表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

【第一章】春の丘で、はじめまして



俺の名前はアレン・カーター。二十歳。


特技は転ばずに一日を終えること──


と言いたいところだけど、昨日は井戸端で足を滑らせて膝を打った。


先週はオノを持てば折り、パンを焼けば炭になる。


家族会議の結論はいつも同じだ。


「アレン、お前は器用に失敗する天才だな。」


褒められてるのか? 


いや違うな。そんな俺にも、ひとつだけ見てみたいものがある 。


十年に一度だけ咲くという幻の花、風鈴草。


風に揺れると鈴みたいに鳴るらしい。


恋が叶うだの、願いが届くだの、伝説は山ほどある。


どれも眉唾かもしれないけど、何年に一度って響きに弱いんだよな。





季節は春のはじまり。


芽吹きの匂いとひんやりした風に背中を押され、


俺は町はずれの丘を登った。丘から見た街並みは風見鶏がくるくる回って、


家の煙突から白い煙がのぼっている。のどか。眠い。帰ってもいいか?

 

いや、ダメだ。十年だぞ十年。


──で、頂上に着いた結論。



「……咲いてねえ。」  


新芽の緑はきれいだ。鳥はさえずる。空は高い。肝心の花は、ない。


十年って、今日じゃなかったか? いや、誰も今日とは言ってない。


俺が勝手に今日だと決めつけただけだ。


うん、知ってた。知ってたけど、 心が追いつかないやつだ。


「はぁ……せめて、何かレアな出来事の一つや二つ……」  


ぼやいた瞬間、視界の隅に「レアすぎる出来事」が現れた。


白い日傘。春の陽射しの中、ひとりの少女が傘をさして立っている。


風にすそが揺れて、髪が光を拾ってきらりとまたたいた。


頬は薄紅。身につけている服は、この町の仕立てとは縫い目も雰囲気も違っていて、


どこかこの世界の外のような気配をまとっている。  


なにより、彼女はそこに立っているだけで、周囲の空気ごとやわらかくしてしまうような、


不思議な異質さを帯びていた。


数秒、いや数十秒、俺は言葉を失った。




──落ち着け、アレン。初対面で固まるのは失礼だ。


まず挨拶。


ついでに鼻の下を伸ばすな俺。


「……なんで、こんな良い天気に傘なんか差してるんだ?」


出た言葉がそれか俺。


もっとこう、「こんにちは」とかあっただろ。


少女は小さく肩をすくめ、日傘の陰からいたずらっぽく笑った。


「今日は特別だから。」


 声までやわらかい。春を連れてくるタイプの声だ。


「と、特別? 今日は……えっと、何の日だ?」


「内緒。」


 口元に指を立てる。


ずるい。可愛い。いや落ち着け俺。


「あ、あのさ。俺は、その……風鈴草を見に来たんだ。十年に一度だけ咲くっていうから。」


「奇遇ね。私もよ。」  


彼女は傘の縁からこぼれる光を指先で追いながら、こちらを向いた。


「私はリリィ。あなたは?」


「アレン・カーター。アレンでいい。」


「アレンね。うん、呼びやすい名前。」


名前を呼ばれただけで心臓が跳ねる。


初対面でこれは情けない。だが事実だ。


「リリィ、いい名前だね。」


「ありがと。自分でも気に入ってるの。」



……やばい。妙に気恥ずかしい。会話は弾んでる、はず…。


俺の顔、今ひきつってないよな。  


思わず声がうわずって、リリィがくすっと笑う。


鈴がひとつ鳴ったみたいな笑い声だ。


「ところでアレン。あなた、ここにはよく来るの?」


「年に数回、気が向いたら。家の仕事サボる時とか。」


「正直ね。」


「正直さだけが取り柄でさ。剣もダメ、畑もダメ、パンは炭。」


「炭パン……気になるけど、食べたくはないわね。」


「俺もオススメしない。」


二人で笑う。会話って、こんなに続くもんだっけ。


知らないうちに、肩の力が抜けていた。


ふと、風が強くなって、日傘の布がふわりと持ち上がる。


リリィは慣れた手つきで柄を握り直した。


動きがやけに滑らかで、日傘と彼女はひとまとまりの道具みたいだ。


「……日傘、好きなんだな。」


「ええ。気に入ってるの。」


「わたしにとってかけがえのないものなの。」


さらりとした一言に、ほんの少しだけ影が差す。


冗談とも本気ともつかない調子。でも俺は深追いしなかった。


今は、ただこの空気が心地いい。


「そろそろ帰らなくちゃ。」


リリィが空を見上げる。太陽は少しだけ傾いて、丘の影が長く伸び始めていた。


「また会える?」


気づけば、俺が先に言ってた。


自分でも驚くくらい、声が真っ直ぐだった。


リリィは一瞬だけ目を丸くし、それからふわりと微笑む。


「ええ。またこの丘で。」


それだけ言って、彼女は白い傘を傾け、丘を下りはじめた。


日傘の影が草の上を滑っていく。


俺はその後ろ姿が見えなくなるまで、ひたすら見送った。


──そして気づく。



俺、名前しか聞いてない。


住んでる場所も、好きな食べ物も、何も知らない。


知らないのに、胸の真ん中がやけに騒がしい。


「……よし。明日も来るか。」


