08.ヘラのこと
最近、ヘラの様子がおかしい。
◇
ヘラは、私と同じ十月生まれの働き蜂だ。だから、という訳でも無いのだけれど、私とは割と一緒に行動することが多かった。
私と違って控えめで真面目な性格だ。内勤では良く気がつくので、女王からも気に入られていた。その一方で、外回りの時は遠くへ行くのが好き。餌場にも通うんだけど、何度か餌場を往復した後は、お気に入りの、近くの雑木林まで遠征することが多かった。
◇
「ヘラー。」
その日、ヘラは巣箱の隅の方でじっとしていた。呼んでも返事がない。
ヘラ。
「あ……ジラ。」
どうしたのボーッとして。貴方、今日は内勤でしょ。幼虫の世話はどうしたの。
「ああ……そうね、そうだわ。」
口ではこう言いながら、少しも動こうとしない。
何処か具合悪いんじゃない?
「…………」
ヘラ?
「あ………大丈夫よ。」
◇
女王に相談した。
「うーん、ちょっとおかしいわねー。私も気になってたのよー。」
「病気かしら?」
「…………そうかも知れないねー。」
女王は、私が言った「病気」という言葉を聞いて、何か思い当たることがあるようだった。
でも、もしそうだとしても、私たちには出来ることはない。
あの子が死んだら亡骸を遠くへ捨てに行く。私達に出来ることは、それだけ。
でも、何処か具合が悪そうにも見えない。それが不思議だった。お腹がすいたら普通に幼虫にエキスをもらいに行くし、餌場の砂糖も食べる。ただ、餌場に出ても肉団子は作らなくなった。まるで、役目を全部忘れて自分の為だけに生きているみたい。
それは、私達働き蜂には考えられないことだった。
◇
心配した私は、ヘラに近寄った。
その時気づいたの。
ヘラの腹の先の方から、何かが顔を出してる。
何これ?
まさか………虫?
◇
翌朝、ヘラは巣を出ていった。
そして、二度と戻って来なかった。
◇
女王に聞いてみた。
「ヘラのお腹の先の節の所から、何かが顔を出してたの。虫の頭みたいに見えたわ。怖かった。」
「そうかー………。」
女王は、やっぱり何か知っていた。
「それ、ネジレバネだわ。」
◇
「ネジレバネはねー、いつの間にか体の中に入り込むの。そして腹の中で大きくなって、大きくなると、ああして腹の節から顔をだすようになるの。」
「ひ。」
女王の話に、私は恐怖で体がすくんだ。
「腹から顔が出て来て暫くしたらね、ある日、巣から出ていって、戻ってこなくなるの。」
そんな。
「その後どうなるかは、私も知らないのよ。」
◇
ネジレバネは、スズメバチ類などに寄生する昆虫だ。樹液の出る木など、蜂が良く来る場所に小さな幼虫がいて、蜂にとりついて体内に入り、寄生を始める。そして、蜂の行動をコントロールして、働かないようにしてしまう。
そして、腹から顔を出すようになったら雄と交尾して自分の体内で卵を生み、自分の体を餌にして幼虫を育てる。
寄生された蜂は、ある日巣を出ていって、樹液の出る木などに行き、そこで幼虫をばらまく。ばらまかれた幼虫はそこでまた新たな蜂にとりついて寄生を始める。
ヘラは、恐らく大好きだった雑木林で、このネジレバネにとりつかれたのだろう。
◇
ヘラ。
もう、何処にいるのか、生きているのか死んでいるのかもわからないヘラ。
苦しく無さそうだったのがせめてもの救い。
さよなら、ヘラ。




