8.幼馴染
「私もプレゼントを持参するのは母上とルーの2人だと思っておりましたので、父上から登城の準備をするよう言われて大変驚きました。王都に来るのも初めてなのに、登城しさらにグレイシア姫にお会いできたとあって、大変緊張しております。」
ヴァレリアンくんは、とても緊張しているようには見えない堂々とした話し方で言った。
「ヴァレリアン様、私達は従兄弟ですから私のことはレイスとお呼びください。それとヴァレリアン様のことも、ルーお兄様と同じようにヴァリーお兄様とお呼びさせていただけると嬉しいのですが、よろしいでしょうか?」
3歳になり乳母とお別れしたばかりなので、新しい知り合いができるのはとても嬉しい。以前スカーレット様の言っていた、養子にしたすごく優秀な子というのがこのヴァレリアンくんなのだろう。
「レイス姫、ありがとうございます。実は先ほどレイス姫が『ルーお兄様』と言いながら目を輝かせてこちらへいらっしゃるのを見て、ルーを羨ましく思っておりました。ヴァリーお兄様と呼んでいただけるのは大変光栄です。」
そう言ってくれたヴァリーくんこそ、キラキラとした目をしていた。その柔らかさと力強さを併せ持った笑顔は、見ている人に安心感を与える不思議な力があった。
「ありがとうございます、ヴァリーお兄様。あと言葉遣いについても、あまり難しい表現は分からないので、簡単な言葉で話してくださると嬉しいです。ルーお兄様もぜひ、もっと楽に話してください。」
「ああ。」
「分かりました。3歳の従姉妹と話すのにふさわしい言葉遣いを心がけますね。」
王族として、この2人との適切な距離感について考えたところ、好きなだけ仲良くなって大丈夫だという結論に至った。
まず、年の近い従兄弟という仲良くする理由がある。特定の異性と仲良くすることに批判が出る可能性もあるが、爵位を継がない3男4男は私の結婚相手になることはない為、最小限の批判で済むだろう。ヴァリーくんが養子であることを指摘する人がいるかもしれないが、それを跳ね除けられる公爵家の身分がある。
恐らくお父様お母様から見ても、私と仲良くさせるのにちょうど良い相手なのだろう。
優秀で身分も高いので、騎士になれば王族の護衛騎士に配属されるのは間違いない。私に遠慮なく発言できるくらいの仲になれば、お目付け役にぴったりだ。また、能力・身分・外見の三拍子揃った人材を側におくことで、中途半端な男性が私のお近付きになろうと寄って来るのも防げる。
うっかり私が2人のどちらかに恋に落ちる可能性はあるが、将来は他国の王族と結婚するのだと2歳から教え込まれてきたので、密かな片想いで終わるだろう。
「お兄様たちは、もうティータイムは済みましたか?」
「実はまだなんだ。レイス姫と美味しい誕生日ケーキか食べられると聞いて、お腹を空かせて来たんだよ?」
2人に質問をしたところ、応えてくれたのはヴァリーくんで、早速砕けた口調に変更してくれていた。爽やかな笑顔と共に発せられた優しい声色に、部屋の中が穏やかで和やかな空気でいっぱいになった。
「ならすぐにお茶にしましょう。お祖母様が用意してくださった、とびきり美味しいタルトなんです。」
こちらも言葉遣いを変えるか迷ったが、まだ先生から教わっていないので止めておいた。簡略化した話し言葉を習うことはないだろうけど、簡単な話し方をして良い相手が誰なのかは、いずれ習うだろう。
お茶の用意を待つ間に尋ねると、今夜の2人は舞踏会終わりの公爵夫妻と一緒に向かいの客室に泊まる予定とのことだった。なので、夕食後のお茶までは2人と一緒に過ごせるだろう。
お話し好きなヴァリーくんのおかげで楽しいティータイムを過ごした後、3人並んで庭園を散歩していると、遠くからワルツが聞こえてきた。なんとなく同時に立ち止まって、夕日で赤く染まった花壇を眺めながら、美しい音色に耳を傾けた。
「もう舞踏会が始まったみたいだね。レイス姫も舞踏会に憧れたりするのかな?」
「はい。舞踏会の中でも特に、デビュタントは女の子にとって、とても大切な日だと聞きました。参加できるのが今から楽しみです。」
ヴァリーくんに聞かれて返答に迷った結果、無難な答えで誤魔化した。前世でデビュタントは経験したし、経験したところで何かが大きく変わる訳でもないことも理解した。
デビュタントが重要になるなのは、仕事には就かず、社交を主戦場として生きる予定の上級貴族の令嬢たちだ。騎士に内定していた私には、準備にかかる時間やお金に見合う価値のある会だとは思えなかった。
