厳しいギャル
オタクに優しいギャルなんて概念が流行っているが、それはなぜだろう?
答えは単純。
現実のギャルはオタクに厳しいからだ。
オタクの正反対のカーストに位置するギャルがオタクに優しいわけなどない。そんなオタクたちが生み出したのがオタクに優しいギャル。という概念なわけで。
じゃあ、ギャルはオタクではなく、イケメンになら優しいのだろうか?
答えは単純。
目の前のギャルはイケメンにも厳しい。
「大町杏子、今日こそ俺とデートしてもらおうか」
「嫌。キモい。消えて」
ぐさっ!
容赦ない言葉のナイフが俺の胸に突き刺さる。
目の前のギャルは大町杏子。俺と同じ2-Aのクラスメイトだ。明るい茶色の長髪に、少し焼けたような小麦色の肌。女子高生にしては派手めなメイクに、爪にはネイル。それに加えてチョーカーやピアス、ブレスレットなどのアクセサリーもしっかり装備。もちろん、制服も校則通りに着こなすわけがなく、胸や脚の露出もそこそこ。これぞギャルの代名詞とばかりの属性を盛り込んだ女だ。
「おい。峰のやつ、また撃沈したぞ」
「もう何度目だよ。よく懲りねーな」
一部始終を見ていたクラスメイトたちがヒソヒソ噂立てる。
一年の頃からずっとアプローチし続けているが、この女は全く俺に靡かない。
今日の惨敗で通算384敗目になる。
いや、まだ負けてない。今日の俺にはこれがある!
俺はポケットから紙切れ二枚を取り出し、ゆさゆさと大町に見せつけてみせた。
「お、おい。いいのか?今日は駅前にあるケーキ屋の無料食べ放題券を持ってきたんだが」
ってあれ?いつの間にか握っていたチケットの一つがなくなっている。
「ありがと。今度適当に食べ行かせてもらうから」
消えたチケットの行方は大町の手の中に。
「おい!勝手に取るなよ!」
「なんで?私にくれるんじゃなかったの?」
「俺と一緒に行くならな。返せ!」
大町の手に握られたチケットを奪い返す。
「…」
大町は名残り惜しそうに空になった自分の手を見つめている。
「ケーキ、食べたかったなー」
そう発した大町の言葉には幾許かの寂しさが含まれているように思えた。
「あー!もう!」
俺は取り返したチケットを今度は自ら差し出す。
「くれるの?」
「やるよ!行きたいなら一人で行くでも好きにしろ!」
大町は軽く微笑んだあと、チケットを手に取った。
「じゃ、私帰るから」
大町は机の横に吊り下げたスクールバッグを手に取り、颯爽と教室を出ていった。
礼もなしかよ、あの女…。
「おい。峰のやつ、振られるだけじゃ飽き足らず、タダ飯ならぬタダケーキまで献上し始めたぞ」
「そのうちジェット機とかプレゼントし始めるんじゃないか?」
お前ら、全部聞こえてるからな?
「はぁ…。何してんだろ、俺」
自分の席に戻った俺はため息とともに弱音をこぼす。
俺の人生は大町杏子と出会うまでは順風満帆そのものだった。
俺、峰駿太は幼稚園のころからイケイケだった。その頃から既に顔が良かったからだ。顔が良いというアドバンテージは、ありとあらゆる場面で発揮されてきた。イケメンだと当然周りから持て囃されるため、自ずと自信がついてくる。そうすれば怖いものなんてない。俺はこの自信のおかげで何であろうと成功させてきた。勉強、運動、人間関係。不自由したことはまるでなかった。
あの女と出会うまでは。
大町杏子と出会ったのは高一の春。入学当初からモテていた俺はもちろん調子に乗っていた。そんな中、隣のクラスに飛び抜けて可愛い女子がいると話題になった。俺の隣にいるべきは俺に釣り合う女だ。だから俺は早速大町にアプローチすることに決めた。
「ねぇ、君が大町杏子さん?良かったら放課後どっか行かない?」
俺の言葉が届いていないのかスマホをいじり続ける大町。
「ねぇ、大町さん?聞こえてる?」
そこそこのスピードで文字を打ち込んでいた大町の手が止まった。
「あのさ、私あんたみたいなスカした男大嫌いなんだよね。薄っぺらいのよ、全てが。そんなつまんない奴と話しても何も楽しくないから、頼むから話しかけないで」
その瞬間、俺の今まで積み上げてきた自信が一気に崩壊した。
「…っく、、、っぐす」
「え、嘘でしょ?」
大町の言葉に効きすぎた俺は泣いてしまったのであった。
「お、覚えてろよ!」
この事件のせいで俺は、入学早々ギャルにフラれて泣き出した痛いヤツとして、この学園生活を送ることになってしまったのである。
そして俺は、俺の学園生活を破壊した大町を惚れさせるために、懲りずにアプローチをし始めることになったのだが…。
-通算敗北記録 384敗-
現在に戻る。
いやまぁ、泣くのはさすがになかったと自分でも思うよ?でも、しょうがないじゃん。あんな風に悪口言われたの初めてだったんだから。
悲しいことに例の事件以来、というか、何度も何度もフラれているせいで学校規模で浮いた存在になっている。そのため、友人という友人もいない。皆んなネタキャラとしては接してくれるが。
「もう帰るか」
俺は失意の中、とぼとぼとした足取りで帰路に着いた。
◇
「はぁ…」
本日何回目のため息だろうか。夕暮れの空が一層俺の心を重たくさせた。一人の帰り道が地味につらい。中学の頃は部活の仲間と一緒に帰ってたっけ。
フラれ続けているが、これが慣れることはない。こうして毎度毎度落ち込むのもさすがに疲れてくる。
「もう今日で最後にするか」
このまま大町に振り向いてもらえずに、何事もないまま高校生活を終えるくらいなら、無駄な執着はやめて次を探しに行くべきだろう。
そんなことを考えていると駅の前の交差点まで着く。すると、なんとそこには信号待ちの大町がいるではないか。イヤホンをしながらスマホと睨めっこをしている。
「食べ放題帰りか?ったく」
声をかけようか迷ったが、さっきの思考がよぎり、ここは静観することにした。ここはバレないようにやり過ごそう。俺は大町の後ろについた。
そして、信号を待っていると、まだ信号が赤なのにも関わらず、前にいたサラリーマンが足を踏み出した。それに釣られて横の大町も足を踏み出す。
ボッーとしていたのか、サラリーマンは信号を見上げてようやく赤信号であることに気付き、歩みを止めた。だが、大町は釣られて歩き出したまま。
「おい!大町!」
歩みを止めない彼女に俺は声を張り上げるが、イヤホンとスマホのせいで、現状に気づかない。そんなタイミングで、車がそこそこのスピードで横断歩道に差し迫っているのに気付いた。
周りの人間も危険なのは分かっているが、体が中々動き出さない。
「くそっ!」
俺はカバンを手放し、勢いよく駆け出す。
何人かの人の層を掻き分け、大町のもとに手を伸ばすが、車も減速しきれずに横断歩道に差し迫っていた。
そして、車と衝突するかしないかのギリギリのタイミングで俺の手が大町の腕に触れた。
「えっ」
俺は大町をもと来た道の方へと手繰り寄せる。
そして大町の無事を確認した瞬間、交差点に鈍い音が響いた。