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午前七時の調香師  作者: 佐倉真由
第3話 はちみつとトラバサミ
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 さて、ジョゼがクロードに覚えた奇妙な既視感の正体は、意外なところであっさり発覚することとなった。


「……ん? ……んん!? その顔!!」

「? 何だい、僕の顔に何かついてる?」


 真っ赤な瞳を瞬かせ、きょとんと首を傾げた愛らしい悪魔。いつでも緩く微笑みを浮かべていること、幼い顔かたちをしているということを除けば、その顔立ちはクロードそっくりなのである。緩く内向きに巻いた赤毛は襟足を長めに、前髪も眉のあたりできれいに切り揃えてあるので、さらりと真っ直ぐな黒髪のクロードとはすぐにはつながらなかったけれど、一度そうと気づけば瓜二つと言っていいほどよく似ている。幼いなりに涼やかと言えそうな目元といい、薄い唇の形といい。

 けれど、どうして?

 何とも嫌な胸騒ぎがする。ジョゼは眉を寄せ、ねえ、と低く問うた。


「あなた、あたしが最近知り合った人にすごく似てるのよね。もしかして彼のこと知ってた?」

「ずいぶん曖昧な質問だなぁ。『彼』って誰だい?」

「お生憎さま、その手には乗らないわよ。悪魔に誰かの名前を教えたら、悪魔はその人と契約してなくたって枕元に立てるようになるんでしょう?」


 そう、先代がこの悪魔の鏡をジョゼに教えた時に、何度も聞かされた話だ。悪魔とは本来、こんなにも呑気に茶会など楽しむような相手ではないし、気軽に会えるような存在でもない。禁忌と呼ばれる手順を幾つも踏んで、召喚の儀式を行い、魂を捧げる代償に力を得る。願いの代償がろくなものではないのは今は脇に置いておくとして、重要なのは「召喚」と「契約」という二つの要素である。基本的に、悪魔とは人間に呼ばれなければこの世に現れることすらできないし、自分から人間に契約を持ちかけることもできないのだ。それゆえ、この愛らしい子供の姿を模した「鏡の悪魔」などは、自分自身を「誠実だ」と言ってはばからない。神よりも天使よりも人間よりも、ついでに他の悪魔よりも、信頼に足る相手だと。


 そうは言っても、悪魔はやはり悪魔だ。不自由であるから取るに足らないというわけではない。彼らは契約者に嘘を吐くことはできないが、「何も言わない」ことはできる。また、直接契約を迫ることはできずとも、甘い言葉でそそのかすことまで禁じられているわけではない。狡猾な彼らは、あの手この手で人間を堕落の道へと誘う。悪魔の封じられた道具――例えば、ジョゼの持つ姿見などの傍に、過ぎた野心を持って近寄ること。そして、悪魔との契約を結んだ者が悪魔に知人の名を漏らすということも、そういった「言い訳」を与えてしまう一つの隙になるのだ。

 個人名という、現実の人間により与えられた「通路」を通れば、悪魔は契約がなくともその者の元へとたどり着けてしまう。そうして夢枕に立って、寝ぼけた人間にどんなことを言うかなど、恐ろしくて考えたくもない。


「ちぇっ。つまんないの」


 ぶう、っと頬を膨らませ、悪魔は可愛らしく拗ねてみせるが、こちらが子供の頃からずっとこの姿の悪魔にかわい子ぶられたところで、痛くもかゆくもないジョゼである。何がよ、と半眼で返して、素知らぬ顔でお茶を一口すすった。


「大体、あたしが言わなくても分かってるんでしょ。名前も顔も知ってるはずよ」

「そりゃ知ってるけどね、暇なときは君の目借りて遊んでるしさ。だけどそうじゃないんだよなぁ。【賢人】さんには何でも話すくせに、いっつも僕だけ仲間外れなの、ひどいと思わない?」

「あなたが悪魔廃業するなら話せるんだけどね」

「えー?」


 不満げに頬杖をつき、悪魔が口を尖らせる。表情ばかりはくるくると変わり、今だって情を誘うような顔を作ってはいるけれど、苺のような真っ赤な瞳はジョゼの抵抗への愉悦を隠しきれてはいなかった。脆く何の力もない人間の少女が無意味に足掻いて生きる様を、悪魔はいつでも愉しげに、堕ちて来いと笑いながら見ている。

 そういうところよ、と胸の内で呟いて、ジョゼは首を振った。


「本当、顔だけはそっくりだけど、中身はまるで正反対だわ。あなたは素直そうなひねくれ者だし、彼は偏屈そうな正直者だもの。……で、どうして似てるの?」

「んーん、どうしてって聞かれると困るんだよね。彼と僕が似ている、その理由ならいろいろある。ここが君の夢であり、僕の鏡の中だということだって、僕がこの姿をしてる理由の一つなんだから」

「……どういうこと?」

「言葉どおりさ。ここは君の夢、君の記憶の世界だ。それでいて、『鏡』でもある」


 ひょいと立ち上がった悪魔は、もったいぶった咳払いを一つして、パッと両腕を開いた。右手にティーカップを。左手にはそれと全く同じ柄の、けれどすべてがあべこべになったティーカップを持って、「ほら」と目を細める。ぱちくりと目を瞬いたジョゼに、彼は肩を竦めた。


「こっちが君だとしたら、これが僕ってことだよ。君の目に映る僕は、君にとっての鏡像に過ぎない。君の記憶、君の魂、それら全てが『僕』という像を結んでいる」

「……もう少し簡単に説明できない?」

「君の目に僕が『彼』と同じく見えるなら、それは君自身の問題だってことさ。他の客人に聞いてごらんよ、僕が彼らにどう見えているか」


 まあ、聞けば気が狂うかもしれないけどね。

 そう言って、天使のように愛らしい顔でくすくすと笑う悪魔に、ジョゼはぶるりと肩を震わせた。


「……遠慮しておくわ」


 既視感の正体は分かったものの、謎はもう一つ増えてしまった。けれど、食い下がればきっとろくなことにはならないだろう。そう、本能が警鐘を鳴らしていた。


 やはり、悪魔と駆け引きを試みるなんて、正気の沙汰ではないのだ。

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