第五話 泣き虫拳奴セシリアちゃんが身の上話を語ってくれました
「……あ、私、名前はセシリアって言います。生まれはラグージェ村で、もともとは女中奴隷してました……」
そう言って、目の前の美少女──セシリアちゃんがペラペラと身の上話を始めた。
「えっと、俺……そろそろ帰ろうかと……」
そう言う俺の言葉は耳に入っていないのか、どんどんと自分の話を進めるセシリアちゃん。
「でも、ご主人様にはずっと“反抗的な目をしてる”って言われてて……それで、ビアンカ拳闘団に売られちゃったんです」
セシリアちゃんは、少し照れたように笑いながら語る。うう、笑顔がまぶしい……内容は人身売買のダークな話なのに……!
「でも、ビアンカ団長はとってもいい人で! それに、パメラちゃんとかカリナちゃんとか、可愛くて強くて、優しい女の子ばっかり!」
満面の笑顔でそう語る彼女は、まるで天女。
あぁ、心が洗われる。
しかし、だ。
俺は今、明らかに「見ず知らずの美少女奴隷と仲良くなれるイベント」に巻き込まれているわけだが、正直、こういうのは困る。
俺の目標はあくまで「真面目に働いて、地道にお金を貯めて、自由市民になること」だ。
見ず知らずの奴隷と下手に関わって、あとで面倒ごとに巻き込まれるのはゴメンだ。ここは聞き流して、何食わぬ顔で立ち去るべきだろう。
よし。相手がどんなに美少女で、どんなに涙目で、どんなに困った状況にあったとしても、強い心でこの場を去ろう!
そう思った矢先だった。
「でも……私、試合に全然勝てなくて……このままだと、戦う相手がいなくなるって言われて……そしたら……しょ、娼婦奴隷に、されるって……!」
セシリアちゃんの顔がぎゅっと歪む。そしてその瞬間――
「ひぐぅっ……や゛だぁ~~っっ!!」
ダバーッ!
……セシリアちゃんの涙、ダバァァーッ!!
「ちょ、ちょちょちょ、セシリアちゃん!? うわわわ!! だいじょうぶ!?」
「みんなと、はなればなれに、なりたくないよぉ~~っっ!!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、大声で泣くセシリアちゃん。さっきまで楽しそうに話してたかと思ったら、突然の全力号泣。まるでジェットコースターのような感情の浮き沈み。あかん、誰か助けて。
「と、とりあえず、これでも飲んで落ち着こう!? な!? ね!?」
俺は慌てて、さっき飲みかけていたシルバーゴートのミルクティーを差し出した。
「うぅ……ありがとう……ごく……ごく……ん、美味しい……」
あれ、今さらだけど、これって間接キッスじゃね? うわ、やば、意識してしまった。心拍数がぴょこんと跳ね上がる。
しばらくして、ようやく涙を拭いたセシリアちゃんが、俺を見上げて言った。
「本当にありがとうございます。……あの……」
彼女が、俺の目を見て、お礼を言おうとしたので、俺は慌てて名乗る。
「あ、俺の名前はコウタだよ」
「ありがとうございます。コウタさんって優しいんですね」
ふわっと、花が咲くみたいな笑顔。
まぶしかった。いや、まじで。
この笑顔が見れただけで、なんかもう、この後どうにでもなっちゃえって気分になった。