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午前七時の調香師  作者: 佐倉真由
幕間3
23/37

容疑者Cの述懐 ツークツワンクの布石

 ルネ・クラメールは、ヴィエルジェの全てに愛された少年であった。

 父は早くに流行り病で亡くしたが、面倒見が良く情に厚いルネの母を嫌う隣人はいなかったし、ルネは幼い頃からとびきり愛らしい子供だった。どんなに険悪な雰囲気になろうとも、ルネが微笑めば皆が笑顔になる。老いも若きも男も女も、ヴィエルジェに住む者であれば誰もが知る、ヴィエルジェの天使。そんな彼が年頃の少女たちに混ざって、男性の身でありながら花冠の乙女役に選ばれたことに、ヴィエルジェの住人で異論を唱える者は一人もいなかった。


 母親譲りの明るさと気立ての良さに、とびきり美しい外見。ちょっぴりミーハーで調子に乗りやすく、フットワークが軽すぎてトラブルを起こすことも度々あったけれど、それもまた愛嬌の内。そうして何だって許されてきた「天使」に初めてビンタをお見舞いしたのが、島の外から鷲鼻の老女に連れられやって来た、赤毛のちっぽけな少女である。

 喧嘩の理由は些細な事だったと思うが、双方よくは覚えていない。何しろ二人は小さくて、口より先に手が出るのが当然の年頃だった。短い手足をじたばたさせて取っ組み合いの大立ち回りを演じ、結局ルネの母から両成敗の拳骨を食らって仲良くなったのも、今となっては笑い話だ。


 金髪の天使と赤毛の少女は、それからはいつも一緒だった。ルネはジョゼの「女子」らしからぬものぐさにいつも目を光らせていたし、ジョゼはルネの軽率さに呆れつつも、あれこれとよくフォローした。二人の友情には性別も家業も関係なかった。きっとどんなに離れたところへ行ったって、疎遠になることなどありえないと思うほどには、互いは互いの一部であり、不可欠なものであった。


 けれど、とルネは首を傾げる。

 そんな大切な親友の様子が、このところ少しだけ変わって来たように思うのだ。

 元々あまり「女子らしさ」とは縁がなく、何ならルネよりよほど意地っ張りで男らしいのではないかと思うほど負けん気の強かったジョゼが、素直に誰かを頼るだなんて。あまつさえ、安堵の涙を流すだなんて。

 もちろん、命の危機に瀕していたとなれば、いくら気の強い彼女とて涙の一つくらい零すとは思うのだけれど。そういうことではないのだ。


 何となく面白くない、この気持ちに名前を付けるとすれば「嫉妬」だけれど。それもまた、いわゆる男女のやきもちとは違う。それよりは、多分もっと、この状況を愉快だと思う気持ちも同時に抱えているから。

 そんなルネの心など知る由もないジョゼは、今日もあれこれ忙しく働いている。


「犯人、捕まって良かったわね」

「うん。奥歯に詰めてた毒噛んで死んじゃったらしいけど。『花の獣』の入れ墨が入ってたって、兵士さんに聞いたよ。クロードさんの言ったとおりだったね」

「これで解決かしら」

「どうかな? ぼくは、もう一波乱くらいあってもいいと思うけど」

「……ちょっと、ルネ」

「冗談だよ。でも、油断はできないでしょ」


 来たる花祭りの当日。

 花冠の乙女は本来、四つの通りの四つの広場でそれぞれ少女たちを先導し、伯爵城では女王登場前の舞を披露するはずだった。けれど、人数が半分になってしまった上に、減った理由が理由なため欠員を補充することも難しい。なので今年は伯爵城での舞踏会の代わり、ヴィエルジェで最も大きな花の舞台に女王役のアンナだけが登場し、儀式のみを執り行うことになるらしい。――建前上は。


「……ねえ、ルネ。本当に大丈夫かしら?」


 何とも言えない顔をして、ジョゼが問うた。それに飄々と肩を竦めてみせると、ヴィエルジェの天使はとびきり愛らしい微笑みを浮かべ、ぱちんとウィンクする。


「大丈夫だって。遠目じゃ分からないよ、ぼくがアンナ様の影武者だなんて」


 ――そう。ルネが「アンナ姫」として、今年の舞台に立つことになったのだ。

 ふんわりと柔らかな金色の巻き毛の代わり、偽物の黒髪を結い上げて。瞳は藤色のままだけれど、「今年はそういう趣向です」とでも言って仮面をつけてしまえばいい。「アンナ姫」と言えば、滅多に人前に姿を現さない、謎多き伯爵令嬢だ。不満は出るかもしれないけれど、不審に思う者は多くはないだろう。

 背丈は、まあ人より小柄なアンナと比べればルネの方が当たり前に高いのだけれど、舞台の上に立ってしまえば分かるまい。そう提案したのはルネ自身で、後押ししたのはルネを心配するアンナ以外の全員だ。


 念には念を。実行犯は捕まったけれど、それが全てとも限らない。

 ならば、これが最も確実な一手ではあるだろう。


 だが。


「……まあ、上手くいくかは分からないけど」


 ぽつりと呟き、窓の外を見る。

 晴れた空にたなびく雲は薄黒く、風はほんのりと湿っているような気がした。


 初夏、美しい花盛りの季節。祭りの日まであと僅か。

 麗しのヴィエルジェは、その日、どんな色をしているのだろう。

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