今世でも、私の結婚相手は陛下か議会に決められるはずなので、デビュタントに力を入れる必要性を感じない。でもそんな回答は3歳には相応しくないので、とりあえず前向きな言葉を選んだ。いや、高見の見物のつもりで人間観察をしたら、案外楽しいかもしれない。
「そっか。レイス姫、もしデビュタントまでに婚約者が決まっていなかったら、ファーストダンスは僕と踊ってくれる?」
のんびりと前世を思い出していたら、ヴァリーくんから提案があった。少し驚いて考えを巡らせてみたが、私やお父様お母様にとっても、ルーくんかヴァリーくんにお願いするのが最善の選択になるだろう。ありがたい申し出に感謝を伝えようとヴァリーくんに笑顔を向けようとしたら、ルーくんが間に入って来て、ヴァリーくんが見えなくなった。
「ヴァリー、ファーストダンスの相手がこんな美男子だと、レイス姫との関係に妙な誤解を生む可能性があるぞ。幼馴染で従兄弟で、その頃にはレイス姫の護衛騎士になっているはずの俺が適任だよ。」
「何言ってるの、まだ13年も先だから僕もしっかり幼馴染になってるし、既に従兄弟だし、レイス姫の護衛騎士にもなっている予定だから、条件は一緒だよ? 容姿だってルーが無頓着なだけで、今日みたいにちゃんと整えたら、ルーもしっかり美男子だからね?」
見目麗しい2人の少年がお互いを褒めながら言い争う様子は、微笑ましかった。
「俺にはヴァリーのような愛嬌はないから、地味で目立たない騎士のことなんて誰も興味を持たないよ。それに対してヴァリーはどこへ行っても人気者になるから、ヴァリーに恋焦がれる女性陣からの嫉妬とかで大変に違いない。」
「それ本気で言ってるの? 寡黙な騎士なんて、女性が好む物語の中で、キラキラ王子様の次に人気じゃん。もっと自分を客観的に見れるようにならないとね。」
2人の言い合いが楽しくてずっと聞いていたかったが、庭園の真ん中に立ち止まってする話でもないので、切り上げてもらうことにした。
「ふふっ、2人ともありがとうございます。ファーストダンスの相手は、その状況になったときに、2人のうちでより相応しい方にお願いしますね。そろそろ暗くなってきましたので、護衛騎士になってくださるかもしれない2人に、先ほどの部屋までエスコートをお願いできますか?」
「仰せのままに。」
2人にお願いをしてみると、すぐにルーくんが応えて左手を握ってくれた。
「俺は絶対にレイス姫の護衛騎士になる。そう考えている理由も後で説明するから、ちゃんと守らせてくれよな?」
ルーくんの言葉に頷くと、今度はヴァリーくんが右手を握ってくれた。
「僕にも騎士を志す理由があるので、後で聞いてくれたら嬉しいな。寒くなってきたし、とりあえず早く中に入ろうか。」
そう言って3人で手を繋いで、聞こえてくる音楽に合わせながら歩いて、庭園を後にした。
夕食の時間もヴァリーくんの提供する明るい話題で楽しく過ごし、応接室へ戻って食後のお茶をいただくことになった。お茶の用意は裏切り侍女のノアが担当していて、焼菓子の盛り合わせと紅茶が出された。
ノアが淹れた紅茶は、悔しいけれど非常においしい。お母様もとても気に入っていたようで「ノアはお茶を淹れるのがとっても上手で、特に甘い香りのするハーブティーが絶品なの。心配ごとがあってもあれを飲むとぐっすり眠れるからお勧めよ。」と言っていた。恐らく睡眠薬の入ったハーブティーを、薬が入っているとは気付かずに愛飲していたようだ。
私は薬を盛られる可能性が低くなるように、ハーブティーは口に合わないと言い張って、特定の茶葉の紅茶以外は飲まないようにしている。ノアが淹れた紅茶を飲むときは、色や香りや味に違和感がないか細心の注意を払っているが、いつも極上の味で提供してくれる。
温かくおいしい紅茶に心がほぐれたところで、ルーくんが騎士を目指す理由を話し出した。
「俺が騎士を志した理由は、以前騎士に護ってもらったことがあるからなんだ。詳細は話せないけど、オーブリー様と母上と一緒にいたときに事件に遭って、オーブリー様の護衛騎士に救われたんだよ。」
当時の私の使った魔法が機密事項なので、ルーくんは口止めをされているのだろう。また、命に関わる話を3歳児に言うべきではないという判断もあるようで、とても慎重に言葉を選びながら話してくれた。
