第十話 英雄降臨
LOG-IN.....................OK
特殊認証:旧プレイヤーコード確認
特別認証:旧プレイヤーコードに新コードに移行
《戦術視野:フルリンクモード展開》
《聴覚連結:全チャンネル接続》
《外部監視デバイス:リンク完了》
《全プレイヤー情報:即時同期完了》
─── STRAY-LINE:TACTICAL OBSERVER - KUDOU ───
《エリア表示:不明/未認証領域》
《マップ構築開始》
《敵勢力強度:特級相当》
《全パーティへの命令権限:移行完了》
強い閃光の後に戻ってきた画面の中の様子に、恐らく見ていた何万人もの視聴者の度肝を抜き、意表を突き、そして涙腺を決壊させた事だろう。
篠悠一朗は、提出されたアーカイブを見ながら何度目かの溜め息を吐く。
涙腺を壊されたのは、何も一般の視聴者たちだけではない。篠本人もまた、声にならない呻きと共にツンとくる鼻の痛みに悩まされた一人だ。
──録画画面からでもなお視界を焼く光は、まさに救いの光だった。
姿を消しながら執拗に攻撃を繰り出してくるモンスターに苦戦しながらも仲間を守る格闘家の少女の身体はもうボロボロで、自動回復スキルを駆使しながらも時折「お兄ちゃん」と、助けを求めていた。
地に伏した血塗れの男治療師をかばいながら必死に圧迫止血をしている女剣士の腕は、おかしな方向を向いて紫色になっている。それだけで彼女の負傷もまた酷いものだというのがわかるのに、それでも彼女は必死に仲間の命を繋ぎ止めようとしていた。
二人の声の、悲痛さったらない。
チャットが凄まじい勢いで流れ、投げ銭と共に励ましの声や「逃げろ」という叫びが共有される。
最早「今日は誰が死ぬのか」なんていう茶化すような声は、なかった。
どんなに性格が悪くても、アンチだったとしても、目の前で人が死にゆく様を見て笑う者はそう多くはないのだ。
だがもう、男治療師はもうダメなんじゃないか……と、誰もが思っただろう。腹部に開いた大きな穴と、そこから吹き出す血。口や鼻からも血を流している彼の意識は、完全に喪失されている。
ポーションや、彼らの虎の子であるHPとMPを一瞬で全快まで持っていくエリクシルというアイテムをもってしても、彼の傷は少しも塞がろうとしなかった。
配信を見ていた篠の周囲も、慌ただしく動き始める。
運営側の人間にだって、今更どうすることも出来ないのはわかっていただろう。それでも、死を目前にしている配信者を見て動かないでいられる者は居ないのだ。
その光景を見ていた何万人もの視聴者は、誰もが『全滅』という言葉を思い浮かべたことだろう。
今の段階で、【STRAY-LINE】の最も下層に到達していた実力者パーティ。そのメンバーの死がこんなにもあっけなく、こんなにも突然だなんて。
そんなこと、誰も思っていなかったに違いない。
思いたくなかったに、違いない。
誰もが目を閉じた。
──見たくない。そう思ったはずだ。
女格闘家が巨大なモンスターの拳をモロに受けて、カウンターも撃てずに壁に叩きつけられる。吐血して倒れた彼女は、唯一動けそうな女剣士に向けて何かを言っていた。
ザリザリとした音声に、乱れる画面。その中でも彼女の口の動きで短い言葉だとわかる。
きっと「逃げろ」と言ったのだろう。
でも女剣士は、それを拒絶した。泣いていた。本来ならばVRの世界にはないはずの血液と、涙。そのどちらもがハッキリと、画面の中では現実の事のように流れていた。
アァ死ぬ、死んでしまう。
そう思って、思わず画面を消そうとした人間はどれだけ居ただろうか。
驚く程動いていたチャット欄は、その瞬間にふっと緩やかになり、叫びもまた減った。
残されたのは溜め息のような短い文字数のチャットだけ。それから数十秒の間は、投げ銭もチャットも、一切が消えていた。
だが、録画されていたその映像の続きは、決して彼女たちの〝全滅〟を記録したものではなかった。
突如輝いた画面。
照らされたダンジョン内。
視界を焼かれたのは視聴者たちだけでなくモンスターや格闘家たちも同じだったようで、全員が咄嗟に画面から目を背けた。
──その、瞬間だ。
篠は、その輝きをもう何度も何度も、繰り返し見返していた。マウスのスクロールを動かし、何度もその瞬間をスロー再生しては、戻す。
ガァンッ、という大きな音は、輝きと共に放たれた。
まだ完全に光の治まっていないダンジョンの中で、唯一動いた新たな人間の影。
影が動くのと同じタイミングで、女格闘家を攻撃しようとしていたモンスターの顔面に穴が空く。
ダンジョン内を反響して回り、次々と放たれる大きな音が轟くたびにモンスターの絶叫が響き、血飛沫が上がる。
それは、今の【STRAY-LINE】では使われなくなった〝銃〟の音だった。
後方支援キャラが持てる武器の中では最も火力の高いアイテムだが、〝ゲーム〟ではなくなった【STRAY-LINE】の中では現代日本人には扱う事が難しくって自然と使われなくなった、ソレ。
そんな銃口が光り火を噴くたびに、モンスターの頭部に穴が開き、血飛沫と脳漿が撒き散らされる。