言葉にしてしまったら、もう後戻りできない。


まあ、へっぽこだって前に進むときはあるのだ。


風見鶏がくるりと回り、風が丘を撫でた。



それが、リリィとの最初の出会いだった。






翌日。俺は昨日より少しだけ早く丘に着いた。


学習したのだ。


彼女が来る前に来て、落ち着いて会話の準備をする。


具体的には、「昨日よりまともな第一声を用意する」ことだ。


そう、例えば……


「今日もいい天気だね。」


うん、普通。普通が大事。


 深呼吸。よし、いける。


「今日もいい──」


「おはよう、アレン。」  


先に呼ばれた。負けた。完敗だ。


振り向けば、白い日傘。


昨日と同じ、けれど何度でも新しい、という感じの笑顔。


「お、おはよう。えっと……その、いい天気だね?」


「そうね。」


会話を重ねるほど、俺の中の“昨日より少しだけ特別”が増えていく。


こんな感覚、初めてだ。


「ねえ、アレン。風鈴草のこと、どれくらい知ってる?」


「言い伝えがあるってくらい。風が吹くと鈴の音がして、願うと叶う……とか。」


「言い伝えってって、だいたい盛られるのよね。」


「夢を壊す発言きた。」


「でも、好きよ。盛られた話。」


「じゃあ逆に、叶えたい願いってある?」


「先にアレン。もし一つだけ叶うなら?」


「一つだけか……パンが炭にならない手。」


「現実的。」


「じゃあ朝、布団と円満に別れる勇気。」


「それ、好き。」


笑ってくれた。


俺も笑う。


こういう無駄話の積み重ねが、人生を幸せにするって誰かが言ってた気がする。


誰だっけ。俺かもしれない。俺だ。


「じゃあ、リリィは? どんな願いにするんだ。」


「……秘密、かな。」


「ずるい。」


「叶ったら教える。」


なんて可愛いんだ。真顔で言うの、反則。 俺の心臓、準備できてない。


「リリィは、どこに住んでるんだ?」


「丘の向こう。」


「具体性ゼロ!」


「内緒。」


「内緒多くない?」


「アレンは、明日も来る?」


「来る。……いや、明日どころか毎日来る。」  


リリィが瞬きをして、小さく笑った。


「毎日?」


「仕事は?」


「午前中に全力で終わらせる。終わらなくても終わらせた顔をする。」


「正直の使い方、間違ってない?」


「俺は器用に誤魔化す術に長けているのだ。」


「自慢になってないのよ。」


 リリィは肩をすくめて笑い、日傘をくるりと回した。


きらり、と光がこぼれて、花びらの影が草の上に浮かぶ。


「そういえば、風鈴草の音、聞いたことある?」


「ないな。花が咲いている所を見たことも、もちろんない。」


「……私もないの。」


「そっか。じゃあ、俺と一緒に見ようか。」


「一緒に、ね。」


リリィの視線がほんの少しだけ遠くなった気がした。


けれど次の瞬間には、もういつもの笑顔に戻っていた。


「約束、してくれる?」


「もちろん。十年に一度の花を、一緒に」


「うん。約束」  


指切りでもすればよかったのかもしれない。


けれど俺たちはただ、目を見て頷いた。それだけで、十分に約束だった。


そのあとも、取りとめのない話を延々と続けた。


パン屋の新作の話、町の噂、


風見鶏の回る速さで天気を当てられるかどうかの無駄な議論。


俺はまったく勝てなかった。


リリィは強い。論理ではなく、愛らしさで勝つタイプだ。強い(確信)。


 太陽が傾く。影が伸びる。昨日と似た終わり方の時間が、今日も来る。


「帰らなくちゃ」


「送ろうか?」


「だめ。……ここで、またね。」


「ここで、また。」


俺は立ち上がって、彼女と並んで丘の端まで歩いた。


町が遠くに見える。教会の屋根、煙突、風見鶏。


世界は昨日と同じなのに、色が少しだけ濃くなって見える。


たぶん気のせいじゃない。


「アレン。」


「ん?」


リリィは白い傘を軽く持ち上げ、ぺこりと小さく頭を下げた。


俺も同じように頭を下げる。


誰に教わったわけでもないのに、動きが自然に揃って、少しだけ照れくさかった。


「また明日ね。」


「また明日。」


それだけ。だけど、明日が待ち遠しくなるには充分な言葉だ。


日傘の影が草の上を滑って、やがて細くなる。


見えなくなるまで見送った。


風がやんで、丘に静けさが戻った。


耳を澄ませば、草のこすれる音と、どこかの家から漂う夕飯の気配すら感じられるほどだった。


「……明日、天気よければいいな。」


願いは小さい方が叶いやすい。


まずはそこから。十年に一度の奇跡は、その次でいい。


こうして、俺とリリィの二度目の「また明日」が終わった。


 ──そして三度目の明日、日傘は風に乗って、空を泳ぐことになる。


その話は、次にしよう。



初投稿です。


焦らず続けますので、気が向いた時にふらっと覗いてください。

もし続きが少しでも気になったら【ブックマーク】&【★評価】

で応援いただけると、作者が転ばずに済みます。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