1 洞窟探検
第二章スタートです。
毎週月曜日と金曜日の12時更新
フィクロコズの瘴気災害を終わらせた俺は自分の進むべき未来を賭け、示された新しい道へ足を踏み入れた。
この先に続いているのは果たしてどこなのか。
何もない行き止まりの洞窟なのか、それともフィクロコズに戻るのか、あるいは外の世界に続いているのか。どんな結果になるにせよ、もう少し冒険が続けられる。
洞窟内は湿度が高く足元が滑りやすい。フィクロコズのダンジョンとは随分違う。
壁側には水が流れていて鍾乳石が数多くみられる。時々足を止めそれを眺めてまた進む。
こんな光景は今まで見た事がなく全てが新鮮だ。景色をじっくり眺める時間なんて今までなかったから、それが出来ることがなんだか嬉しい。
「きゅぅ……」
時々滴り落ちる雫が嫌なのか、意気揚々と先を歩いていたサリは、早々に俺のコートの内側に入って顔だけ出している。
「お前本当に濡れるの嫌いな」
「きゅ」
返事をしたサリの鼻先に雫が落ちて来て、大げさに体を震わせ奥に潜っていってしまった。
ごそごそ動き回るサリがくすぐったい。ちょっと前までサリの体は拳二つ分しかなかったのに、今は倍の大きさになった。
掌にはもう乗らないがその分触れる面積が多くなり、体温をより多く感じられるから悪くない。
サリは潜っているうちに楽しくなったのか、探検だというように服の中を移動する。しばらく中から機嫌良さそうなくぐもった鳴き声がしていたが、服の背中にある破れた箇所から外に出て来た。
そういえば背中は熊に大怪我を負わされて服も盛大に破れていたのを思い出す。
サリは外に出て背中をよじ登って肩に乗り、すぐに降りてまた前の隙間からコートの中に潜って背中から出るを繰り返す。
「サリ、面白いのか?」
「きゅ!」
まぁ、サリが楽しいならいいかと好きなようにさせ洞窟を進む。
「外に出たらこれも着替えないとなぁ」
革鎧はさすがに予備がないけれどコートはある。大量に血がしみ込んだ跡がついたまま歩き回っていたら流石に驚かれてしまう。
どこかで着替えたいし、まだ汚れを落とせば着れそうな服はどこかで洗濯したい。
「あ、そうだ。俺もう魔術が使えるんだ」
確か汚れを落とすものがあったはずだ。俺には無理だったけどロス家の使用人が使っていたな。確か……。
「えーと、我が身の不浄を落とせ……ってうわっ」
足元から湧き上がった温かい魔力が全身を包む。肩に乗っているからかサリの体にも行き渡り魔力は消えていく。
体のべた付きも埃っぽさも拭われて、全身が身綺麗になった。
髪や頬を触っているとサリが嬉しそうな声を上げ、俺に擦り寄って来た。
「きゅきゅ!」
「おわ、ふかふかだな」
頬に触れるサリの毛並みはいつも以上にふわふわだ。
「きゅ!」
体を拭いてやった時の何倍もツヤツヤで、しかも何だか日干ししたようないい匂いがする。この匂いは癖になりそうだ。
「きゅきゅ!」
「すっきりしたのか? そうかそうか」
ぐりぐりと擦り付ける頭を撫でる。視界に入った手袋も血痕が付いていたはずなのに綺麗になっていた。
「魔術すげー」
こうした魔術の残滓が最終的に瘴気になると分かっていても、使わない選択肢はないほど快適だ。
「……なるべく、そうだな。大量の魔力を使うような魔術は使わないことにするか」
未来の浄化者の労力が少しでも減る様に微々たるものだが助力したい。
それに俺は剣で生きていきたい。
そんなことを思いながら進んでいると前方の岩陰に気配を感じた。
サリも気付いたようで肩の上で戦闘態勢を取り、俺と同じ方向を見ている。
「魔物……?」
一抱えほどもある蜥蜴が岩陰から出て来て、真っ黒な舌をチロチロと出して白い目でこちらを見ている。
「くそ、ここもダンジョン化してるってことか」
フィクロコズ側の瘴気が漏れ出ていたらしい。ショートソードを抜き構える。サリは俺の背中を素早く駆け下り、背後にあるウエストバッグの上で横向きに据えられているダガーを咥えて抜き足元に降りた。
「行くぞ」
「きゅ!」
同時に踏み出し左右に展開した。
「きゅきゅ!」
サリはダガーを咥えたまま上空へ跳び、落下の加速を利用して蜥蜴の頭に刃を突き刺した。少し浅かったようですぐ口を離し後ろ足で柄を踏み付ける。ダガーは頭を貫通して地面に蜥蜴を縫い付けた。
