第七話 いざ、深層へ
LOG-IN.....................OK
観測者ユニット:NoRUN 起動
接続リンク:SoL/A.I.L.A/MIUZE
戦術視野:3ライン/360°展開
音響データ:並列処理中
─── STRAY-LINE:ログイン完了 ───
接続エリア:未踏ダンジョン D-9013c
警告:構造未定義/マップ取得不能
外部観測:オンライン
――観測、開始
パタパタと音をたてて表示されては消えていくログインログを、ぼんやりと見つめる。
画面には、接続を完了してダンジョンの入口に立つ3人の姿があった。一人ログインが遅れたMIUZEこと紬も、接続が安定して配信の準備をしている音がする。
昨日ドヤドヤと業者が来て、紬が配信室として使っていた自室に機材が運び込まれていたから、あっちへこっちへ、配信のしやすい配置にしているのかもしれない。
だがゲームの中は、やはりどうにも空気が良くない。
一応、訓練場ではなんとかチーム戦の基本連携は学べた、はずだ。
誰も脱落しなかったし、ソルの回復魔術の回数も少なかった。それに、訓練場で出てくるモンスターは運営が用意しているBOTだ。
訓練場でいい成績が出ても「大丈夫」と言えるのは〝以前の〟【STRAY-LINE】だけ。
今の【STRAY-LINE】は、訓練場でいい成績が出せたからと言って安心出来る程、生易しい世界ではない。
……こんな空気で大丈夫か? マジで。
「……配信開始してもいいか?」
『うん、大丈夫! ちゃんと出来る!』
『平気よ。お……《観測者》のことは知らないフリすればいいのよね』
『そうそう。俺等は俺等だけで冒険してるフリ。なんかあったら、通話ツールの方使って』
『わかった。ソルさん、アイラさん、よろしく』
『うん、よろしくねっ』
危ない危ない、いま紬のヤツ「お兄ちゃん」って言いかけなかったか?
陽の前でだけならいいが、アイラの前で関係を匂わすのだけは勘弁してくれ。それを言ったら俺も、陽をソルとして、紬をミウゼとして見ないといけないんだけど。
両頬をパンと叩いて、頭の中を切り替える。
陽はソルで、紬はミウゼ。
ゲームの中の存在と、リアルの存在と。
決して混同してはいけないってのは、俺だってわかってるんだ。
でも今この場に居るのは俺の親友2人と妹で……それを完全に頭の中から消し去るのは無理っぽいのも自覚してる。
だから、頼むから……
「頼むから、攻略に集中してくれよ。文句や愚痴なら、後で全部俺が聞くから」
『観測者さん……』
『……べ、別に! そゆのないから! は、初ダンジョンだから緊張してるだけだし!』
『大丈夫大丈夫。二人が怪我しても俺がすぐに治すって』
『ソルくんの大丈夫は信用出来ないんだけど!』
『あ、それちょっとわかるかも~』
なにそれヒデェ! なんてソルはしょぼくれているが、少しふわっとした空気に安堵する。
ミウゼが本当に緊張していたかどうかは、正直俺にはわからない。格ゲーの世界大会でも緊張しなかった豪胆な妹だ。VRダンジョン程度では緊張なんか、しないだろう。
これが【STRAY-LINE】じゃなかったら……もっと気楽な場所だったら、そう言えたのかもしれないな。
俺は、数回深呼吸をしてから3人に聞こえるようにカウントダウンを始めた。
これは配信のカウントダウンで、同じタイミングでミウゼも配信を開始することになっている。
ミウゼの手が、何かのスイッチを入れようとしているかのように動く。俺も、配信開始準備画面のカウントダウンを、淡々と読み上げた。
「3、2、1……スタート」
『はーいリスナー! アイラだよ! 今日は新メンバーを加えて3人でダンジョン攻略していくよ!』
『いぇーい。新メンバーのミウゼちゃんでーす』
『どーもー』
配信開始画面に切り替わってから、ゲームの中の3人は数秒だけ追加で待ってから会話を始める。
元々の配信スケジュールはSNSで告知してあるはずだが、昨日の今日での配信に、集まりだした視聴者は驚いているようだった。
しかも今、画面の真ん中には金髪ショートカットの美少女エルフが立っているのだ。チャットは一気に盛り上がる。
中でも一番多いのは、ソルに対する罵詈雑言だ。でもそれが、決して本気の言葉じゃないっていうのは、俺たちもわかってる。
ソルへのこの手厳しい言葉は、美少女2人と男1人というパーティ構成からくる嫉妬、ってやつだ。
しかし、
『昨日の今日で新メンバー? コネか?』
『もしかして観測者IN?』
『マジで観測者居たんだ。萎えるわ』
『今日は誰が死ぬかな~』
なんて、予想通りの言葉が並ぶ。
大体はミウゼ=《観測者》なのではないかという邪推だ。俺も、視聴者だったならそう思っていたかもしれない。
