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【完結】一人と一匹。イズカとサリの冒険  作者: 中洲める
フィクロコズの瘴気災害
7/31

7 瘴気の中での生活の終わりの始まり

 半年ほどかけて魔物を狩りながら探索範囲を広げた。その中で山から流れる小さな川を見つけそれを遡ることにした。

 最深部に近い場所から流れているその周辺を探索して、平らな場所を見つける事が出来た。

 そこを新たな拠点とすることを決めて、バッグから道具を取り出し線を引き整地する。瘴気に芯まで侵された木は少し力を入れれば崩れ去る。この辺の木は長い時間瘴気に晒され根まで侵食されていた為撤去は楽だった。余計なものが無くなった土地に家を建てられる土台を作る。

 街道までの道を作りながら手配した木材を運んだ。小さな荷車も手配して貰ったが、馬も牛も使えないから引くのは当然俺。

 傾斜があちこちにある森の中で荷車を引くのは大変だった。

 材料が揃うと小屋の制作作業に入る。途中で現れた魔物を狩ったり、屋根も寝床もまだないから、材料が無造作に積み上げられた作りかけの小屋の傍で野宿をした。

 ロス家で実際に小屋を作る経験はしたが、あの時は指導したり、手伝ってくれる人もいた。けれど今回は自分の力だけで仕上げなくてはならない。初めての単独作業は、苦労もしたが出来上がって行く過程には充実感があった。

 寝袋に寝転がって、焚火の音を聞きながら夜空を見上げるのは最高に贅沢だ。

 サリは相変わらず俺の首元で丸くなって眠る。傍で感じるサリの息遣いと心臓の鼓動が、何物にも代え難い安心感を与えてくれる。

 俺の拳二つ分の大きさしかない小さなサリ。これが成長限度なんだろう。この大きさになってからは何年経っても変わらない。

 気持ちよさそうに眠るサリの背中を撫でると、甘えるように体を寄せて来た。

「可愛いなぁ」

 体の大きさなんて関係ないほど大きな存在感。

 賢く、俺の言葉を理解して、意図を読み取ってくれる知能もある。本来のウサリスとはだいぶかけ離れた特殊な個体であることは間違いない。

 けれど、サリはサリ。俺にとっては掛け替えのない大切な存在。

 俺は伴侶を得ることは出来なかったが、最高の相棒を手に入れた。

 サリの背中を撫でながら空を見上げると数多の星が輝いていて、ここが瘴気の中なのだと忘れそうになる。


「瘴気の中での生活がこんなに幸せな物になるなんて、想像もつかなかったよ……」

 首元に寄り添うサリの毛に顔を埋め、幸福な気持ちのまま目を閉じた。




 

