5 武器と採取
カラカラと低い音で呼び鈴が鳴り、少しすると物音がして奥の工房から背の低い髭を生やした貫禄のある中年の男が出て来た。
「……らっしゃい」
小さい挨拶に目で応え店内を見回す。
「いい品揃えだな」
思わず漏れた声に店主が無言で頭を下げた。
高い位置に展示してある剣や槍はかなりの業物。値段の安いものでもかなり出来がいい。
カウンターまで行って肩に乗っているサリを降ろす。
「こいつの武器が欲しい。可能か?」
ダガーは扱った事はあるが、やはりサリの攻撃の中心は蹴りだ。
出来れば足技を強化出来るものが欲しい。
「さりの、ぶき!」
サリはカウンターに座り店主を見上げる。
「その鎧は、防具屋のか?」
「そうです。この子の武器を作るならここがいいって聞いたので」
「そうか……。おい、触るぞ」
サリに向かって手を翳す。
「さわって、よし!」
なぜか偉そうにサリが許可を出した。それを気にせず店主はサリの体に手を伸ばす。
頭、背中、手、腹、後ろ足、腰まで丁寧に触って手を離した。
「戦闘にこっちは使うか?」
「あまり、つかわない!」
サリの手を触ると、元気に否定する。
「そうか、足技が得意だな?」
「さり、ける! つよい!」
今度は後ろ足を特に丁寧に触り、手を離した。
「今店にある武器はこいつに合わねぇし、手持ちの金属じゃ作れねぇ」
「駄目ですか」
「さり、ぶき、ない?」
落胆の雰囲気を感じたのか、サリが不安そうに店主と俺を交互に見つめる。
「先走るんじゃねぇ」
軽くサリの頭を撫でて店主は俺を見た。
「アンタ、冒険者だな」
「ああ」
「じゃあ、素材を採って来てくれ。そしたら作ってやる」
素材さえあれば作ってもらえるのか。じゃあ答えは決まっている。
「何を取ってくればいい?」
「ここから南に下った険しい山の中腹に魔鋼が採れる鉱山がある。ついこの間まで反対側のフィクロコズで瘴気災害が起きて採掘が止まってんだ。山自体は災害地に通じてるわけじゃねぇんだが、万が一ってことでな。そこで魔鋼を拾って来てくれ。獣の武器はその金属が一番馴染む」
「俺が見て分かるのか?」
「これと同じ色の石を拾ってきてくれればいい。掘る必要はねぇ。通路に転がってるはずだ」
爪先ほどの小さな青い金属の欠片。魔力が豊富に含まれているのが一目見ただけで分かる。
「見本に貸してやる。この袋一杯採ってくれば足りる」
「了解した」
小さな袋と見本の鉱石を借りてウエストバッグにしまう。
「さりの、ぶき?」
「そうだ。これを取って来たら作って貰える」
「さりの! やる、とる!」
「頑張ろうな」
「がんばる!」
俄然やる気になったサリが俺の肩に飛び乗り早く行こうと促してくる。
「待て待て、地図をやる。道もしばらく使ってないから獣が出るはずだ。気を付けろ」
すぐにでも出ようとする俺たちを店主が呼び止め、木片に簡易地図を描いて手渡してくれた。
最初の村で老人に見せて貰っていた地図があったお陰ですぐ位置を把握できたのが有難い。
「分かりました。行ってきます」
「いってきます!」
意気揚々と店を出た。
「ギルドの依頼を受ける前に別の用事が舞い込むとはなぁ」
まだ日は高い。鉱山までは徒歩で往復一日かかる道のり。今出れば明日の早い時間に探索を開始できると一度宿に戻り荷造りをしてすぐ街を出た。
今から出たら野宿になるが慣れているし、今更避ける理由はない。
「さりの、ぶき!」
街道を歩く俺の肩の上をサリが落ち着かない様子で行ったり来たりしている。
「そうだな、サリの武器だ。どんなのを作ってもらえるんだろうなぁ」
「たのしみ、たのしみ! さりのぶき、いずかとおそろい!」
「お揃いは無理じゃないか? 剣は振れないだろ」
「おそろい!」
お揃いがいいと地団駄を踏むのが小さい子供の我儘みたいで可愛く感じる。
「きっといいのを作ってもらえるよ」
くしゃくしゃと頭を撫でてやっていると機嫌を直した。
「依頼はまた今度だなぁ」
「いらいも、やる!」
なんだか目的に辿り着けず遠回りするのも冒険者らしい気がして、楽しくなって来る。
「サリ、楽しいな」
「たのしい! しゃべれて、よかった。たのしい」
「そうだな、サリと会話が出来るようになって嬉しいし楽しいぞ」