このタイミングで、2人だけでもダンジョンの深層に入ることのできるこの実力者パーティに入るヤツなんて、限られてる、だろうし。
でもここで否定させるのも逆に憶測を呼びそうだし、どうするか。
チャット欄を睨みながら思考を巡らせる。
『あれ? MIUZEってどっかで聞いたことあるような?』
『MIUZEってあの格ゲーの?』
そこに、不意に福音のようなチャットが投げ銭と共に表示された。それを呼び水に、一気に空気が変わる。
MIUZE。そうだ、ミウゼのIDは格ゲーの時と全く一緒だし、VRではないもののあいつだって配信者。こんなコアな配信を見ている人間のうちの1人くらい、格ゲーの配信を見ていてもおかしくはない。
そんなチャット欄に気付いたのか、ミウゼは軽くニヤリと笑う。
『もうバレちゃったの? 早すぎなんだけど』
『マジみうみう!?』
『嘘だろMIUZEかよ!! まさかのストラ*1参戦!!』
『みうみうやっぱカウンター戦法??』
『当たり前でしょ。カウンター超必があたしのやり方だもん』
『やっぱ有名だなーミウゼちゃん』
『しかもジョブも格闘家なんだよ~。戦闘が楽しみなのって、アイラ初めてかも!』
『え、待ってこのPTやばすぎでしょ……』
『SoL、A.I.L.A、MIUZEって……やべぇ。神パ誕生の瞬間じゃん』
『ソル爆発しろ』
『絶対今日のアーカイブ回すわ』
ミウゼが肯定すると、一気にチャットが盛り上がった。
バババッと流れていくチャットの中には当然投げ銭もあって、一気に画面がカラフルになる。
《観測者》についても上手いこと流れてくれたみたいで、俺もホッとした。最初は渋ったものの、元々知名度のあるメンバーを入れるのは、間違っていない選択だったようだ。
安堵しつつさっきのミウゼを看破した投げ銭のログを見てみると、そこに表示されていたIDに笑ってしまう。
篠さんだ。
あの猫のスタンプに「OK」という文字。それは、彼がこっそりとバックアップしてくれるという意味でもあったのか。
驚いたが、あのたった一言で流れが変わったのは真実だ。ありがたく、この流れを利用させてもらおう。
俺はその画面から視線を引き剥がすと、ダンジョンに入った段階で走らせておいた《観測者》ユニットを確認する。
現在登録されているほんの数人の《観測者》たちの肝とも言える《観測者》ユニット――通称ノルンシステムは、ダンジョン攻略には必須のシステムだ。
俺たち《観測者》たち共通の隠しIDであるNoRUNの名前を戴くこのシステムは、ダンジョンを走って即座にマップを可視化する。
篠さんが【STRAY-LINE】のGMとしての経験と知識、そして会長の孫という地位を利用して組み上げたこのシステムの構築には、俺も協力をした。
協力と言っても、俺がここに関われたのは、ただ単に俺が【STRAY-LINE】の生存者だったからだ。
「そろそろ進むぞ。マップは送ったから確認しろ」
『よし、じゃあ進もっかっ』
『了解』
『りょーかいっ』
ノルンシステムを作るに当たって必要だったのは、新しい【STRAY-LINE】がどういう風に変化してしまったのか。その証拠である残滓、だ。
バグの欠片なのか、それとも新たに構築し直された部分の欠片なのか。そんなのは俺にはわからない。
けれど俺のデータの中には、俺を踏み潰していったモンスターの欠片が。
篠さんのデータの中には、彼の腕を奪った攻撃の残滓がこびりついていた。
VRの世界の中で死んでしまった連中からは採取出来ない、生きたサンプル。
俺が生き残ってしまったことが、現在の【STRAY-LINE】の攻略に役立つだなんて。
皮肉だが、生き残ったことに意味があったのかと、俺はあの時ひどく複雑な気持ちになったものだった。
「今回のダンジョンは、今まで入った中で一番深い。ソルを真ん中にして、前に感知値の高いミウゼ、一番うしろにアイラが並べ」
『先はあたしが行く。感知ステ、あたしが一番高いから』
『お願いねっ』
『進む前に防御魔術かけっから少し待って』
でも、少しでも──ほんの少しでも、俺が生きていることには、今だって、意味がある。
そう、思いたい。
実際には何も出来なくても、俺の足が動かなくなったことが誰かの人生の一歩になるのなら、と、思う。
──羨ましいだなんて、そんなことは、冗談でも考えちゃいけないんだ。
俺は無言でマウスから手を離すと、動かない足を思い切り拳で殴った。
痛いのは、殴った拳だけだった。
*1 〝ストラ〟は、【STRAY-LINE】の略称として一般的になっている名称です。SNSでのハッシュタグなんかに積極的に使用されており、配信宣伝には必ず「#ストラ配信」がつけられたりもします。たまに「ストレラ」と言う人も居ます。