まるでボードゲームのように、戦況が一気に引っくり返った。
銃を持っていたのは、男治療師と同じくらいの年齢に見える青年、だった。
着ているのは、今の【STRAY-LINE】では超レアものになっている治療師用の白いローブに、魔力をブーストするアンクルとブーツ。
旧【STRAY-LINE】をプレイしていた見る人が見れば、ただ者ではないとすぐにわかる超超超レアもの装備だった。
そして彼が持っているのは、これもレアものの魔導銃だ。魔力を弾丸に込めて撃ち出す、あの大地震が起きた時点で実装されていたものの中で一番連射性と攻撃力の高かった、ダンジョン産の銃。
そんなレア装備をしているプレイヤーを、配信者を知っているのは、そこそこに旧【STRAY-LINE】を好きだった者だろう。いつか自分も入手してみせると、攻略情報を見ていたような者。
それか──彼の配信を熱心に見ていた、そのファンだ。
『クドウ!!!!!!!!!!!』
『クドウだ!!!!!』
アーカイブだというのに、物凄い速度で流れていくチャットに、改めて驚いてしまう。
そう、クドウ──個人勢だというのに登録者数300万人を越えていたモンスター級のゲーム配信者で……旧【STRAY-LINE】で仲間を失ってから、その存在が確認されなかった男。
その男が、仄かに輝きで身を包みながら、そこに立っていた。
突如出現した彼の姿は、この日の配信から2日経過した今なおネットニュースを騒がせている。
まさか本当にクドウが彼らに関わっていたのか、とか、《観測者》はクドウだったんだ、とか。
何より、現在の【STRAY-LINE】の実力者が倒せなかったモンスターを、治療師のクドウが一人で倒してしまったという偉業に、ネットは踊った。
結局クドウはこの後仲間たちに治癒魔術をかけると、動けるようになったアイラと協力してその場を撤退し、戦闘は終わった。
漫画みたいに、クドウが無双してモンスターを全て倒したわけでは、決してない。
けれど、ポーションも効かなかったソルを一瞬で治癒した事や、ミウゼが倒せなかったモンスターを一人で撃退した事は、決して「普通の事」ではなかった。
それを言うならあの状況自体が「普通」ではなかったのだけれど。
篠は、もう何回目になるか分からない視聴を終えて動画を止めながら、そっと動かない右腕を撫でる。
あのクドウ降臨が本当に「有り得ない」とわかっているのは、きっとソルとミウゼと篠だけだろう。
アイラも、視聴者も、ただ《観測者》であったクドウが戻ってきたと思っただけなのだ。実際、「もっと早く戻ってこい」という声も、少なからずあった。
だから篠は、クドウに相談をして現在のクドウの状況を、公式から発表することにした。
どうせ、あの現象がどういうものだったのかを解析した結果は報告しなければいけないのだ。クドウが今までサボっていたワケではないことを証明するためにも、彼と自分の診断結果を提出するのはやむを得ないこと。
自分の診断結果を出したのは、〝あの日の生還者〟が決して楽に生きていたわけではない事を報告するためで──
もっと言えば、篠が現場復帰するために必要なことでもあった。
篠はあの日以来、GMという役職から外されて広報に回されてしまった。
片腕が動かなくなった以上はプレイすら出来ないので仕方がないことだが、まるで会社ぐるみでクドウと自分を隠蔽しようとしているようで、気に入らない。
そう思っていた篠は何度も会長である祖父に掛け合ったが、結果は変わらなくて。
だが同じ生還者であるクドウが動いていたことが周知されれば、もう一人はどうなんだという話が出るのは当たり前のことで。
結果、祖父は苦虫を噛み潰しながらも篠の復帰を許してくれた。
もしここで許されなかったら他のスポンサー企業に《観測者》システムを持っていってやると言えば、否とは言えなかったようだ。
《観測者》という存在が知られた以上、これで自分も表立って動くことが出来る。
それが、たまらなく嬉しくて。
そうして明らかにされた現実を知った視聴者たちは、何度も何度もアーカイブを見返しながら、あのモンスターたちのことや、地震の事──そして、《観測者》とクドウの事を話し合った。
【STRAY-LINE】の公式フォーラムは連日大賑わい。
その主な議題は《観測者》の負担についてや、あの地震の発生原因や、それによる明らかに強すぎるモンスターの対処法を考える事、だ。
誰もが、あの戦いで絶望しかけた。
誰もが、あの戦いで希望を見た。
だからこそ、【STRAY-LINE】をただの娯楽として見るのではなく、「次があったら自分も協力したい」と、そう思うようになったのだ。
あの戦いのあと、一番変わったことといえばきっと、それだったのだろう。
〝誰かが見ている〟。
〝自分が見守っている〟。
たったそれだけのことが、誰かの命をつなぐ力になることがある。
それを、ただそこに居ただけの誰もが、気付いたのだ。
※銃使用者が減ったのは、【STRAY-LINE】ではアバターはほぼ生身で入るようなものなので、普通の武器よりも使いにくかったのが大きな理由です。同じ理由で弓やクロスボウなんかの使用者も激減しました。