「さりも、うれしい。たのしい!」
結局俺は相棒となら何をしていても楽しいんだ。
浄化終了と共に全ての枷を外された俺は、今初めて自分で決めた人生を歩んでいる。
全てが目新しく新鮮で興味深い。慣れた野宿ですら楽しみで仕方がない。
だが、それはサリという最高の相棒がいてこそだ。
しばらく街道沿いを歩いてから山へ向かって逸れていく。
生き物の気配がする世界は賑やかで、人とすれ違うだけで未だに少し感動を覚えてしまう。
命を感じられる世界は色付いて見える。
瘴気で黒染められた闇の世界を知っているのは、現存する命の中で俺とサリだけ。
共有された経験が相棒との絆をより強く感じさせる。
途中で日が落ちる前に川の傍で野宿の準備を始めた。
夜ご飯は魚を捕って焼いて食べた。水が嫌いなサリは簡易結界の中から出て来ず、一人で魚を捕ることになった。
人が訪れないせいか、川の中にはたくさんの魚が居て、釣りというより狩りと言った方が正しい獲り方をして大量の魚を捕まえることが出来た。
「サリ、魚は初めてだよな」
支援物資でわざわざ魚を指定して貰うことはないし、あの災害地の川に居た魚は全て魔物。
食べる機会はなかった。
ぴちぴちと跳ねるたびにサリが怯えて逃げる様が可愛くて、笑いを堪えるのに必死だ。
魔物に腰が引けた事なんて一度もないのに。
「はじめて……、おいしい?」
コートの中に潜って出てこないサリが恐る恐る俺の手の上にある締めて動かなくなった魚に鼻を寄せ、またすぐ潜ってしまった。
「おいしいぞ」
「なら、たべる!」
俺がおいしいというのなら間違いないだろうと目を輝かせた。
信頼が嬉しくて擽ったい。
枯れ木を集め、石で囲って焚火を作り魔術で火を点ける。
周りに枝で刺した魚を並べていく。
俺の分は塩焼きに、サリのは素焼きにして焼けた分を皿の上で解してやった。
「骨があるからな、喉に詰まらせるなよ? 熱いから気を付けろ」
「さかな!」
サリは解した身に手で触り、温度を確認してから口に運ぶ。内臓は食べるか分からないから一応避けた。
「おいしい!」
「お、気に入ったか?」
「いっぱいたべたい」
「たくさんあるから好きなだけ食べていいぞ」
「たべる!」
俺が十匹、サリが五匹食べた。
ただ、サリは俺のより大きな魚を食べていたから量的にはあまり変わらないかもしれない。
器用に身を掴み零さないで食べる姿を見ていると、そのうち食器も使えるようになるんじゃないかと思えて来る。
片づけを終えて寝袋へ一緒に入り空を見上げた。簡易結界があるから天幕を持ち歩く必要がないのが楽でいい。
透明な結界越しに瘴気の中で見たより美しく輝いている星が見えた。
首元に体を寄せて顔を摺り寄せる。浄化魔術を掛けたのでサリの体はいつも通りふかふかだ。
俺はコートだけ脱いで体に掛け、野外活動用の丈夫な敷布の上に寝ている。薄くて軽いが造りはしっかりしていて、石の上に敷いても問題なく寝られる。これ無くして野宿は成り立たない。
俺の真似をして鎧を着たまま寝ようとしていたサリだが、寝るには窮屈だったらしく渋々脱いだ。
サリはいつもの右肩の位置で丸くなりながら、時々俺に体や頭を擦り付けて来る。
「サリ、星綺麗だなぁ」
「きらきら! たべれる?」
「あははは、食べられないなぁ。まず届かないよ」
「とどかない。つきも、まぁるくて、おいしそう」
「サリが好きなオランジに似てるよなぁ」
「オランジ! すき!」
「どっかで成ってたら採るか」
「とる! おらんじ、すき! いずかも、すき、すき!」
「俺もサリが好きだぞ」
「すき! いずかすき!」
喋れるようになったのに甘える時は今までのように高い声で甘え鳴きをする。
これがウサリスの愛情表現の鳴き方なんだろう。
「大きくなったのに子供の時と同じ鳴き方だなぁ」
「いずかにだけ、する。すき!」
「そうかぁ、俺もサリが大好きだ」
「だいすき! さりも、だいすき!」
新しい言葉を覚え大好きを連呼する。
体の上に乗る温かさと重みは何物にも代えがたい。
「この先の岩場を超えた先は何年も人が入っていない。獣が出る可能性があるから明日は戦うかもな」
「さり、つよい! かつ!」
「そうだな、二人で勝とうな」
「うん!」
擦り寄るサリを撫でながら目を閉じた。