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第四話 炎上

「お兄ちゃん!起きて!ニュース、大変なことになってるよ!」

「んぁ?」


 たっぷり頭を使った配信の後、眠りに落ちた俺を叩き起こしたのは、妹の容赦ない叫びだった。

 昨日寝落ち直前までマッサージをしてくれていた当人とは思えないその形相に、俺は目をシパシパとさせながら起き上がる。

 枕元の携帯を見れば、時間は朝の7時半。紬自身もまだ起き抜けなのか、いつも丁寧に括られている髪は背中に垂らしたままだ。


「なに……どしたん」

「どしたん、じゃないよ! これ!」


 これ見て! と目の前に差し出されたのは、紬のスマホだ。表示されているのは、どこかのニュースサイトらしく、思わずあくびがひとつ漏れた。

 女子高生らしからぬゴツいスマホケースは、寝起きに持つとちょっと重い。

 が、表示されていたニュースをなんとなしに読んだ俺は、思わずボトリと携帯を取り落としていた。ゴンッ、と重い素材のスマホケースが膝に当たって、動かない足が鈍く痛い。

 携帯をもう一度手にしてから紬を見れば、紬はため息を吐いてから俺の個人用のノートパソコンのスリープを解除する。

 途端、ピコンピコンと通知音を鳴らすのは、ゲーム用の通話ツールだろう。日常用の通話ツールとは違う、ベルのような通知音に俺もため息を吐く。

 その音に嫌なものを感じながら、紬に手伝ってもらって車椅子に乗ってデスク前に座る。と、通話ツールのチャット画面に忙しなく表示されているのは、予想通りアイラからの連絡だった。


『ごめん! ほんとごめん!!』

『疲れててぼけっとしてて、何も考えずにいっちゃった!』

『ほんっとごめんなさい! アスリードさんにも私が謝るから!!』

「はぁ~~~~~~っ……」


 俺がもう寝ていると察したのか、通話を諦めたのだろうアイラからのチャットがひっきりなしに流れ込んでくる。

 ニュースサイトに表示されていた本日のトップニュース。それはまさに、チャットを送りつけ続けていたアイラのスキャンダルとも言えるものだった。


「【暴露】VTuberアイラ「観測者さんって、すごく信頼してる」→観測者実在説ついに現実に?界隈ざわつく……ねぇ。やってくれたねぇアイラちゃん」

「うぇ、まとめ記事も出来てるじゃねぇか。早すぎだろ」

「SNSのハッシュタグも祭りになってるよ。ソルとは遊び、だって。ウケる」


 SNS……と言われて、家族や陽との緊急連絡用にとっておいたアカウントを嫌々開く。

 と、すぐに目に入ってきたトレンドは、アイラと《観測者》で埋め尽くされていた。

 アイラやソルの名前の他には、

 

 #観測者って誰

 #裏方と熱愛かよ

 #観測者は都市伝説

 #都市伝説は現実だった

 #Projectラケシス

 #もうスパチャしません

 

 だとかいう、もう勝手にしろよ、と言いたくなるようなハッシュタグばかりだ。投げ銭しない宣言なんか、わざわざハッシュタグを使わなくてもいいじゃないか。

 さらには目を引く『#ソルとは遊び』というタグ……どうやらこのタグが、一番燃料になっているらしい。

 まぁ、仲良いしな、この2人。都市伝説と思われていた裏方なんて、視聴者にとっては邪魔でしかないんだろう。

 

 しかしその中に「#クドウ」という名前があったのを見て、ズンと背中に誰かの視線が何百本も突き刺さってくるような、そんな錯覚がした。

 SNSだのなんだので少し遠かったものが、突然近づいてきて背後に回られたような感覚に、吐き気がする。

 そうだよな。そりゃそうだよ。

 都市伝説と言われていた《観測者》が実在するのなら、引退したはずの唯一の生存者がそこに絡んでいると考えるのは普通のことだろう。

 

 だからってこんな所で、昔のハンドルネームなんか見たくなかった。

 たった三文字のカタカナ。それも、俺の本名から抜き取っただけの名前でも、見るだけで心臓が跳ねて喉に何かが突っ掛かったような気持ちになる。

 ──まだ、忘れてないんだな、みんな。

 死の瞬間すら記録された──エンタメとして。


 思わずSNSを閉じようとした俺は、しかしタイムラインに上がってきたアイラの動画の切り抜きに手を止めた。

 ポストを回してきたのは、陽だ。あいつも、どうやら今の騒動に気付いたらしい。

 紬も、それに気付いて俺の携帯から陽への通話を繋げる。


『もぉさ~、二人になっちゃった時には、もうだめかも~! 二人じゃ無理かも~! って思ってたんだよね』

 そうだよな。わかるよ。

 だから俺も陽も、三人目のメンバーについて、今日という休日を使って相談をしようと思ってたんだ。

 チャット欄も肯定的なメッセージが続き、アイラもにこにこと笑顔を見せている。

 

『でもさぁ、戦ってるのは二人でも、後ろでみてくれてる人が居るって思うと頑張れちゃうんだよね~』

 そうそう。そうやって視聴者を持ち上げてくれ。

 投げ銭なんかなくても、視聴者の存在は本当にデカいもの。

 それに、緋野アイラが人気になったのは、視聴者に寄り添う配信だったからだ。ASMRなんかは今でも視聴回数が多いし……

 

