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提案するギャル

「ん…、、、っ」


目を開けるとトラバーチン模様の天井が広がっていた。保健室や病院の天井でよく見られるものだ。


「いてててて」


上体を起こそうとすると、身体の節々に痛みが感じられ、思わず声を上げてしまう。


「マジか」


自分の身体を見回せば、右腕にはギプスと包帯が装着されており、右脚も固定はされていないものの、包帯でぐるぐる巻きにされていた。


すると、病室のドアが開く音がした。


「峰…」


「よ、よぉ」


入ってきたのは見舞いの花を抱えた大町杏子だった。


ドサッ。


俺が目覚めたことに驚いたのか、持ってきた花を床に落とし、放心している大町。


「お、大町?」


声をかけると意識を取り戻したのか、ハッとした大町。


「せ、」


「せ?」


すると突然、大町が慌てて病室を飛び出す。


「せ、先生!峰が!501号室の峰が意識を取り戻しましたー!」


「お、おい!恥ずかしいからやめろ!」


どうやら大町は無事だったようだ。あそこで俺が助けに行かなければ、大町が俺みたいになっていたかと思うと、後悔で死にそうになっていただろうな。


「ったく」


一体俺はどのくらいの間意識を失っていたんだろうか。両親にも目が覚めたことを連絡しなくては。


ベッドの横の棚を漁ると、引き出しの中に俺のスマホを見つけた。


「ははっ。これじゃあ連絡できないな」


事故当時、スマホはポケットに入れてあったため、こいつも中々のダメージを受けているようだ。画面はバキバキに割れていて、軽くひしゃげている。予想はしていたが、電源はつくはずもなかった。


そうこうしているうちに、息を切らした大町が医者を連れて病室に戻ってきた。



「うん、パッと診させてもらった感じ、脳には何も異常はなさそうだね。でも詳しい検査をしないことには正確なことは言えないから、後日検査を受けてもらうよ」


軽い検診を終えた医者はそう告げて部屋を後にした。

どうやら右手は骨折、右脚は捻挫。その他の箇所にいくつかの打撲といったところらしい。車がある程度減速してくれたおかげで、この程度で済んだようだ。ちなみに、俺が意識を失っていたのは2日ほどで、思ったよりは長くなかった。


途中、医者が、大町を彼女さんかな?とか聞いてきたが、しっかり否定しておいた。普段ならそんな風に間違われると、大町の方がいち早く反応しそうなのに、今日の彼女はどこか上の空で、下を向いたままだった。


「おい、大町」


声をかけると大町がピクりと反応する。だが、顔は合わせないままだ。


「あのな、俺がこうなったのを気に病んでるなら、その必要はない。俺がしたくてやったことだし、こうして助かって、無事なんだから気にするなよ」


そうは言っても、事が事だけに難しいようで、大町はずっと俯いている。


「まぁ、そういうことだからさ。俺が学校に復帰する頃には、いつもの大町に戻ってくれてると助かる。今日はもう帰っても大丈夫だぞ。この後、俺の親も来るらしいから、一緒にいても気まずいと思うし」


会話できる様子でもなさそうなので、言いたいことだけを告げ、俺は布団を手繰り寄せて身体を横にした。


寝たふりでもしておけば、大町も適当なタイミングで帰るだろう。俺もこの空気感の中でやれることも特にないしな。


少しして、本当に眠気を感じてきたころ、ようやく大町が口を開いた。


「あのさ」


「なんだ?」


横になりながら答える。


「ごめん。そんでもって、ありがとう」


そう言い残して、大町は病室を後にした。



一週間が経過したが、あれ以来、大町は病室には姿を現していない。


だが、病院には来ているようだ。こちらに顔を出さないものの、俺の経過について毎日聞きに来ているらしい。


本人はそれを隠したがっていたようだが、おしゃべりな俺の担当医がペラペラとその事実を話していた。そして、何回もやっぱり彼女さんなの?とか聞いてきた。なんなんだ、あの医者は。


「ったく」


そのおしゃべりな医者によれば、俺はあと1日で退院らしい。検査の結果、やはり脳にダメージはなく、後は身体の方を治すだけみたいだ。学校に通うことはできるが、腕と脚が完治するまでは不自由を迫られるだろう。


新しい携帯がまだ届かないせいで、特にやることもない。寝るか、暇つぶしに病室に設置されているテレビを適当に眺めるくらいである。


俺がテレビの電源をつけ、リモコンを片手にチャンネルを操作していると、病室のドアが開いた。


「大町…」


久々に顔を合わせる大町はどこか緊張している様子だ。


「ひ、久しぶり」


落ち着かないのか、大町は椅子に座った後もオドオドしていて、髪をくるくるいじってみたり、視線を右往左往していた。


「そういえば、俺、明日で退院だってさ」


「へ、へー、そうなんだ」


会話が終わってしまった…。


前までは俺が一方的に喋り倒していたが、以前の大町とは違う今、何を話していいか分からない。


「…」


「…」



静寂が場を包む。


すると、静寂を遮るように大町が言葉を発する。


「あ、あのさ。退院できるとは言っても、怪我が治るまでは何かと不便よね?」


「まぁ、そうだな」


大町の言う通りで、この一週間、何をするにも不自由を強いられた。食事をするにも利き手じゃない左手で箸を使わなければいけないし、トイレをするのにも一苦労だ。睡眠も痛み止めを飲んでも熟睡することはできなかった。


