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【完結】一人と一匹。イズカとサリの冒険  作者: 中洲める
フィクロコズの瘴気災害
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4 瘴気の中で一人と一匹の生活

 サリと暮らし始めて二年が経った。

「きゅ!」

 サリの声に視線を上げれば、俺に気付かれたのを悟った小鳥の魔物が鋭い鳴き声を上げる。

「キィ、キィ!」

 威嚇しながら飛び回り、やがて角度を変え上空から俺目掛けて滑空して来た。

 羽根は真っ黒に染まり目は白く、爪と嘴が有り得ないほど鋭利な形状をしている。

「ハッ」

 それを右手で引き抜いたショートソードで一閃。突進してくる黒い小鳥を真っ二つに斬った。

 二つに分かれた炭のような体は、黒い塵になって消えていく。

「元は青い小鳥だったんだな」

 角度によって七色にも見える青い風切羽が五枚と小さな魔石が落ちた。


 大陸各地にあるダンジョンと呼ばれる物の中に住む魔物も原理は一緒だ。

 瘴気になるには至らないが、異なる属性魔力が混じった複合物が地下へ浸透せず、洞窟や古い建物跡に溜まる場所がある。

 そこに息づく生物を魔化させ、魔物を生成する地をダンジョンと呼ぶ。

 そういった場所はこの大陸に多数あり、あちこちでダンジョンを形成している。

 中に充満する濃い魔力が空間を歪めている為、満たされている間は入り口は見えず、中にいる生物が魔力を全て吸収すると現れる。瘴気より侵食する速度が遅く、また少しずつ浸透するため魔化が完了する生物が多い。

 それだけではなく、そこを生息地としない魔化した生き物も数多くいる。

 本来は自分の縄張りから離れない生き物が、濃密な魔力に惹かれ入って行き魔化してしまうのではといわれているが、真相は定かではない。

 とにかくダンジョンの内部は魔物でいっぱいだ。

 入口の場所自体は魔道具で見つけられるのだが、中にあるのは生物が魔化するほど有害な魔力。

 無防備に足を踏み入れるのはあまりにも危険だという事で、自然に入口が開いてから入ることを推奨されている。

 開いたダンジョンを放置すると、魔力が再び溜まり始め入り口が封鎖される。

 そしてそこに住む魔物がさらに魔力を吸収して強くなっていってしまう。

 ダンジョンの中に入りさえしなければ襲ってくることはないが、入り口が開くと外に出てくる魔物も居て大変危険だ。

 そうならない為、定期的に中の魔物を間引かなくてはならない。

 それらを討伐するのが冒険者という職業だ。ダンジョンの位置は基本的に変わらず、復活周期があることから管理は難しくない。


 冒険者は得た魔物の素材や魔石を売って生計を立てている。


 俺は地面に落ちた魔石を拾い上げた。

 魔力が凝結した魔石には多岐にわたる利用価値があり、冒険者ギルドが買付けを行っていた。

 また魔物が落とす素材も装備や道具に使えるため、それらも買い取って貰える。

「さて、どんどん行こう」

「きゅ!」

 周囲にたくさんの気配を感じ、俺は持っていたバッグを地面に落として、右側に装備しているマチェーテを引き抜いた。

 音もなく飛び掛かって来た梟を結界で弾き、よろけたところを切り捨てる。

 地面に落ちた黒い梟は少し藻掻いたあと、塵になって消え、魔石と嘴が残された。

「きゅい!」

 サリが行くぞというように鳴き肩から跳んで、その動きに釣られたのか、一斉に気配が動き出す。

「はっ!」

 飛び掛かって来た二匹目の黒い梟の首をマチェーテで切り落とした後、簡易結界を破り足に齧りつこうとしている蛇の頭にショートソードを突き立てる。

 やはりもうこの辺りの魔物に対して簡易結界は殆ど意味をなさなくなってきた。過度な期待はしない方がいいと気を引き締め、項を目掛けて飛び掛かって来た狐を体を捻って避け、腰に装着していたダガーを抜き構えた。

 狐が俺に対して攻撃を失敗した直後、肩から跳んでいたサリが木を蹴って方向転換し、狐の背中目掛けて飛び降り背骨を折って倒しているのが見えて、ダガーの矛先を狐から蜘蛛に変え、射抜いて木に突き刺した。

