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【完結】一人と一匹。イズカとサリの冒険  作者: 中洲める
フィクロコズの瘴気災害
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1 登場 イズカとサリ

完結まで毎日12時投稿。

 木の上から飛び掛かって来た気配を感じ、俺は咄嗟に身を躱す。

 重い音を立てて地面に落ちた大蛇は俺に向かって鎌首をもたげた。

「でけぇな」

 口を開けて見える牙は鋭く、そこから滴った毒が地面を溶かしていて、触れたらただでは済まない。

 体は俺の太腿ほどもあって、捉えられたら一溜りもないだろう。

 黒い体と白く濁った眼は全ての魔物に共通する特徴だ。

 俺を威嚇する様に声を上げた大蛇の魔物は、勢いを付けて飛び掛かって来た。

「あっぶねぇ」

 毒の滴る牙を右手に持ったショートソードで逸らして躱し、左手に持ったマチェーテを大蛇の首に添える。

「おっらぁ!」

 硬い首を一気に斬り落とし、息を吐く。

 地面に落ちた頭はだらりと舌を出したまま虚ろな白い目から生気が失われ、しばらく藻掻いてた胴体もやがて動かなくなり、塵となって消えた。

 その体があった場所には親指くらいの大きな牙と、掌の半分くらいの大きさの透明な石が転がり落ちて来た。魔物から落ちる魔力を蓄えた結石ゆえ魔石と随分昔から呼ばれている。形は全て丸く、大きさで魔力の強さが変わる。

「デカい魔石だな」

 俺はそれを拾い上げることもなく、二本の剣を構え直し周りの気配を窺った。


 ここは黒い薄靄が立ち込める森の中。黒くなった葉がパラパラと音を立てて雨のように舞い落ちている。

 地面に落ちた葉は砕けて跡形もなく消え去った。黒靄の正体は瘴気であり、それに侵食された植物はこうして炭のように黒く硬くなって細い枝葉から崩れ落ちていく。本来は生い茂っている草はもはや無く、植物が砕けた塵が固まった地面は硬くて歩きやすい。草の多かった場所は黒く、そうでない場所は土がむき出しになった斑な地面の色をしている。

 俺はここで魔物を狩りながら独りで暮らしている。

 名前はイズカ・ロス。

 青い目と銀色の長い髪を一つにまとめたこの色は、黒に染まるこの森の中ではかなり目立つ。

 薄いグレーのロングコートの下にはベスト型の革鎧を身に付けていて、脚には丈夫な布のズボンに耐久力重視のブーツを履いている。

 日用品の入った片手で背負える口が大きく開く縦長のバッグは、魔物の気配を感じると同時に戦闘で巻き込まれないよう木の根元に置いてきた。

 背中側の腰に据えられたウエストバッグの中には細々とした薬品や救急道具が入っている。

 薄いグレーのコートを翻し、二本を携えて襲ってくる魔物を屠って行く。

 右手に持つショートソードは、武骨な意匠ではあるが硬くて加工が難しい希少な金属で造られており、突く刺すは勿論、かなりの業物で切れ味も抜群で使いやすい。

 対して左の剣は、柄の先端に簡易結界を張る青い魔法石が組み込まれたショートソードと同じ長さのマチェーテ。

 同じ金属で造られているがこちらは斬ることに特化した剣で左右別の働きをする。

 柄の先端に仕込まれた青色の魔石に溜められた魔力がある限り、手に持ってこの剣が届く範囲へ常に簡易結界を張ってくれる。

 結界の強度はそれほどでもないが、雨も弾く優れもので野外で活動するのに重宝する逸品。結界の形は俺の意思で自由に変えられて使い方は無限大で攻撃にも防御にも使える。魔石の魔力が無くなるまで使えて、新しい魔石を食わせればまた使えるようになる。ここでは簡単に入手できるから困ることはない。

「はっ!」

 上空から音もなく近づいてきた蝙蝠をショートソードで突き刺し、背後から近づいて来ていたもう一匹を体を反転させマチェーテで切り裂く。蝙蝠も蛇と同じように塵になって消え、後には肥大化した鋭い爪のついた翼と魔石が残された。

 そうしているうちに軽快な足音が近づいて来るのに気付き、俺は相棒の名前を呼んだ。

「サリ!」

 木の上を渡りながら他の魔物を倒して地面に着地した小さな獣が、俺の脇を風のように駆け抜けて行く。真っ黒な体に赤い目、長い耳と尻尾を持つ大人の拳二つ分の大きさしかないウサリスと呼ばれている小型のげっ歯類。

 ウサリスは後ろ足が発達していてとても素早い。長い耳で遠い場所の音を聞き分け、体と同じくらいの長さがあるふさふさの尻尾で、器用にバランスを取って木の上で生活をしている。

