞かせろ」


「はい」


 シュアラは、三つの村の円の上に、パンと石をもう一度並べ直した。


「ミルストーンは、小麦が豊富です。ですが、粉挽き小屋の権利を握っている村長が、税を誤魔化して私腹を肥やしています」


「知ってる」


 カイの口元がわずかにゆがむ。


「あいつの顔を見ると酒がまずくなる」


「帝都の帳簿では、彼のような人間の方が『優秀な現地協力者』です」


 シュアラは淡々と述べた。


「税をきちんと納めるふりをしながら、村をギリギリで回し、帝都への数字だけ平均以上に見せる能力がある」


「誉めるところじゃねえだろ、それ」


「ですが、現状ヴァルムの天秤では、彼の粉と水車は必要です」


 パンを一つ、砦の円からミルストーンへ移す。


「完全に切るのではなく、『こちらの天秤』に少しずつ縛り直す必要があります」


「縛り直す、ねえ」


 カイは面白そうに眉を上げた。


「具体的には」


「そこは、第十五話までお待ちください」


 思わず口から出た言葉に、自分で少し驚く。


(……いえ、これは内心の仮タイトルです)


 咳払い一つで誤魔化し、次の円を指す。


「アイアンストリームは、鉱山と鍛冶場があります。

 ギルドとの取引が多く、現金収入はある。ですが、冬場に鉱山が止まると、一気に食糧不足に陥る」


「こっちも知ってる」


 カイは短く頷く。


「雪の年に何人か凍死しかけた。ギルドは金は出すが、飯は出さねえ」


「だからこそ、冬までに『食べ物の流れ』を固定しておく必要があります」


 シュアラは、ミルストーンとアイアンストリームの間に、小さな線を一本引いた。


「粉と鉄を、ヴァルムの中で回す。

 帝都を経由しない、小さな循環を試すつもりです」


「帝都を抜くのか」


「はい。ただし、帳簿の上では『誤差』に見える範囲で」


 カイが、また「怖えな」と呟く。

 今度の声色は、半分だけ呆れ、半分は感心だった。


「そして、シルバークリーク」


 最後の円に指を置く。


 東の村。

 昨日、焦げ跡と冷えた血と、震える子どもがいた場所。


「ここは、川沿いで土地が痩せています。

 収穫量も少なく、家畜も少ない。

 帝都から見れば、『切り捨て候補』の最優先です」


「そんなことまで数字にされてんのかよ」


「はい」


 シュアラは、言葉を一瞬だけ飲み込み、それから続けた。


「けれど、ここには水があります。

 治水と、燻製技術。

 川魚と、森の小さな獣を『長く保存できる形』に変えられれば――」


 砦の円から、小さな石を一つシルバークリークへ移す。


「この村が、ヴァルム全体の『冬の冷蔵庫』になります」


「冷蔵庫?」


「……冬でも食べ物を出してくれる箱です」


 カイが考えるように顎をさする。


「要するに、ここを活かせば、三つの村全員の腹が少しだけ膨れるってことか」


「はい」


「その代わり、最初に手をかける必要があるのも、ここだ」


「はい」


 シュアラは、はっきりと頷いた。


「今、一番沈みかけている皿を、先に持ち上げる」


「沈んだ天秤の一番下から、か」


 カイは立ち上がり、天秤の紙を見下ろした。


「帝都じゃなく、ヴァルムの側の天秤を優先する。

 それが、お前の第二ゲームのルールってわけだな」


「大雑把には、そうです」


「大雑把でいい」


 カイは、不意に笑った。


「細けえところは、お前が考えろ。

 俺は……そうだな」


 窓の外を一瞥する。

 灰色の空の下、砦の中庭では兵たちが雪かきをしていた。


「俺は、その“ゲーム盤”とやらの上で、駒が死なねえように動かすだけだ」


 それは、敗軍の将の口から出るには、かなりまっすぐな言葉だった。


 シュアラは、思わず瞬きをする。


「団長」


「何だ」


「その役割は、とてもありがたいです」


 心からの本音だった。


「本来なら、盤面と駒の両方を一人で見なければいけないと思っていましたから」


「全部自分で背負う気だったのか」


「はい。慣れていますので」


「慣れてるからって、やるもんじゃねえ」


 カイは肩をすくめた。


「……まあいい」


 彼は床のパンの欠片をひとつつまみ上げ、指先で弄んだ。


「で、その第二ゲームとやら」


 パンを、シルバークリークの円の上にぽんと置く。


「最初の一手は、どこだ」


「シルバークリークです」


 即答だった。


「治水と、燻製小屋の建設。

 あの村を『冷蔵庫』に変えるのが、最初の一手」


「いいだろ」


 カイは、パンを指で押し潰した。


「明日、馬を出す。

 その変な地図、全部持ってこい。

 現場で、どう沈んでるか見せてもらう」


「了解しました、団長」


 シュアラは立ち上がり、散らばった紙を手早くまとめ始めた。


 床の駒を一つひとつ拾い上げながら、胸の中で小さく数字を更新する。


『ゲーム2:三つの村 開始条件』

『プレイヤー:ヴァルム砦指令官カイ/死人文官シュアラ』


(帝都の帳簿の外側に、小さな盤面ができました)


 その盤面が、いつか帝国に牙をむくのか。

 それとも、帝国を救う手札になるのか。


 今はまだ、どちらでもいい。


(そのとき、「選ぶ権利」を持っているのが、この砦であればいい)


 紙束を抱え上げたシュアラに、カイが顎をしゃくった。


「おい、軍師殿」


「はい」


「明日は冷蔵庫だかなんだかの説明を、村の連中にもしてやれ」


「もちろんです」


「分かりやすくな」


 カイは意地悪く口の端を上げる。


「難しい言葉ばっかり並べてみろ。

 俺が一行に要約してやる」


「それは助かります」


 シュアラも、わずかに笑った。


「団長の要約は、だいたい正確ですから」


「……褒めてんのか、それ」


「はい。多分」


 二人のやり取りに、外の廊下を通りかかった兵が首をかしげる。


「なあ、今、若と文官、笑ったか?」

「気のせいだろ。若が笑うのは酒場だけだ」


 そんな小さな会話が、砦の石壁のあちこちに飛び火していくことを、シュアラはまだ知らない。

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