12.巣別れ
「雄蜂が出てきたな。」
◇
「もう取り時だ。」
「うかうかしとると、食べるとこ無くなるぞ。」
「でも『祭り』はまだ先だぞ。」
人間達が、巣の前で何やら話し込んでいる。
私達は、いつも通り、餌場と巣の間を往復して幼虫を育てる。女王の世話をする。
◇
やがて、雌蜂の巣盤は、その部屋の幾つかが糸で閉じられはじめた。
そして、新女王となる雌蜂の、最初の一匹が羽化してきた。
働き蜂より明らかに大きな艶のある体。立派な成虫だ。
羽化した雌蜂は、羽が伸びるのを静かに待っている。
そして、暫くの間、巣の中で成熟するのを待つ。
それは、近親交配を避けるために、彼女達に課された短いモラトリアム。
◇
「大きい。」
「大きいね、立派だわ。」
「ぴかぴかね。」
「この子も巣から出たら、もう戻ってこないのね。」
「雌蜂だからね。」
「新女王になるのよ。」
やがて飛び立つ時が来るのを静かに待っている、私達の大きく立派な綿毛。
それは、育てた私達の誇りでもある。
それを見ている私たちは、ただ単純に嬉しかった。
誇らしかった。
◇
「巣別れ」
新女王となるために、雌蜂が巣から旅立つことを、特別にこう呼ぶ。
雌蜂は、巣から飛び立つと、もう巣には戻らない。
そして、まっすぐに飛んで行く。
飛んで行く先には、他の巣から出てきて、木の上で群れを作っている雄蜂がいる。
雌蜂は、木の上で群れを作っている雄蜂の中へと入って行く。
そして、その中の一匹と、木の葉の上で交尾をする。
これを「葉上交尾」と言う。
やがて、葉上交尾が終わった新女王は、どこかへ飛び去ってゆく。
そして、落ち葉の中や枯れ木の隙間等に入り、次の春までの冬眠に入る。
交尾を終え、役割がなくなった雄蜂は、やがてどこかで、その短い生涯を終える。
こうして、ヘボ達の命は、次の世代へとつながってゆくのだ。
◇
最初の雌蜂が、旅立っていった。
そして、次の雌蜂が羽化する。
秋の終わり、最大の大きさに達した巣の最後のイベント、巣別れが始まった。
命の次のサイクルが、静かに回り始めた。
女王は、全ての仕事を終えた。
おしゃべりで冗談が好きだった女王が、何もしゃべらなくなった。
女王の匂いが、日毎に弱くなってきた。
それでもジラ達働き蜂は、いつもの通り、ただ黙々と幼虫と女王の世話をする。
里では、山茶花の花が咲き始めていた。