「きゅ!」
塵になって消えていく蜥蜴を確認してから得意気に俺を見た。
「おい、俺の出番」
「きゅい」
早い物勝ちだと言わんばかりに落ちた魔石と蜥蜴の皮を俺の方に後ろ足で蹴って飛ばす。綺麗に放物線を描いて俺が取りやすい位置に落とすのは流石としか言えない。
「ダガー、気に入ったのか?」
「きゅ」
地面に落ちたダガーを咥え戻って来て、しまっておけというように渡されたので腰に戻す。
「でもお前にはちょっと長いよなぁ。使いづらいだろ」
「きゅう」
ダガーはサリの体より少し短いくらいで振り回すには重くて少し扱いづらそうだ。
こういった刃物を使うのならもっと短い方がいい。けれどやっぱりサリの攻撃の真骨頂は強靭な後ろ足による蹴りだ。
もしも武器を使うならそれを活かせる物の方がいい。
「外に出られたらサリの武器を探してみるか」
「きゅ!」
手に持っていた魔石と皮を袋に収納する。落ちた魔石は随分小ぶりで人差し指の第一関節くらいしかなく、この大きさは最初に瘴気の森で倒した魔物から出た物より少し小さいくらい。
それなら瘴気が漏れ出してここの生き物が魔化したのはごく最近なんだろう。瘴気災害の時から漏れだしていたら、あの熊のような魔物とまた戦わなくてはならない。けれどそれはなさそうで安心した。
「魔物がいるなら全部狩って行った方がいいな。どっちが出口か分からないがとりあえず進んでみるか」
崩れた先の洞窟は左右に分かれていて、とりあえず右に進んでみた。しかし仮にこちらが出口だったとしてももう一度戻る必要が出て来た。
この後何年かしたら冒険者に依頼して残った魔物の掃討が始まるのだが、それまで野放しにしておくのも不安が残る。
一度ダンジョン化した場所は魔力が集まりやすく、新たなダンジョン生成地となる事が多い。
けれどここは天井に広く開いた大穴に繋がっていて密閉されない。だからこの洞窟は放っておいても再びダンジョン化せずに済む。
中の魔物だけ倒してしまえば安心できる。
魔術で灯した明かりを頼りに洞窟を進んで行く。蛇、蝙蝠、蜥蜴。数も種類もそれほど多くない。
新しいダンジョンならこんな物なのか。
少し広い部屋には瘴気の森の奥に居たくらいの、体長が俺の体ほどある蜥蜴が居た。それがこの場所一番の大物だった。
またしてもサリがあっさり倒してしまい俺の出番はない。親指の半分くらいの小ぶりな魔石と牙、爪が手に入った。
その部屋で右に進んだ道は終わっていたので来た道を引き返し、今度は左の通路を進んで行く。
一番強い魔物はもう倒したのでもはや脅威もない。一本道のたった一層しかない出来立ての突発ダンジョン程度、俺たちにとって恐れるに足りない。
やがて洞窟の先に日の光が見えて明るくなって来た。……外だ。
少なくとも行き止まりではなかった。
だが、今度は何処に繋がっているのかという期待と不安が同時に湧き上がった。
急ぎたいような、行きたくないような複雑な気持ちで歩みが緩む。
そんな臆病な俺の心を見透かしたようにサリが服の中から飛び降りた。
「きゅ!」
出口に向かって駆けていき早く行くぞというように俺を振り返る。
「すぐ行く!」
サリに勇気づけられ、持っていたバッグの持ち手をしっかり握り直して後を追いかけた。
「く、眩しい」
「きゅう」
並んで外に出て、眩しさに目が眩む。
「海……だ」
「きゅ」
出て来た穴は岩山の隙間にあった。足元には平らな大岩があって、緩やかな坂道となっている。そこを伝って歩いて海岸へ降りて行けた。
フィクロコズから見える荒れ狂った真っ黒な海とは違う。穏やかに波が押し寄せる美しい青色の海と白い砂浜。
「すげー……」
フィクロコズ以外の住人は、海へ船で出て魚を捕ったり泳いだりすると聞いていた。
そんなことをしたら死んでしまう。本当にそれが可能なのかと不思議に思っていたんだが。なるほど、こんな海なら出来る。
足元を小さな貝殻を被った甲殻類がちょこちょこと忙しそうに歩ている。
こんな砂浜も生き物もあの土地では見た事がない。
……ということは? ここはもうフィクロコズではない。
おれは、……自由だ!
湧き上がる歓喜の衝動を抑えることが出来ず、砂浜を駆ける。
「サリ、外だ! 一緒に冒険者やろうぜ」
「きゅきゅ!」
飛び跳ねるサリを抱き上げて海に向かって走り出した。