 サリがその後ろで木々を華麗に飛び移りながら蝙蝠の頭上に飛び上がり、二匹いた右側の翼を爪で引っかき破いて墜落させ、左側の蝙蝠を回転しながら尻尾で叩きつけた。

 地面に着地すると飛べなくなった蝙蝠二体を蹴り飛ばして、襲い掛かって来た蛇の胴体を後ろ足で押さえ、口で咥えて首を引き千切っている。

 本当に俺の小さな相棒は頼もしい。自然と背中合わせになり剣を構え直す。

「まだ気配がうじゃうじゃありやがる。楽しめそうだな、相棒」

「きゅ!」

 木陰に潜むピリピリとした大量の気配を感じて、俺とサリの士気は高揚する。

「自然が豊富な場所だったからなぁ。そりゃたくさん魔物もいるよな」

 顔が勝手に笑ってしまう。

「さぁ、今日は大量討伐だ!」

 この瘴気の中で俺は何をするのも自由だ。この中で生活さえしていれば浄化者の使命は果たせる。

 ただ一つだけやってはいけないことがあるとしたらそれは俺が死ぬことだけ。それ以外はやりたいことを何でもやっていい。誰の事を考える必要もない。

 そう思うとこの孤独な世界が楽しく思えた。

「ハハハハ! これはいい! 瘴気災害を治めたら冒険者になるのもいいなぁ」

 剣の修行はしていたし、害獣の駆除も実際にした。

 けれどこうして命の危険を感じながら剣を振るうのは、人を守って戦うのとはまた別の悦びがあることを知った。

 死んではならない身だからこそ、命を賭けたやり取りは酷く背徳的で、気持ちよかった。

 自分にこんな一面があるだなんて知らなかった。

 襲い掛かってくる魔物を切って捨てる。剣の腕だけで己の命と生活を支えるのは不安定だが、楽しそうだ。

 サリと一緒だとなおの事その思いは強くなる。

 共に寄り添い、どこまでも自由に生きたくなってしまう。


「……まぁ、出来るわけもねぇけど」

 高揚感の隙間に現実が割り込んで来る。


 俺はこの国の最高機密を背負っていた。

 





 五歳の時に両親が事故で亡くなり、身寄りのなかった俺は保護施設に入った。

 この大陸では瘴気災害に備えて魔力含有量が確定する八歳になると、全ての民は魔力測定を受けることになっていて、一人の漏れもないようにと孤児を手厚く保護をする。

 浄化者を見落とさない為、八歳まではそれは丁寧に世話をしてくれた。

 けれど魔力測定が終わった後、好きに生きろと放り出す保護施設も少なくない。

 魔力含有量が高ければ引き取り手は多い。けれど多くも少なすぎもしない孤児は余程運がよくない限りいい道はない。

 先に測定を終えた子供が施設を追い出され路頭に迷っているのを何度か見た。

 大切にしているのは魔力含有量が決まる八歳までの、未来の浄化者になれる可能性を持つ者だけなんだ。


 俺は魔力含有量が極端に低かったから、ロス家の養子になれた。

 ロス家とは二代目浄化者の血筋から作られた新たな家で、浄化者を育てる使命を帯びている。

 瘴気災害がない時も魔力測定は行われ、浄化者や著しく魔力含有量の少ない子供を家に引き入れ浄化の任務を継ぐ。そして実際に災害が起きた時には輩出した浄化者を派遣する。

 ロス家が出来てからずっと、その責務を絶やすことなく受け継いできた。

 この家では過去の浄化者が残した実体験の記録を元に、瘴気の中で生きていく為の術を全てを教えてくれる。そうやって培われ、伝えられた技術が今に生きている。

 そして百年に一度の周期が訪れたなら、浄化者に対する支援の一切を引き受ける対瘴気災害用の家なんだ。

 引き取ってくれたロス家で俺は、何不自由なく暮らして来た。

 あの家に引き取られて、大変なこともたくさんあったが幸せだった。


 俺はこの瘴気災害を鎮めたらロス家に戻り、ここで起きた事を記録に残しながら余生を送ることになっている。

 それは定められた未来だが、不満はない。もし俺が生きている間に瘴気災害が起きなくても、あの家で先代の知識と知恵を学び、戦う力を養い、次代を育てることに生涯を捧げた。

