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午前七時の調香師  作者: 佐倉真由
第3話 はちみつとトラバサミ
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「だからね、いっそのことさっさと捕まえちゃえばいいんだよ」


 パン屋から戻ったジョゼを待ち構えていたのは、何故か仁王立ちで入り口に立ったルネの姿であった。その日、香水店「ルール・ブルー」の応接間では、すっかりお馴染みとなったいつもの面子にクロードを加え、秘密の「作戦会議」が行われていたのである。

 軽食のサンドイッチを並べ終えてから、近頃減りが早くなってすっかり軽くなったハーブティーの缶を覗き込んでいたジョゼは、「はあ?」とルネに気の抜けた声を返す。壁と同化しそうなほど端に立ったままのクロードに視線を送ると、僅かに目を見開いたクロードは、概ね無表情のまま発言主の金髪をチラと見て、再びジョゼに視線を戻した。聞くだけ聞いてみてくれ、ということだろうか。 

 うーんと小さく唸ったジョゼは、何だか妙に据わっているような気がするルネの藤色をじっと見て問うた。


「ずいぶん突拍子もないこと言うじゃないの。捕まえるってどうするのよ、犯人も分からないのに?」

「分かればどうにでもなるでしょ? 後は伯爵様に兵士さん貸してもらってさ」

「勿論、お父様は協力してくださると思いますわ。……ですが、犯人捜しなんて可能なんでしょうか? ルネ、何か考えが?」


 中央に仁王立ちしたルネを見つめ、アンナがゆっくりと首を傾げる。それに頷いて返したルネは、とん、と平らな胸を叩いて言った。


「ぼくが囮になる」

「は!? 何言ってるのよ、そんな」

「危ないのは分かってるさ。だからアンナ様の前で言ってるんだよ。伯爵様に協力してもらうっていうのはそういうこと」


 聞くなり顔を顰めたジョゼは、口を尖らせる。何しろ彼とは長い付き合いだ、ルネの考えていることくらい手に取るように分かる。そして実際、それが最も理に適っているということだって。

 花祭りを中止することなどできるはずもない。アンナを中心に据えた今年の花祭りは、ただの行事以上の意味を含んでいる。中止すれば「未来の花嫁の晴れ舞台すら守れない」と王家の威信に傷が付き、かと言って無理に決行すればアンナの身が危ない。アンナを守り切れたとしても、この状況では「いわくつきの花嫁」と後ろ指を指されることだってあり得てしまう。その全てを解決するには、花祭りの当日までに事態を収束させておくしかないのだ。

 四人の乙女の内二人が亡くなり、残るはアンナを除いて二人。ルネと、パン屋の娘のリーズである。その中で囮として最適なのは、彼自身が言うとおり、此度の事件の内情を知る「少年」のルネだった。ジョゼよりも白く細い腕は確かに頼りないけれど、逃げ足だけは誰より速い。おっとりとしたアンナや普通の少女であるリーズと比べれば、万が一の際にもまだ「どうにかできる可能性がある」と彼は言う。


 さて、ルネの言いたいことは分かる。ジョゼがルネの立場にあっても、きっと同じ提案をしていただろう。けれど、そうかと頷くには、不安が勝った。


「どうにかできるなんて簡単に言うけど、あんたが犯人に捕まったらどうするのよ。女の子ばっかりじゃなくて、あのトマさんまで殺されてるのよ?」

「大丈夫だって、上手くやるから。ねえクロードさん、クロードさんにもこれ以上の案なんてないでしょ?」

「……ああ」

「クロードさん!?」


 てっきり味方だと思っていたクロードの予想外の言葉に、ジョゼは目を剥く。それに数ミリだけ眉尻を垂れて返すと、彼はゆっくりと口を開いた。


「今のところ敵の動きはないが、どのみち彼は犯人の次の標的だ。画家殿の遺体を下宿に放り込んだのは、つまりそういうことなんだろう。家に籠って誰も見ていない瞬間ができるより、外でずっと兵士に見守られている方が安全かもしれない」

「それはまあ……でも……」

「……犠牲者のペース、性別や体格を考えれば……画家殿という例外があるとはいえ、今のところ実行犯は多くても二人か三人程度だろう。手口は確かに残忍だが、それだけだ。今回の事件が、王家の敵――『花の獣』の仕業だとして。彼らが裏で手を引いているなら、あまり悠長にしてはいられないのもある。僕はルネ君に賛成」

「ね。そういうことだよ。ジョゼだって分かるでしょ? あんまりのんびりしてて応援なんか呼ばれたら、それこそ大惨事だ。『花の獣』の奴らは、まだヴィエルジェにそんなにたくさん入って来てるわけじゃない。じゃあ、今のうちにぼくらの方から仕掛けてしまえばいい」


 初顔合わせの時のルネなんか、クロードの顔を見るなり小声で悲鳴を上げ、あれこれと無礼発言の数々を発した後そそくさと柱の陰に隠れたくせに。そんなことなどまるでなかったように意気投合した男二人が、揃ってそんなことを言うものだから、ジョゼは大きな溜息を吐く。勿論ジョゼにだって分かっているのだ。この状況にあっては彼らの言うことが正しく、ルネを心配するジョゼの言い分は、ただジョゼの気持ちの問題なのだということくらい。

 白旗を上げて肩を落としたジョゼは、アンナにちらりと視線を投げた。

 じっと成り行きを見守っていたアンナは、ジョゼとそっくり同じ表情をしてこちらを見つめ返すと、溜息と共にこう言った。


「……その方が安全と言われても、ルネを囮にするなんてわたくしは気が進みませんけれど……。……妙案があるわけでもありませんし……仕方がない、のですよね……。分かりました。すぐお父様にお話しして、護衛を派遣いたしますわ」

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