 それからコツコツと一か月ほどかけてのんびり小屋作りをした。疲れるまで作業をして、気分転換にサリと手合わせしたり魔物を狩りに行った。

 義務も義理もなく、己の意思のまま奔放に生きる。こんな自由を知ってしまって、俺はこの先どうやって生きて行けばいいんだ。

 他人との付き合い方なんてすっかり忘れてしまった。

 完成した初めての小屋は簡素ではあるけれど、我ながらよく出来たと何度見ても深い感慨と満足感に浸れた。

 頼んだ木材は小屋を組みやすいように加工してくれていたから、だいぶ楽はしたけれどそれでも自分が成し遂げた達成感が最高だ。

 寝床を整え、家具を入れてようやく住める状態になった家の中を見渡す。

 ベッド、テーブル、椅子が一脚とそれほど大きくない収納箱と小さな食糧保存庫が一つずつ。

 必要最低限の物しかない。調理場も小さいし、部屋も一つ。浴室は外の川で直浴びするつもりだから作っていない。けれど俺とサリで住むには充分だ。

 サリも気に入ってくれたようで、小屋の中を嬉しそうに跳ね回る。

 自分も一緒にこの巣を作ったとでも思っているんだろう。


 そこを新たな拠点として俺たちは森の奥の探索を進めた。


 そして今日も俺との連携もばっちり決めてくれるサリに礼を言う。

 本当に頼れる相棒だと肩で毛繕いをしているサリを撫でると指を舐められた。


「さて、サリ。もうちょっと奥へ行くか」

「キュッ!」

 俺にとってサリは、なくてはならない生涯の相棒になった。




 こんな風に俺たちは日常を重ねて行く。





 そうして生活を続け、ここに来てそろそろ十五年が経過しようとしていた。

 随分時間が経ったというのに、水に映る顔は老けた様子はないし、体の衰えも感じない。

 歴代の記録の中に三代目がかなり高齢だったとあった。けれど浄化を終えた時変わらぬ容姿だったと記されていた。

 それ以降の浄化者も、若さを保ったままだったと残されている。

 おそらく瘴気という高濃度の魔力を常に取り込んでいるせいなんだろうと推測が添えられていたけれど、本当の事は分からない。

 何にせよ長い時間を必要とする事だから衰えないのは有難い。

 戻った時に驚かれるだろうけれど、ロス家の人間なら知っていることだし受け入れてくれるだろう。


 小屋からすぐ傍にある山裾の崖にダンジョンの入り口があって、噴き出し口はその最奥だと分かった。

 もっと森の奥だと思っていたのに、どうやら山に囲まれた森の奥地は瘴気が吹き溜まっていただけだったようだ。

 そろそろ噴き出す瘴気の勢いも弱まり、俺の浄化速度が上回ってきたように思う。

 山裾の最奥まで全て魔物を倒して、ダンジョンが開くのを待つ。

 このダンジョンが開けば地上に出ていた瘴気は全て収束する。

 後は中の噴き出し口を塞ぐのみだ。



 ダンジョンが開くまでの間、一番長く瘴気に晒されていたこの周辺の魔物は丹念に調べて狩り尽くした。

 外周には多少狩り漏らした魔物もいるだろうが、後で雇う冒険者が狩れる程度のはずだ。


「なぁ、サリ。瘴気災害を鎮めたらお前はどうするんだ?」

 準備も整えこの生活の終わりが見えた俺は、肩に乗るサリに問いかける。

 ダンジョン内の魔物を討伐して、瘴気の噴き出し口を塞いだら俺はロス家に戻らねばならない。

 サリにとっては退屈な日々になるだろう。

「きゅ?」

「俺と来てもきっと退屈だぞ」

「きゅきゅっ」

 サリの返事は否定なのか肯定なのか分からない。

「屋敷に閉じ籠って書き物して、たまに手合わせは出来ると思うけど、外を自由に歩き回ることは出来ないんだ」

「きゅ!」

 戦闘の時は一切の齟齬もなく伝わる意志も、こうやって平和的に向き合うと全く分からなくなる。

 終わりの先に見えた不自由な生活を思いため息が零れた。

 俺一人だったら諦めて受け入れた未来が、サリも一緒だと思うと息苦しさと物足りなさで埋め尽くされる。

 もしかしたら俺が生来の浄化者で、すでに子供を授かっていれば許されたかもしれない。

 けれど伴侶もなく、血を繋ぐこともしていない。まして背中に機密である魔法陣を刻んだ俺の存在は外部に漏らしていい物ではない。

 出来れば目の届くところに置いておきたいはずだ。俺もそれは自覚している。

「きゅー」

 気分が落ちた俺を慰めなくてはと思ったのか、首元へ来て尻尾をくるりと後頭部へ回し顔に体を寄せた。

 全身で抱きしめられているような気持ちになって、サリに頬を摺り寄せる。

「サリ……、お前が居てくれてよかった」

 俺の大切な相棒。

 くしゃくしゃと撫でているともっとしろと手に頭が擦り付けられる。

「さぁ、もう少しだ。頑張ろうぜ、相棒」

「きゅ!」

 ダンジョンの入り口が開く僅かな間、俺たちは自由に過ごした。



 そして、ダンジョンの入り口が開いた。

挿絵(By みてみん)

小説の挿絵として、御殿えぬ様(@gotenenu)に頂きました。

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