お揃い
「わたくし、来月お嫁に行くの」
小春は、唐突に告げられた、姉と慕う春菜の言葉に耳を疑った。
「春菜お姉さま、職業婦人になると仰っていたではないですか……!何故突然……!」
ここは閉鎖的な華族の少女達が通う女学校。
大半の少女が婚約者を持ち、卒業後に結婚していく中、春菜は、家に縛られるなんて考えは古い、時代の最先端を駆ける女性達に倣って、自分も卒業後は職業婦人になるのだと、瞳を輝かせて小春に語ってくれた。
モダンガールらしく美しい艶やかな髪をボブにし、ヒールの付いた編み上げ靴を履いて、袴を着こなす春菜は、小春の憧れそのものであった。
しかし小春は臆病で、家の言いなりになって先月婚約者が出来てしまった。
涙ながらにその事を春菜に知らせた時、春菜は何も言わずに優しく小春の頭を撫でてくれたのだ。
そんな春菜が急に結婚するなんて、小春にはとても信じられなかった。
「何故も何もないわ、お断りできない御相手だという、よくある話よ」
なんでもない様に、春菜は言う。
「そんな!お姉さまはいつも、きらきらしたお顔で夢を追いかけていらしたではないですか……!今からでもお断り出来ないのですか!?」
春菜の家は由緒正しい侯爵家だ、お上からの命令でなければ、断ることも不可能ではないだろう。
それに、どんなに好待遇な縁談でも、春菜はいつだって毅然と断って来たのだ。
急に心変わりするなんて、やっぱり信じられない。
学校の庭先に咲いている菜の花を手折って、春菜はそれを小春の耳に差す。
「いいじゃない、わたくしも小春もこれでお揃いになったわ」
自身の耳にも菜の花を差して、春菜は穏やかに、なだめる様に小春に微笑む。
その姿に、小春は初めて春菜と出会った時の事を思い出した。
──その日は入学式で、小春は優秀生として壇上で入学の挨拶をする事になっており、緊張をほぐす為に裏庭に行った。
「あら、珍しいわね。ここに人が来るなんて」
涼やかな声をたどった先には、桜の木の下で凛と背筋を伸ばした春菜が居た。
当時の春菜はまだ、美しい髪をロングにしていて、巷で流行りのポニーテールに結い上げ、活発な雰囲気を纏っていた。
上級生と会う事になるとは思っていなかった小春は委縮し、礼をしてその場から辞そうとした。
だが、春菜は穏やかに微笑んで、こちらにいらっしゃい、と言ってくれたのだ。
「新入生ね?わたくしは春菜。三学年生よ。貴方のお名前はなんというの?」
「私は小春と言います」
「まぁ、わたくしとお揃いね!春同士仲良くしましょう」
それから、小春と春菜は中休みや放課後に、裏庭のベンチで談笑するのが日課になった。
どこそこに喫茶店ができただの、あの教師はいけ好かないから気を付けろだの、いつも尽きない話題に、二人が仲良くなるには時間がかからなかった。
半年ほどそんな日々が続いたある日、小春は春菜の夢を聴いたのだ。
「なんて素敵なんでしょう!お姉さまなら絶対に叶えられます!」
「ふふ、小春ならそう言ってくれると思っていたわ。わたくしの事、応援してね。あなた……」
そうだ、確かこの後、春菜は小さく何かを呟いたのだ。
だけど、余りにも小さい囁きは秋の風に攫われて、小春の耳には届かなかった。
──「小春?黙り込んでしまって、どうかして?」
「あっ、すみませんお姉さま……」
小春は、一度決めたら動かない春菜の性格も知っている。
だから結婚だって、もう覆さないのだろう。
「お姉さまの夢が見られないのは残念ですが、お嫁に行っても仲良くしてくださいね」
「ふふ、小春ならそう言ってくれると思っていたわ。わたくし達、ずっと一緒よ」
──月が替わり、春菜は宣言通り侯爵家の子息と結婚した。
そして春菜も、相手方の希望で彼女の卒業を待たずに結婚した。
生活が少し落ち着いたころ、小春の家に春菜が訪ねて来た。
「まさか私までこんなに早く結婚するとは思いませんでした」
「うふふ、お揃いね」
嬉しそうな春菜は、小春の後ろに回って耳打ちする。
「あなたがいないと、意味がないもの」