「そのとき助けてくれた騎士の1人がグレイシアという名の女性騎士だったから、同じ名前のレイス姫を護ることで、助けてもらった恩返しができると思えるんだ。オーブリー様からも、騎士を目指すならぜひレイス姫の護衛騎士にと言われているし、他の選択肢はないよ。」
「そうだったんだ、女性騎士のくだりは初耳だよ。」
ルーくんは重たい話にならないように気を付けて話してくれて、ヴァリーくんも明るく返した。
私は嬉しさや恥ずかしさも感じつつ、あの事件がルーくんの心にずっと影を落としているのだと感じて苦しくなった。あのときの私の行動が、ルーくんの人生を縛り付けてしまったかもしれないと思うと、申し訳なさが次々とこみ上げてきた。そんな状況を顔や態度に出さないのに必死で、取り繕った微笑みで「ありがとうございます。」だけ、どうにか伝えた。
私がうまく会話を続けられずにいると、今度はヴァリーくんが、騎士を目指す理由を話してくれた。
「ルーの話がかっこよすぎて続いて話すのが恥ずかしいんだけど、僕も騎士に助けてもらったことがあるんだ。僕は養子で公爵家に引き取られる前は孤児院にいたんだけど……あ、養子とか孤児って言葉の意味は分かる?」
まだ心がうまく切り替えられていなかった私は、声を出せずに頷いて返事をした。
「僕は孤児院に入る前のことを覚えていないんだ。1番古い記憶が、騎士に手を引かれて孤児院の扉を叩いたところ……その手が温かくて、不安を溶かしてくれて、すごく安心したっていう記憶。だから、騎士に対して尊敬や憧れの気持ちが強くて、同時に騎士の仕事の過酷さが心配でね。僕は駆け引きとか根回しとかの知略勝負がわりと得意だから、騎士団の上層部に入って、議会を相手に騎士の待遇改善の交渉をしたいんだ。」
ヴァリーくんは柔らかい笑顔を浮かべながら、力強く話してくれた。
「それは立派な志だけど、今のは騎士になりたい理由であって、レイス姫の護衛騎士になりたい理由ではないな。」
すかさずルーくんが怒ったように指摘したが、ヴァリーくんは柔らかく微笑んだまま続きを話した。
「ルーの言う通り、僕は護衛騎士になりたい訳ではないな。ただ、高位貴族出身の騎士は王族の護衛に就くのが通例だということと、今こうして一緒の時間を過ごしているのは将来的にレイス姫の護衛になる予定だからじゃないかと、予測しただけだよ。」
「確かにオーブリー様は、俺に対して望んでいるのと同様に、ヴァリーにも護衛になってほしいとお考えだろうな。でも、もし今後レイス姫にごきょうだいがお産まれになったら、ヴァリーはそちらの護衛になるだろうな!」
ルーくんは渋々といった様子で一緒に護衛騎士になる可能性が高いことを認めたが、すぐに異なる可能性に気付き、途中から少し嬉しそうに話した。
「そうだね。もちろん僕も騎士なら何でも良い訳ではなくて、自分を助けてくれた騎士のように子供を助けたいと思っているから、年少の王族の護衛は希望に合ってるよ。とは言っても、今日お城の騎士の制服を見たら記憶の中の騎士の服装と違ったから、僕を助けてくれたのは騎士ではないどこかの貴族家の私兵とかだったのかもしれないんだけどね。」
ずっとにこやかだったヴァリーくんが眉を八の字にして、カップを持ったまま動きを止めて、遠い目をした。
「そうなのか。まあでも騎士の待遇が良くなれば、武力を行使する他の職業も働きやすくなる可能性が高いし、きっとヴァリーの恩人にも良い結果が波及するさ。」
見かねたルーくんが、ヴァリーくんの口にクッキーを押し込みながら言った。血の繋がりはなくても微笑ましい兄弟の様子を見て、私も少し心が軽くなった気がした。
「うん、ありがとう。そうなると良いな。いや、そうなるように頑張らないとな。ルーはどうなの? 生涯現役の護衛騎士でいるつもり?」
「いや、俺も騎士として腕や身体が鈍ったら、引退して魔法研究の道に進むよ。特殊魔法の研究して、レイス姫も騎士たちも護れるような魔法を作りたいんだ。もちろん騎士として現役でいられる間は、レイス姫が留学しようと外国へ嫁ごうとお傍にいるつもりだけど。」
「ふうん。家庭教師の先生が、既にルーの魔法は基礎学校の範疇を遥かに越えて魔法科の首席と同等だって言ってたけど、それもレイス姫を護る為だったんだね。熱量が高すぎて、ちょっと怖いくらいだ。あ、ごめんね難しい話をして。ええと、5歳になると魔法が使えるようになるのは知ってるかな?」
もちろん知っているし今までの話は全部理解できていたけれど、3歳児らしく一部分かってないふりをして、詳しく話してもらうことにした。
