第三話 休日ランチを楽しんでいたら、泣いてる美少女に出会いました
この世界で節約生活をしている俺の唯一の贅沢を教えてあげよう。
それは――休日の1人ランチ!
今日は日曜日なので仕事はお休み。つまり、俺のささやかな贅沢を楽しむ日。ワークライフバランスが大事ってことを、異世界でも理解している俺は、朝からウキウキだった。
今日のメニューは、「ビッグボアのカツサンド(甘辛ダレ)」400メソ。脂身がジューシーで、甘辛いタレが染み込んだ分厚い肉がパンの中にドーンと挟まってる、まさにカロリーの塊。見た目もボリューミーで、働く男の胃袋にズドンとくる一品だ。
そして飲み物は、「シルバーゴートのミルクティー」200メソ。ほんのり甘くて香り高く、ほんの少し野生味も感じる銀山羊乳のコクがクセになる。最近お気に入りの組み合わせ。
俺は、サンドイッチの包みと飲み物の入った水筒を持って、誰もいない小高い丘を登る。ここは俺だけの秘密基地。周囲には人の気配はなく、見渡す限りの草原と風に揺れる花々、そして頂上には、どことなく桜に似たピンク色の花が咲き誇る一本の大きな木。
季節は春。風は柔らかく、鼻をくすぐるのは土の匂いと花の香り、そして草を踏みしめる音。ああ、異世界にもちゃんと四季があるんだなあって、ちょっとだけ感動したりする。
俺は木の下に座り、ビッグボアのカツサンドをひとくち頬張った。
んまっ……
サクッとした衣の下から、肉汁がジュワ〜っと広がり、口の中いっぱいにタレの甘辛さが広がっていく。パンはふわふわで、肉の暴力を優しく受け止めてくれる。あまりのうまさに涙が出そうだ。
「くぅ〜〜! これこれ!」
誰に言うでもなく、そんな感想を口に出しつつ、俺は丘のてっぺんにある大きな木を見上げる。
この木、見た目は桜に似てるけど、名前は「ルカ」というらしい。春になると、薄桃色の花がぶわーっと咲いて、そよ風に花びらが舞う様は、まさに癒し。
そんなルカを見ながら、さらにカツサンドをもう一切れ口に放り込む。サクサクじゅわっの波状攻撃に脳が痺れるぅ〜。
「ふぃ〜……最高……」
そよ風に吹かれて、ぽかぽか陽気の中、お腹も満たされてきたら――
自然とまぶたが落ちてくるのは当然の流れだ。
というわけで、俺は木の根元に寝転がって、昼寝タイム突入。これぞ農奴でも味わえる、ちっぽけだけど至高の幸せ。誰にも気兼ねなく、誰にも文句言われず、好きなときに好きな場所で好きなことをする。それが、俺の休日の楽しみ方。
***
「……ん……」
どれくらい寝てたんだろう。
目を覚ましたとき、太陽が少しだけ傾いていた。たぶん、小一時間くらいってとこだろう。まだ午後の早い時間。サンドイッチの残りもあるし、もう一ラウンドいけるな、と思ったそのとき――
「……ひっ……ぐす……っ」
ん? 今、何か聞こえたような……?
「……うぅ……っ……えぐ……」
こ、これは……泣き声?
俺は一気に眠気が吹き飛んだ。
だってこの丘には俺しか来ないはず。寮でも誰にも話してないし。まさか……バレた? 俺の秘密の場所が? いや、それより――
「……女の子の、声……?」
緊張しながら、声のする方――木の反対側へ、そっとのぞき込む。
そして、そこにいたのは――
「……っ!!?」
そこには、地面にちょこんと座り込み、肩を震わせながら泣いている女の子がいた。
めちゃくちゃ美少女だった。
天使か森の妖精かと思った。
ほんとに、マジで。
年の頃は、十四、五歳くらい。サラサラの金髪ショートカットに、透き通った水色の大きな瞳。顔を上げていないのに分かる、整った目鼻立ちと気品。肌は雪のように白くて、でもその頬を、ぽろぽろと透明な涙が伝っている。
でもその子は、声を出すのを必死にこらえようとしていた。ぐっと口元を押さえ、震える体を抱きしめるように膝を抱えてる。だが、抑えきれない声が、押さえた口元からくぐもった声となり漏れ出していた。
……え? 誰この子。なんでここに?
俺は思わず目を見開いた。
だって彼女が着ていたのは、俺と同じ奴隷服だったから。
黄ばんだ麻布を無理やり縫い合わせただけの、見るからに安物の粗末な服。その布切れから覗く手足は、スレンダーで、だけどよく鍛えられているのが分かる。しなやかで、引き締まってて――
って、いやいや、そんなことより!
なんでこんな美少女奴隷が、俺の秘密の場所に、しかも泣いてるの!?
ここまで来るには、それなりに歩かないといけない。山道だってあるし、そもそも奴隷が勝手に外出できる時間なんて限られてるはずだ。まさか、迷子? それとも逃亡中……?
いや、そんなことより!
「ど、どうする俺!? 声かける? でもいきなり男が話しかけたら怖がるかもしれないし……ってか、もうちょっと様子見たほうが……」
俺の脳内会議は、まさに大混乱の渦中にあった。