『それに、観測者さんの指示、ほんと的確で頼りになるんだ~……ほんと、助けてもらってる』

 ……は? って声が出た。

 紬も「は?」って言った。

 なるほど、炎上はここからか……と、客観視することでしか、声をおさえられない。

 

『んぁ? ……あ、ごめん! 観測者さんってほら、君たちの事! リスナーの事だから! 変な意味じゃなくて!』

 今更我に返ったようだけど、もう遅いだろう。流石に。

 こうやって切り抜かれてるって事は、このアイラの焦った顔も笑いの種にされているはずだ。

 チャット欄は一瞬沈黙してから一気に流れ始め、アイラの視線も必死にチャットを追っている。

 

『いやいや~もうなんていうか? こう、なんていうか、全部見透かされてる感じっていうか……みんな凄いよねぇ!』

 必死に誤魔化しているが、チャット履歴はすごいスピードで滑っている。目で追うのは、もうやめた。

 いやもうほんと、勘弁してくれ。

 墓穴を掘らないでくれ。頼むから。

 

『……うん、だからさ、ほら~……めっちゃ頼りになるし、なくてはならないっていうか……』

 その言葉の続きを、画面の外で俺は固く目を閉じて待つ。

 表示されている配信時間は、夜というよりも朝方という方が近い。その頃には陽も眠っていただろうし、アイラの頭もぼんやりしていた頃なんじゃないだろうか。

 だからって……頼むよアイラ……

 

『えっ……あれ……? あれ? ち、違くて!その、信頼って意味で……!』

 再びアイラが我に返った瞬間に、落ち着き始めていたチャット欄が、再び爆発する。ノートパソコンのファンが唸って音をたてたレベルの、チャットの濁流。

 スタンプ、罵倒、疑問、嫉妬、何故か投げられる高額の投げ銭。

 俺は、それ以上見ていられなくて切り抜き動画を閉じた。


「は~~~~~~~~~~~~~~……」

「なに言ってんのよ、この女」


 ちょっと悪意を持って編集されているんじゃないか、と思ってしまうような切り抜き動画を見て、頭を抱える。

 《観測者》なんて単語を口にした時点で、「リスナーのことです」は通用しない。

 まして、メンバーが二人になった直後で、これから三人目を探そうって時に。

 墓穴ってレベルじゃねぇよ。

 ようやく繋がった携帯通話の向こうでは、陽も深い溜め息を吐いている。もう何かを言う事も出来ないようだ。

 今また、ノートパソコンのアプリの方に、アイラからの謝罪が新着で表示された。しかしこの状況で、アイラにどういう返信をするべきなのか──その考えすら思いつかない。

 

 幸いな事に、今日は休みだ。

 元々、二人配信になってしまったアイラとソルの調子を確認するために、配信翌日は休みにしようという話にはなっていた。

 けど、なんか、全然うれしくない休日になってしまった。

 アイラは謝罪だか言い訳だかの配信をするだろうし、もしこの炎上が広がればスポンサー側からも何か発表があるかもしれない。

 そして、〝あの人〟にも迷惑をかけてしまうかも。


 《観測者》について。


 無言で下腹をおさえると、紬が気付いて背中を撫でてくれた。「大丈夫」という妹の声がこんなに頼もしく感じるなんて、初めてだ。

 俺はもう、表舞台に立つ気なんかはない。その度胸だってないんだ。

 でも、それでも、仲間たちの命を奪った【STRAY-LINE】に一矢報いてやりたい。そんなチグハグな気持ちを抱えたまま燻っていた俺に、陽と〝あの人〟が相談して用意してくれた《観測者》の席、なのに。

 

 そもそも《観測者》は、炎上内容に書かれている通り「都市伝説」とされているポジションだ。

 だって、【STRAY-LINE】の配信において、そのポジションは視聴者自身である、はずだった。

 実際、地震が起こる前の【STRAY-LINE】ではそういうもので、それで十分な世界だったんだ。

 けれど今は、視聴者視点だけでは全く足りないのが現状。

 だからこそ《観測者》というポジションが求められるようになったけれど、実際に稼働しているのは俺を含めて数人もいないだろう。少なくとも、俺を勧誘した陽はそう言っていた。

 だからこそ、都市伝説のままで良かったんだ。──視聴者こそが配信者を支える世界の方が、ずっと健全だった

 実在なんかしない。

 そんな存在のまま、舞台裏に隠れていたかった、のに。

 

 例え《観測者》が居たとしても、結局視聴者たちの閲覧や投げ銭が配信者たちを生かしているのは間違いがないんだ。

 でも、それじゃ命は守れない。

 だから〝(クドウ)〟がその席に座るしかないって、そう、思って。

 ……思ってたんだけど、なぁ……

 

 そこもまた、追われてしまうのだろうか。

 というか、俺はアイラにどう返信をすべきなんだろうか。

 陽と話す紬の声が、かすかに震えている。それでも俺には、二人が何を話しているのかも、もう聞き取れなかった。

※紬の携帯カバーはなんか、たまにあるチタンとかのゴツゴツのものをイメージしています。本体より重い。

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