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午前七時の調香師  作者: 佐倉真由
幕間2
15/37

容疑者Bの述懐 探偵の真似事に救いはあるか?

 クロード・デュヴァルが戦を生業と定めたのは、もう随分と昔のことだ。

 この平和なヴィエルジェ島では想像もできないような地獄が、焦土と化した町や村が、大陸中にはびこっていた頃。彼が村を飛び出し傭兵としての生活を始めたのは、そんな時期だった。きょうだいの中で、長男であった兄を除き唯一の男だった彼がそうしなくては、焼野原の村から命からがら逃げてきたばかりの家族は生きていけなかったからである。


 幾度も死地へ赴き、何度も死ぬような思いをしてきた。初めの頃は恐怖もあったのだろうけれど、そのうち痛みの記憶すら思い出せないほどになり、少年として当たり前の感覚はすっかり麻痺してしまった。今や身体中どこもかしこも古傷だらけで、実際に何度か死んだのではないかとすら自分で思うほどだ。

 余計なことは何だって覚えているくせに、笑えなくなったのがいつからかは、もう覚えていない。

 気づけば鉄仮面だの魔王だのと揶揄われ、困ったと眉を垂れたつもりが真っ青になった相手に土下座で謝られるような有様だった。


 それでも、クロードは戦火の時代を生き延びた。

 生き延びて、功績を評価され、軍人となった。肩を並べて戦った友も、守るために置いてきたはずの家族も、皆死んでしまったというのにだ。


 ともかく、クロード・デュヴァルという青年は、これまでの人生の半分近くを戦場で生きてきた。それゆえ、死というものに慣れ切ってしまっていた。

 そんな彼が口を覆い、顔を顰めるほどに、「それ」はおぞましいものだったのだ。


「……彼女を連れてこなくて正解だったな」


 部屋の中心に置かれた、空っぽの画架の足元にあるのは、キャンバスではない。

 血の染み出した頭陀袋から飛び出す、無残に焼け爛れた顔面だった。


 人間であることは確かだが、肩幅が異様に狭い。腕が両方とも肩の骨ごと切り落とされているのである。この分では、袋の中の脚だって胴体に付いているかどうか怪しいものだ。袋からごろりと出てきた左手の中指に、硬く膨れた胼胝のようなものがある。鼻を削がれ目を抜かれ焼けた顔からは生前の面影など察しようもなかったが、ずんぐりと短いこの腕は、おそらく男の腕だろう。そして、部屋中至る所に散乱しているのは、描きかけのまま放棄され、キャンバスの真ん中を裂かれた海の絵だ。


「画家の男……部屋の主か?」


 クロードは独り言ち、眉を顰める。

 これまでの犠牲者は、花冠の乙女と巻き込まれた少女のみだ。犯人の目的が伯爵令嬢の死であるならば、「彼」の死は、ジョゼの友人への警告といったところか。


「……」


 解せぬことは幾つかある。けれど、どれも「分からない」が多すぎる。

 自警団の到着を待ち、ジョゼには見るべきでないとだけ伝え、クロードは下宿を去ることにした。



 戦場を生き延びてしまったクロードを、王太子が拾ってくれた。

 ただでさえ戦しか知らずに生きた男は、愛想の悪い顔つきが災いし、何をやっても上手くいかない。失った友や妹たちの顔を、名をいつまでも忘れられず、けれど、それをこそ長所と恩人は言ったのだ。


 探偵の真似事に救いはあるか。

 クロード・デュヴァルは、答えを探し続けている。


 ヴィエルジェという島にやって来たことで、何かが変わるのだろうか。


 この血腥い事件が終わる頃、求め続けたものは見つかるのだろうか?

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