第六話 和解? 動乱?
久々に一人でログインをしてみると、なんだか訓練場が広く感じた。
俺は昔のアバターを消してしまったのでただ眺めているだけだが、実際ここに立つとやっぱり思っていた以上に広いと改めて思い知らされる。
昔は、前の仲間たちと一緒にここで訓練をしたものだったなぁ、なんて思う。
だが物思いに耽っている場合じゃあない。俺は《観測者》に配布されている特別コードを入力して、訓練場のデータをいじる。
入室許可..........SoL/A.I.L.A/MIUZE
パタパタとメンバーのIDを入力し、それ以外の入室を弾く。
紬のID【MIUZE】は、彼女が格闘ゲームをやる時のハンドルネームでありIDだ。あまり紬っぽい名前ではないが、何故か気に入っているらしく、どんなゲームをする時にも必ず使っている。
きっと、【STRAY-LINE】に入るとしても、同じ名前を使ってくる事だろう。
アイラは……アイラは、来るだろうか。
一応訓練場を開いた事は、パーティ通知を送っているのでアイラだって気付くはず。
それで来なければチャットで紬の事を言えばいいか。俺はそう切り替えて、誰も居ない訓練場のフィールドを眺めた。
それから少しして、最初にログイン通知が入ったのは、意外にもアイラだった。
訓練場を開いてからまだ10分。急いでログインしてきたのだろうというのがわかる速度に、車椅子に仰け反らせていた身体をきちんと伸ばしてしまう。
『……《観測者》さん、居る?』
「居るよ。最初に来るとは思ってなかったけど、来てくれて嬉しい」
『うぅん。私も、《観測者》さんとはお話したかったから』
フィールド上に現れたアイラが、ほんのわずかのラグの後に〝本当にそこに存在している〟かのように動く。
俺は、彼女が次に言うだろう言葉を「待って」と制した。
今回の炎上でわかった事がある。それは、謝られ続けるのもしんどい、って事だ。
文字でもめちゃくちゃ謝られたのに、これ以上──しかも声に出して謝られるのは、流石にしんどい。
それは流石に、本人には言わないけども。
「もういいよ、アイラ。昨日はみんな疲れてたし、誰にでもうっかりはある」
『そ、それはそうかもだけど……』
「信頼してくれて嬉しいよ。俺もやる気が出るし、安心する」
『……うん』
今目の前に居る彼女は、VR世界でのアバターだ。
ここはまだ訓練場。涙を流すはずもないし、そんなエフェクトは配信画面を操作しない限りは表示もされないはず。
けれど、涙を拭ったのがわかる動作をして、アイラは「ありがとう」とにっこり笑った。
その笑顔に、ホッとすると同時に、彼女にちょっとばかり残酷な事をしているのかもしれないと、そう思い始めた。
アイラはもしかしたら……自意識過剰かもしれないが、俺に告白をしたかったのかもしれない。
少なくとも、あの切り抜きで見た昨日のアイラの姿は、恋を指摘された女性そのものだった。
恋愛感情かどうかは分からないが、彼女が俺に何らかの「友情以上」のものを向けている可能性は、否定できない。
だがそういう感情は、【STRAY-LINE】攻略には邪魔でしかない。
少なくとも、そう思っていないと、俺は続けられそうにないんだ。
『ふふ、あのね。私ずっと思ってる事があって』
「ん? なんだ?」
ピコン、と、SoLのログイン通知が表示される。
『《観測者》さんって、クドウさんみたいだなぁって。知ってる? 昔【STRAY-LINE】やってた、配信者さん』
『うぇっ』
「……あぁ、知ってるよ。引退したヤツだろ」
『あ、ソルくんおはよう! 昨日はほんとにごめんなさい!』
『あー、うん。いや、大丈夫だってマジ気にすんなっ。これから見返してこうぜっ』
よりによって、こんなタイミングでログインしてくるとは。
