表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

【最終話】風鈴草の丘でまた君と会えたら



リリィがいなくなった日、世界から音が消えた。


丘に立っても風の向きがつかめない。


家にいても手が余る。眠れば目が冴え、起きれば胸が重い。


白い日傘の影だけが、どこを見ても抜け落ちていた。  



やがて少しだけ落ち着いて、俺は丘へ登った。


日の当たる場所に、小さな墓標を据えた。


風がよく通って、花がよく見える場所に。



石には一言──


「リリィ・スノウ」


刻まれた名前に朝陽の光がやわらかく触れて、呼ばれた気がして、俺は指先でそっとなぞった。


それからの夜、俺は何度も夢を見た。  


白い日傘が揺れて、刺繍がきらりと光る。


手を伸ばすと、いつも少しだけ届かない。


目を覚ますと、枕元には風だけがいた。


それでも「もう一度会いたい」という願いは消えなかった。


胸の奥で、小さな灯みたいに残り続けた。  





そして、また春が来た。  





「……じゃあ、行ってきます。」  



出がけに言うと、



父が手を止めて顔を上げた。  



「……彼女のところに行くのか。」  


「うん。約束だから。」


父はしばらく俺を見て、それから小さくうなずく。


「そうだな。行ってこい。」


「ありがとう。」


 扉に手をかけ、振り向かずに言った。  


「父さん、ありがとう。俺、これからも……がんばるから。」


台所のほうで、笑い声がひとつ、やわらかく弾んだ。


「……お前、立派になったな。」  


胸の奥が熱くなる。  


「うん。じゃあ、行ってくる。」


石畳を抜けて町へ出る。  


人形劇場の前を通ると、昼の公演の貼り紙が新しくなっていた。  


「幕が上がる瞬間、見せたかったな。」


──思わずつぶやいた。


 水屋の軒先では、薬草茶の壺が静かに冷えている。


 店主が「飲んでくかい」と笑う。



俺は首を振って、「今度、二つください」とだけ返した。  


風見鶏の立つ広場を横切ると、ベンチに腰かける老人の姿が目に入る。


帽子のつばを少し持ち上げて、目で挨拶をくれた。  


「いい日を。」  


「はい。……行ってきます。」


短い言葉のあいだに、やさしい春が一度通り過ぎる。


町を抜け、丘へ向かう道に入る。


息が上がる手前で歩幅を整え、丘に向かった。 


斜面に出ると、風鈴草がいっせいに花ひらいていた。


青い花が朝陽を受けてきらめき、地面に薄い空を敷き詰めたみたいだ。





墓標の前に立つ。  





「……約束通り、また来たよ。」  




胸の奥がきゅっと痛んだ。寂しさは薄くならない。



それでも、ここに立てていることが、少しだけ誇らしい。



顔を上げ、声を整える。  




「ほら、見て。満開の風鈴草だよ。昨日、やっと咲いたんだ。すごくきれいだろ。」



斜面の青が、風に合わせてやわらかく波打つ。



「今日はいい風が吹いてる。……もしかしたら、今日、音が聞けるかもね。」



言葉が落ち着くのを待つように、丘を渡る風が静かに向きを変える。


花はすこしだけ強く震えた──けれど、音はまだ生まれない。  



俺は目を閉じ、耳を澄ませた。



去年から空いていた場所に、ゆっくりとあたたかさが戻ってくるのを確かめる。


からり。  風見鶏が、もういちどだけ身を返す。


音は短く、やさしい。まるで──おかえり、と言ってくれたみたいだった。


俺は墓標のそばに腰を下ろした。



草の匂いが近い。



石のひんやりが掌にうつって、胸の波が少しずつ静まっていく。






「……やっぱり、君のいない世界はさびしいよ。」





声にすると、胸の奥がきゅっと縮む。





「リリィ。君と、風鈴草の咲くこの丘で、もう一度会いたい。」  








その瞬間だった。  








ふいに、一陣のそよ風が吹き抜ける。







斜面いっぱいの風鈴草が、いっせいに身をふるわせ──





リーン




リーン





鈴のように高く、澄んだ音色が重なっていく。



耳の奥に、あの日の夕暮れがひらいた。



その音は、間違いなく──  





あの日の、君の笑い声そのものだった。





胸の奥がじんわり温かく満たされる。





視界がにじむ。




涙が頬を伝って、指の甲に小さくはねた。




目を閉じ、余韻にそっと口を寄せる。





「……また、会えたね、リリィ。」




十年に一度、風鈴草が満開のこの日



約束のこの丘では、いつまでも、君の笑い声が響いていた──。





Fin.








読了ありがとうございます。ここまでお付き合いくださった皆さまに、心からの感謝を。

アレンが転ばずにここまで来られたのは(たまに転んだけど)、読んでくれたあなたのおかげです。

人生初めての執筆、拙く読みづらい点も多々あったかと思いますが、最後までお付き合いくださり本当にありがとうございました。

この物語のなにか一つでも心に残っていたら、私は嬉しく思います。


完結の節目にお願いをひとつ。

もし少しでも良かったら【ブックマーク】&【★評価】をいただけると、とても励みになります

感想・誤字報告・レビューも大歓迎です。頂いた反応は次の物語の燃料になります。


最後に、はじめましてから最終話まで支えてくれたあなたへ。

また別の物語でも、あるいはこの丘でも「また会えたね。」と言えますように。

本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