第一話 気づいたら奴隷になってたけど、今はけっこう楽しく暮らしています
「うーん……やっぱりこのサンドイッチ、最高だなあ……」
そんなことをつぶやきながら、俺は丘の上で昼飯を頬張っていた。
パンの間にはトンカツ――いや、正確には“ビッグボア”っていう、この世界の巨大なイノシシみたいな生き物の肉を揚げたもの。外はカリカリ、中はジューシー。そこに酸味の効いた赤い実のソースがたっぷり。
いまの俺にとってはとんでもないごちそうだ!
「ふー、やっと一週間ぶりの休日だ~……」
この丘の上は“俺だけの特等席”だ。
背丈の低い草が風にゆれて、空は青くてでかい。丘の上に一本だけある木の陰は涼しくて最高。遠くには、街の鐘の音が聞こえてきて、思わず「異世界~!」って叫びたくなるようなファンタジックな風景が広がっている。
あ、言い忘れてたけど――俺、この異世界にやってきて、もうすぐ2年が経ちます。
あの日のことは、今でもよ~く覚えてる。
大学の講義が終わって、帰りにいつものコンビニに寄った。おにぎり2個とペットボトルのお茶を買って、自動ドアを出た――その瞬間!
「――え?」
靴から伝わる地面の感触がアスファルトじゃなかった。
土だった。なんか、生あたたかくて、フカフカしてた。そして鼻を突いたのは、土と、汗と、なんか獣の匂いが混ざった、“生きてる”空気。
見上げると今まで見たことのない背の高い木々。そしてでっかい葉っぱ。そしてでっかい実。
どう見ても、日本じゃなかった。
そして、その木々のまわりには、筋肉ムキムキの作業員っぽい人がいっぱいいて、俺を見てあからさまに驚いた顔をしている。てか、見た目も普通の人間とちょっと違う。耳が長い人とか、ちょっと肌が青い人とかいる。え、コスプレイベント?違うよね?え、え??
そして耳に飛び込んできたのは、「グワシュバラ!」「ドムアカパ!」とかいう意味不明な叫び声。
向こうもびっくりしてるのは伝わってきた。そりゃそうだ。突然、ジャージ姿の大学生が現れたんだから。
……これ、もしかして異世界転移ってやつじゃないか?
気づくまで、実はけっこう時間かかった。
だって普通、異世界に来たらさ、まず最初に美少女が降臨して、「あなたは選ばれし勇者です♡」とか言ってくれるじゃん?
それがないんだよ。女神もいないし、スキルの付与もないし、ステータスも見れない。あと、言葉すら通じない!
異世界転移テンプレ、全無視!!
でもまあ……人間ってのは、案外たくましいもので。
こんな俺でも、なんとかこの世界で生活できるようになれた。
というか、作業員のみんなが、言葉も通じない得体の知れない俺に、とても優しくしてくれたんだ。
「遠い世界から訳も分からず連れてこられた可哀想なヤツ」と思ってくれたらしく、俺に食事と寝床、そして――仕事をくれた。
こうして、俺の異世界スローライフ(筋肉痛・腰痛つき)が始まった。
言葉は、死ぬ気で覚えたよ。最初はジェスチャーで会話してたけど、半年もすればなんとなく分かるようになって、1年経つころには日常会話はほぼオーケー。
英語すらロクに喋れなかった俺が、いまでは異世界語をしゃべってる。人間、やればできる。
そして言葉を理解できるようになったから分かったことがある。
まず、俺が転移してきたここは農場だった。ヤークっていう木の実を育てて収穫する農場。
そして、作業員のみんな――実は、“奴隷”だった。
“農奴”ってやつ。この世界の身分制度でいうと、もちろん最底辺。
俺が毎日一緒に汗を流してたあの優しいおじさんや、面倒見のいいおばちゃんたちも、みんな農奴だった。
そして、俺も、なんか気づかないうちに農奴になってた。
……え? いつの間に?
知らないうちに労働契約書っぽいのにサインしてってこと? いやいやいや、そんな記憶ありませんけど??
……というわけで、気づけば俺は、この世界で一番下の身分になっていたのでした。