 本来は木の実や昆虫を主食にしている無害な生き物であるウサリスが、魔物を蹴散らしながら真っ直ぐ向かって走って来て、俺の肩を踏み台にして高く宙に跳んだ。

「頼んだぞ」

「きゅ!」

 俺の声に応えて、遠くから突進してくる魔物化した猪の横腹に、小さな獣であるサリが、空中で体勢を整え発達した後ろ足を揃えて蹴りを入れた。

「ブモォーーー!」

 分厚い毛皮に覆われた防御力のバカ高い猪が、小さなサリの放つ渾身の飛び蹴りを食らい真横に跳ね飛ばされた。

 サリの足跡の形が深く刻まれ胴体を歪められた猪は、そのまま勢いよく吹き飛んで、黒い木の幹に当たり少し蠢いた後、塵になって消えた。

 ころりと透明の石が転がり出て、長く尖った牙が二本その隣に落ちた。

 毎回必ず魔石が確定で出て、牙や爪などの固い部分が高確率で出現し、皮や鱗なども落ちる事があるけれどそちらは完全に運だ。

 たった一発であの大きな猪を殺すサリの蹴りの威力をまざまざと見せつけられた。

「お前、蹴りヤベーな」

「キィ!」

 言い方が気に入らなかったのか、サリが乗っている俺の肩を後ろ足で踏み鳴らして抗議する。

 タンタンと軽い踏み方が、怒っているようでいて、甘えているようにも見える。それがなんだか可愛い。

「ああ、悪い悪い。強いって意味だ」

 くしゃくしゃと頭を撫でてやると、肩を踏むのを止めて擦り寄って来た。

「きゅ!」

 サリを撫でながら落ちた牙と魔石を回収する。

「今回は毛皮なしか。猪の毛皮は温かくていいんだよなぁ」

 俺が気に入っているラグは猪の毛皮で作ったものだ。クッションももう一つ欲しかったんだが残念だと思っていると、サリの尻尾が首に巻きつく。

 サリの黒い毛と俺の縛った長い銀髪が絡み合う。正反対の色合いなのになぜか馴染む気がする。目も俺のはサリと真逆の青だ。

「きぃ」

 毛皮なら自分を触れと、自慢の尻尾で俺の顔を軽く叩く。

「はいはい、サリの毛が一番手触りがいいよ」

「きゅ」

 顔を摺り寄せるサリが望むまま撫でてやる。


 自分以外は終わった命の抜け殻しかいない場所で、血の通った温もりが有難かった。


 俺が今いるフィクロコズと呼ばれるこの地方は、大陸の最南端に位置し、四方を険しい山と断崖絶壁の海に囲まれていて、外からの侵入も内からの脱出も不可能なことから、大陸最果ての地と呼ばれている。

 ここでは百年に一度、地下から瘴気が噴き出し自然や生き物に甚大な被害をもたらす災害が起きる。


 瘴気とは、異なる属性と魔力が混じり合う時に生じる副産物の混合体が地下に沈殿し、時間をかけて有毒な魔力へ変化したものを指す。

 それはゆっくりと大陸の地下を流れ、行き止まりであるフィクロコズの地中深くで留まる。やがて時が経ち許容限界を超えると地上に噴き出す。


 この世界の生き物は全て、呼吸をするように魔力を取り込んで生きていて、吸収された魔力は、体内に張り巡らされた網目状の特殊な器官である魔糸(まいと)に絡み蓄積される。

 魔糸の密度には個体差があり、細かいほど魔力含有量が多い。


 瘴気も有害ではあるが魔力であることに変わりなく、魔力よりも濃いせいで体が優先的に取り込んでしまう。

 体内に入った瘴気は魔糸に絡み付き、毒素を全身に行き渡らせて、取り込んだものの肉体や脳を侵食していく。

 そして最終的には感染したものを、知性を失った化け物へと変貌させる。


 けれど瘴気を取り込んだからといってすぐに変容が始まるわけではない。濃度や吸い込んだ量によって症状は進行していく。

 第一段階は体内に侵入した毒素で息苦しさ、頭痛や吐き気、酷い倦怠感などの異常が体に生じる。この時点では瘴気の無い場所に逃げれば、肉体本来の浄化作用で毒素は抜けていく。

 第二段階は内部を瘴気に侵され体の色素が黒く染まる。ここまで進行してしまうと治療は不可能。この現象を魔化という。

 そして最終段階。目が白く濁り脳まで毒素に侵される。魔力含有量の少ないものはここで息絶え、多いものは魔化が完了する。

 魔化が完了した生き物を総称して魔物と呼ぶ。


 魔物は動いてはいるが、自分の住処を守り、侵入者を殺そうとする衝動だけが残された命の抜け殻でしかない。


 今のところ魔物と化した人間の話は聞いた事がないのだが、実際に居たら俺は斬れるのだろうか。


 そんなことを考えながら落ちた魔石や素材を拾っていると、サリを撫でていた指を噛まれた。

「痛っ! 何で噛むんだ」

 手加減されているので血は出ないが手袋越しでもそれなりに痛い。

 なにせサリの小さな前歯は凶器といっても過言ではないほど強く鋭い。

「きゅう」

 もういいと文句を言うように鳴いて、拗ねた様にサリは俺の手から抜けていく。

 考え事をしていて撫でが疎かになっていたのが気に入らなかったみたいだ。

「悪かったって。サリ!」

「きゅきゅ!」

 肩から降りてしまったサリは家がある方向に向かって走って行ってしまう。

 魔石や素材を拾い集め、慌ててサリを追いかける。

「晩飯には木の実増やしてやるから機嫌直せって」

「き!」

「えーと、クルミツ二つ! いや三つでどうだ」

 硬い殻に包まれた栄養価の高い木の実。

 普段は油分が多いから腹を壊してはいけないと一つ以上あげた事のないサリの好物。

「きゅっ」

 二つでは振り向かなかったサリは、三つの声でこちらを見て、それで許してやるというように後ろ足で地面を蹴って肩に飛び乗った。

「ふー、やれやれ。俺の相棒は気難しいなぁ」

 今度こそしっかり撫でろよと圧を込めて頭を擦り付けるサリを撫で回す。

 黒い手触りのいい毛皮の下は血が通い、温かい。

 サリはいいぞもっとしろというように擦り寄って来たから、俺は気が済むまでサリを撫でてやった。


挿絵(By みてみん)

相方の御殿えぬ様(@gotenenu)に初投稿記念に頂きました。

格好いい!

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