「5歳から6歳になる年に基礎学校に入学するんだけど、魔法の授業では基本的な火と水と風の発動と、その威力や形状を調整する方法を学ぶんだ。基礎学校は生活に必要な基本を覚える学校だから、暖炉に火を付けたり、お風呂にお湯を張ったりするような、身近な魔法を習得できるんだよ。」
「確か、暖炉に火を付けるには火だけでなく風も必要なのですよね? 侍女が話しているのを聞いたことがあります。」
「うん、よく知ってるね。レイス姫は自分で暖炉を付けることはないだろうけど、火と水と風を操作できるようになるのが目的だから、しっかり覚えるんだよ?」
ヴァリーくんがそう言って笑うと、続きをルーくんが引き継いだ。
「基礎学校を卒業すると、希望者は専門科へ進学できる。そこで習う魔法も、農業科なら広い農地に効率的に水やりする魔法だったり、家政科なら絨毯の埃を取り除く魔法だったり、騎士科なら攻撃や盾の魔法だったり、基本的に火と水と風の魔法なんだ。」
「例外なのが、火や水や風の代わりに魔法陣を使う魔法でね、特殊魔法って呼ばれているんだ。魔法科を卒業した研究者たちが、暮らしを便利にする新しい魔法陣を作っているんだよ。例えばそこの暖炉にも描かれているけど、あれは暖炉の火が外に燃え広がらない魔法だね。ルーは既に国内で知られている全ての魔法陣を描けるらしいよ。」
そう話すヴァリーくんが誇らしげで、思わず笑い声が漏れた。
「ふふっ、魔法に詳しい騎士なんて、かっこいいですね。」
「そうでしょそうでしょ? ルーはかっこいいんだよ!」
「なに言ってんだ、剣の腕前はヴァリーの方が上なのに。そうか、それを言ってほしくて、わざと俺を褒めたんだな。」
お互いを褒め合う兄弟はとてもかわいらしく、笑い声が止まらなかった。
「ふふふっ、それでしたら、王都にいる間は一緒に稽古を受けませんか? 3歳になったので来週から護身術を習うのですが、その先生が以前お母様の護衛騎士だった方なのです。」
「護衛騎士だった方にご指導いただけるなんて、願ってもない機会だ。お誘いありがとう、ぜひご一緒させてほしい。」
「僕からもお願いします。ルー、良かったね。そしたらさ、僕たちが持って来たプレゼント、今から開けてみない?」
ヴァリーくんの提案で、ずっとサイドテーブルに積まれたままだったプレゼントを開封することになった。話の流れを唐突に感じたが、ルーくんが用意してくれたプレゼントを開けて、謎が解けた。
「この靴は領内でも人気の職人の作で、俺たちも剣の訓練中に履いている運動用の靴なんだ。これはレイス姫の今のサイズで作ってもらったもので、もうひと回り大きいのも依頼中だから、サイズが変わる頃に届けるよ。履き心地は保証する。」
「僕からは外国の厄除けの人形だよ。赤紫の毛糸に翡翠の目だから、聞いていたレイス姫の特徴と一緒だなって思って選んだんだ。翡翠だけでも厄除け効果はあるんだけど、この形と赤紫色がお守りとしての効果を高めるんだって。僕がレイス姫の騎士になるまで、この人形が代わりに姫を側で守ってくれるようにと思ってね。」
「2人ともありがとうございます。この靴と人形に、しっかり守ってもらいますね。早速、この靴を試しに履いてみても良いでしょうか?」
残りのプレゼントを開けるよりも先に靴の試着をしたいと伝えると、ノアから止められた。レディは男性の前でドレスをたくし上げてはいけないとのことだったので、近くの空いている客室で履き替えることになった。ノアと2人きりになるのは抵抗があったが、廊下に護衛が2人いるので大丈夫だろうと考えて、急いで靴を履き変えて応接室の前へ戻った。
「ルーお兄様、ヴァリーお兄様、お待たせしました。」
廊下から声をかけたが、中から返事がなかった。
「グレイシアです。靴を履き替えて来ました。扉を開けても良いでしょうか?」
城の作法が分からないのかもしれないと思い、返事のしやすい質問に変えてみたが、やはり返事がなかった。心配になったので、もう1度声をかけてから、護衛騎士たちが扉を開けて中を確認した。
「お2人とも、お疲れで眠ってしまわれたようです。」
騎士からそう報告を受けて、急に廊下の温度が下がったように感じた。私も部屋の中に入って確認すると、ソファにお行儀良く座ったまま穏やかに寝ている2人と、先ほどまで飲んでいた紅茶とは違うティーカップが目に入った。甘いハーブティーの香りに、幸せな時間はノアによって強制的に終了させられたのだと理解した。