ソルは……陽は、当然ながら俺が「クドウ」なのを知っている。だけじゃなく、俺がアイラだけじゃなく紬にだって、「クドウ」だった事を知らせてないのも知ってるんだ。
言ってない理由は特にない。アイラには関係ないと思ってたし、俺の足が動かなくなったとき、紬はまだ中学生だったから言う気もなかった。
今のアイラよりも登録者数が居たとは言え、ゲームはゲーム。
紬は、今や4枚ある俺のゲーム用モニターを訝しんではいたけれども、配信をしていたとまでは思ってないだろう。
『私、クドウさんの配信好きだったんだぁ。なんか落ち着いてて、指示が的確で』
『俺も好きだった。なんか、キビキビしてたよなぁ』
「……おい。もうすぐミウゼ来るぞ」
『みうぜ?』
「新しい、3人目のメンバーだ。臨時だけどな」
『え!? 凄い、もう見つけたの!? ていうか、みうぜさんてアレじゃない!? 格ゲーマーの!』
陽までクドウトークにノリ始めたところで、俺は待ったをかけた。
こんな会話を紬に聞かせるのはヒヤヒヤだったし、クドウの存在はもう【STRAY-LINE】には関係のないものだ。
それに、紬は結構マジで今回のアイラに対しては怒っていたりもしたんだ。あいつは結構ブラコンだから仕方がないとは思うけど、ここはビシッと迎えて年上の威厳を見せて欲しい。
アイラがしっかり受け止めてやれば、紬だってきっとすぐに打ち解けてくれる……はずだ。
伊達にあの厳しい格闘ゲーム界隈で生き残っている存在じゃない。
「来たぞ」
わぁわぁと騒いでいるアイラを見守っている間に、画面に紬のログイン通知が表示される。
ピコン、と小さく通知が鳴って、フィールドに新しいアバターが現れる。
その瞬間、空気が少しだけ変わったように見えた。
「ミウゼ」の姿が、現実から切り離されて、ここに〝来た〟のだ。
途端にアイラが大人しくなって緊張したように手を胸に当て、ソルはミウゼを正面から見る。
ログイン通知がフレンド登録と同時に送られてきたのには、笑ってしまった。《観測者》はフレンドできねぇって、そういえば言ってなかったな。
紬はゲームの腕に関しては文字通りのプロ級だが、【STRAY-LINE】は初心者だ。ここでしっかり、訓練してやらないといけない。
『はじめまして、MIUZEです』
『は、はじめまして、アイラです! 一応リーダーやらせてもらってますっ!』
『ソルでーす』
『はぁ……』
……おや?
画面に表示されたアバターは、普段の紬とそう変わらないような、耳長族の格闘家の女の子だ。若々しい金色のショートカットと、恐らく装備は篠さんが紬に提供したものだろう。
キャラクターレベルというものが存在しない【STRAY-LINE】では、ダンジョン産のものがありつつも少しも耐久値が減っていない装備は、どこかアンバランスに見える。
それにしても、なんだ、紬のこの態度は。
額に思わずブワッと汗が浮かぶ。
もしかしてこれは……アイラに対してまだ怒っているとかか?
陽と紬は、アレで案外仲が良い。
今や引き籠もりの俺を二人して外に連れ出したりもするし……ゲーム外でも一緒に出かけたことがあるし、なにより、俺が現実で潰れそうになった時も、真っ先に支えてくれた二人だった。
だから、コミュ力にはなんの問題もないと、俺はそう、思ってたんだが──
『まさかアイラさんがリーダーだったなんて……』
『……へ?』
『アイラさん……あのさ、リーダーなんでしょ? なんで、あんな炎上起こすようなこと言ったの?』
やっちまった。
わざとらしく肩を竦めての明らかに挑発的なその言葉には、多分陽も顔中から汗を吹き出したと思う。
俺は、ゴトンと音を立てて、額からデスクに突っ伏した。
作者は前線系女子フェチです。前線女子大好きです。力こそパワー女子を下さい。
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