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第四話 空腹の美少女にサンドイッチを差し出したら、すごい秘密を打ち明けられました

 まいった。マジでまいった。

 さっきまで「至高のサンドイッチタイムじゃ〜!」なんて浮かれてた俺がバカみたいだ。なぜなら今、目の前には天使のような美少女がいる。

 しかもだ、彼女は泣いていた。あんなに綺麗な瞳から、涙がぽろぽろこぼれていたのだ。ピンク色の大きな木の下で、春風に髪を揺らしながら、ぽろぽろと。

 ……そんなもん、見とれるに決まってるだろ!


「かわいい……」って、気づいたら俺、口から漏れてた。思ったことがそのまま声になってた。アホか俺は。


 でも仕方ないんだ。だって、彼女は本当に綺麗だったから。

 すると、彼女の大きな瞳が、ふわりと何かに吸い寄せられるみたいに、こっちを向いた。

 ――目が合った。


「うおっ!?」


 反射的に、俺は目を逸らした。しまった。見とれてるとこ、バレた。死にたい。

 すると向こうも、慌てて視線を逸らした。顔を少し赤らめて、膝を抱えて、もぞもぞしてる。

 気まずっ!!!


「ご……ごめんなさい。誰もいないと思って……」


 彼女が、小さな声でつぶやいた。


「い、いや、俺の方こそ、なんかごめん……!」


 なぜか謝り合う2人。冷静に考えて、悪いのはどっちでもない。お互いこの丘を自分以外誰もいない場所だと思って来ただけ。


 このままだと気まずさで心が爆発するので、俺は立ち上がった。


「じゃ、じゃあ俺、これで……」

「わ、私も行きます……っ」


 そして2人同時に立ち上がった、その時――

 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………

 ……ん?

 腹が地鳴りのような音を立てて、沈黙の丘に響き渡った。

 もちろん俺の腹じゃない。だって、俺はさっき甘辛カツサンドを食べてるから鳴るはずがない。じゃあ、これは――

 彼女だ。


「ひゃあああああっっっ!!」


 顔を真っ赤にして、お腹を押さえて座り込む美少女。まるで殴られたみたいにうずくまってる。うん、そんなに恥ずかしがらなくても……って、そりゃ恥ずかしいか。


「ごごごごめんなさいっ……! 朝から、何も食べていなかったから……」


 涙で濡れた顔に、今度は羞恥の赤が浮かぶ。恥ずかしそうに伏し目がちになりながら、俺を見上げるその表情は、なんというか……もう、反則。軽く犯罪を犯しそうになる。

 ……いや、だめだだめだ、落ち着け俺。こんなときこそ冷静に、紳士的に……。


「……あの、よかったら、これ……残り物だけど」


 俺はさっきのサンドイッチの半分を、そっと差し出した。

 彼女はぱちくりとまばたきをして、俺とサンドイッチを交互に見つめたあと――


「えっ……い、いいんですか? ありがとう……ございますっ」


 両手でサンドイッチを大切そうに受け取る彼女。その仕草が、また可愛い。しかし、初対面の怪しい男(俺)から食べ物を受け取って、まったく警戒しないその姿勢。ちょっと心配になるレベルの無防備さだ。

 でも彼女は、そんな俺の心配をよそにぱくっと一口。


「……美味しい」


 そして彼女は、夢中でバクバク食べ始めた。すごい勢いだった。

 そして……


「……ゴホッ!? ゴホゴホッ!」


 案の定、彼女はむせた。


「ちょ、これ飲んで!」


 慌てて、俺はミルクティーを差し出した。彼女はそれを両手で受け取り、ごくごくと喉を鳴らして飲む。


「……ぷはぁ……これも、おいしい……」


 うん。可愛い。とにかく、可愛い。なんだこの子。ビジュアル担当の天使?

 ああ、もうダメだ。可愛すぎて胸が苦しい。


 でも、俺は頭のどこかで冷静に考えていた。


(あんまり深入りしちゃダメだぞ、俺……)


 どんなに可愛くても、相手は見知らぬ奴隷。それも、どこの家に所属しているのかも分からない身元不明の存在だ。もし貴族の所有物だったりしたら……と考えると、ぞっとする。


(……よし、ここは一旦引こう)


 俺は立ち上がり、名残惜しいが、彼女を丘に残して立ち去ろうとした。

 ……その時だった。


「――私、拳奴なんです」


 彼女がぽつりと口にしたその言葉で、俺の足は止まった。


「……え? けんど?」

「拳闘奴隷のことです。私は、拳奴として、この町に来ました」


 拳奴――。

 この世界における、数少ない娯楽のひとつ。それが「拳闘」だ。奴隷たちが闘技場で拳を交える「拳闘」を観戦することが、民衆に人気の娯楽になっている。ルールはシンプル、勝つまで殴る。剣や魔法は禁止、素手のみ。超原始的バトルエンタメ。

 しかも、女子の拳闘は、男子よりも人気がある。らしい。


「毎日、訓練して……痛いのも、怖いのも、慣れたはずなのに……今日は、ちょっとだけ、泣きたくなっちゃって……」


 ぽつぽつと語り始めた彼女の横顔は、さっきの笑顔とはまるで別人だった。

 俺は――立ち上がったまま、帰るタイミングを逸してしまった。


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