「そ、そっか」


未だ落ち着かないのか、そわそわしている大町。


「な、何よ」


「いや、別に」


そしてまた静寂が訪れる。微妙な空気感が何気に耐え難く、何か紛らわせるものがないか探す。


そういえば母親が見舞いにくれた果物がいくつかあったな。俺は棚に置いてあったバスケットに手を伸ばす。そして一個のリンゴを手に取った。


「これ、食べるか?」


手に取ったリンゴを大町に差し出す。


「うん」


リンゴを受け取った大町はリンゴを食べることなく、またソワソワし始めた。


「リンゴ、食わないの?」


「いや、これどうやって食べるのよ。丸齧りするしかないじゃない」


「丸齧りすればいいだろ」


「はぁ!?信じらんない。そんなんだから彼女の一人も作れないのよ」


「何言ってんだ。俺の誘いを断り続けてるのはお前だろ。別に俺は相手を選ばなきゃ、彼女の一人や二人、余裕で作れる」


「呆れた。いいからナイフよこしなさい。あるわよね?」


俺は渋々、母親が持ってきていた果物ナイフをバスケットの中から取り出した。


ナイフを受け取った大町はスラスラと手際よくリンゴの皮を剥いていく。


「お前、そういうのできたんだな」


「当たり前じゃない。こんなの幼稚園でもできるわ」


いや、幼稚園児にナイフは危険だろ。


「はい、峰も食べれば」


「ありがとうございます」


俺はもらったリンゴを口に入れた。


「あのさ」


「なんだ?」


「み、峰さえ良ければ何だけど、その怪我が治るまでの間、私に身の回りのお世話をさせてくれない?」


気恥ずかしそうに大町が話す。


身の回りのお世話?これってあれか?移動や食事の補助だけには飽き足らず、お風呂で身体洗ってくたりするあれか?仕舞いには少しエッチなお願いも応えてくれたりするやつですよね。


「ちょっと。何鼻の下伸ばしてんのよ」


まずい。あんなことやこんなことへの期待が顔に漏れ出ていた。


「べ、別に伸ばしてねーよ」


「勘違いしないで欲しいんだけど、私が言ってるお世話は学校内でのことよ。そんな状態じゃノートも取れないだろうし、移動教室も何かと大変でしょ?私がするのはそういうところのお世話よ」


俺が想像していたようなことを想像してしまったのか、顔を赤らめる大町。


「いや、分かってるよ?分かってるから」


「それで、受けるの?受けないの?」


真面目な話、事故以降の、このチグハグした距離感は俺としても気持ち良くないし、大町もそれは同様だろう。ここで俺が提案を飲み込むことで大町が抱えている俺への罪悪感も薄れていくかもしれない。それなら受け入れるのが吉か。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」


「受けるのね?」


「お願いします」


なんで患者である俺の方が高圧的に迫られているのかは分からないが、大町の提案を受け入れることになった。


「そしたら明後日の登校から私がサポートさせてもらうから。くれぐれも変な勘違いはしないでよ」


「お、おう」


ラブコメめいた展開に心躍らせていた俺だが、大町の様子を見てると、そんなことにはなりそうにもない。まぁ、通算敗北記録384敗ですしね。別に期待してなんかないんだから!


「そしたら今日はもう帰るわ。この相談がしたくて来たから」


帰り支度を始める大町。


「見舞いに来てくれたんじゃなかったのか?」


「違うわよ」


「そうなのか?その割には、俺の経過を毎日聞きに来ていたようだけど」


「なっ!」


椅子から勢いよく立ち上がった大町の顔がみるみる赤く染まっていく。


「なんでそのこと知ってんのよ!」


「おしゃべりな医者から聞いたけど」


「んー、もう!ちょっと文句言ってくる!」


荷物を持った大町はカッカしながら病室を出て行った。


静かになった後、俺は大町が切ってくれたリンゴを再び口にした。


「ん、このリンゴ美味いな」


後で母さんにどこで買ったのか聞いてみるか。



大町との会話から二日後の朝。


昨日、俺は晴れて退院し、久しぶりに我が家へ戻って来た。病院とは違って、階段の登り降りが迫られる分、余計に不自由さが実感させられた。


これは学校でも苦労しそうだ。


慣れない左手を使って制服に着替えた俺は、松葉杖をついて玄関に向かう。ここから学校まで、この状態で歩かなければいけない。家から駅までの距離と、駅から学校までの距離が短いのがまだ救いだな。


「行って来まーす」


両親は朝早く仕事に向かい、中学生の妹は修学旅行中のため家にはいない。この身体での登校に不安を感じているのに、返事がないのは少し寂しかった。


そんなことを考えていてもしょうがないので、いつもより重く感じられた扉をゆっくりと開ける。


「お、おはよう」


扉を開けた先には、大町杏子が佇んでいた。


「え?」

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