 それが引き取ってくれたロス家に対する恩返しというものだ。


 もしも魔力含有量が多かったなら、冒険者として生きてみたかった。

 襲ってくる魔物を倒しながら、命のやり取りをするスリルを味わう。

 あの家にいる時には思いつきもしなかった道が、ここに来て初めて見えてしまった。

 己の腕のみで生計を立てる、不安定だがやりがいのある職業をいつしか夢見るようになった。

「今日は、このくらいにしておくか」

「きゅっ」

 最後の蜥蜴を切り捨てて、剣を仕舞うとサリも肩に飛び乗って毛繕いを始めた。

 影が長くなって徐々に暗さが増して来た。枝葉がない木々が生える森とはいえ、平地よりも夜が早く深い。

 日が暮れると流石に分が悪くなる。サリは夜目が利くが俺はそうもいかないから仕方ない。

 瘴気の噴き出し口に近い森の奥に入れば、濃い瘴気を吸収したもっと強い魔物が襲ってくる。戦いは楽しいが、決して死んではならない身だ。無茶は出来ない。

 今代の浄化者は俺しかいないのだから。





「はぁ……、はぁ……」

 剣を仕舞った途端、どっと疲労感が押し寄せる。

 おかしい、今までこんなことはなかったというのに。

 体が不調を訴え、特に背中が鈍い痛みを訴えていた。

「痛ってぇな、くっそ」

「きゅ、きゅ?」

 心配そうにサリが俺の首に尻尾を巻き付け頬を舐める。

「大丈夫だ。サリ」

 周りに魔物の気配がないのを用心深く確認した後、魔石と素材を集める。それから木に刺さったダガーと落としたバッグを回収して、拠点にしている家まで引き返した。 

 滑車に掛かるロープを引いて井戸から水を汲む。それを桶に移して顔を洗い喉を潤した。

 普通なら魔術で何とでもなるこういった小さな日常の不便も、俺にとってはいつものことだ。

 魔術が使える者と使えない者では日常生活の快適さに、天地ほどの差が出る。

 明かり、火起こし、水浴び、掃除や洗濯までも全て魔術で賄えるのは大変便利で羨ましいとも思う。勿論戦闘にも用いられ、高威力の攻撃が放てるのはとても魅力的である。けれど無いものねだりをしても仕方ない。俺には剣がある。それで十分だ。

 サリが自分も飲むと桶に顔を寄せて水を舐めた。濡れるのが大嫌いで、大きい入れ物から飲む時は盛大に腰が引けているのが何度見ても笑いが込み上げて来る。その可笑しさが具合が悪いのを一瞬忘れさせてくれる。魔物にはあんなに果敢に挑んでいくのに、ただ水を飲むだけにビクビクしているのが面白い。

 それにしてサリは何故瘴気の中で無事でいられるのだろうか。クシクシと顔を手で擦っているサリを見ながらタオルを絞って首に当てる。

 瘴気の中で魔化せず、苦しむこともなく、自由に動き回れるサリにはもしかしたら魔糸がないのかもしれない。だとしたらサリも浄化者なのか?

 だがそれを調べる術はないし、あったとしてもどうでもいい。

 今ここにサリと共にいる。それが全てだ。

「あーやべぇ、明日は熱が出るかもな」

 手に触れる体温が高い。背中が熱く疼く。この症状には覚えがあった。

 記憶に残る寒気と高熱の予感に、俺は慌てることなく療養の為の用意に取り掛かる。

 サリも俺の不調を察知してせっせと木の実を自分の寝床に運び、寝る準備を整えていた。

 どうやら一緒に引きこもってくれるつもりらしい。

「水と、タオルと……、食べ物は喉を通らんだろうし滋養剤を……」

 熱に備え手の届く範囲に水や食料を置いてベッドに倒れ込んだ。

「ったく、何で今更ぶり返すんだ」

 俺がここで死んだら、俺の左手首に嵌められた銀の土台に赤い魔石が嵌った浄化者の証である腕輪が外れ、ロス家の台座へ自動的に戻る。この腕輪は魔力を含まない人間にしか装着できない魔道具で、ロス家にある対の魔道具でこの腕輪の位置を確認できる。この腕輪は浄化者が災害地から逃げ出さないよう監視するための物でもある。今までの浄化者にはいないが、万が一災害地から逃げる浄化者が居たら、追っ手を向けられ瘴気の中に無理やり閉じ込められることだろう。瘴気を浄化できるのは浄化者だけなのだから。

 装着したら浄化が成功するか持ち主が命を落とすまで外れることはない。自動解除されるのは、この命が尽きた時だけ。

 腕輪がロス家に戻れば新たな浄化者を探し引き継がれる。

 ……けれど。

「今代の、浄化者は、俺だ……!」

 誰にも譲る気はないと、ぼんやりとしてきた思考の中で、それだけを強く思い意識を失った。


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