7.3歳の誕生日
お母様とお茶をした2日後、私は再びお母様の部屋を訪れていた。朝食時にお母様に、誕生日にいただく予定の『小さなお部屋』の設計図が描けたことを伝えたところ、昼食後に部屋に届けるよう言われたからだ。
部屋の設計図は会心の出来で、大人も入ろうと思えば入れるけど不快に感じるだろう広さ・高さに設定した。中に入りにくい代わりに、家のような三角屋根を設置し、その片側を跳ね上げれば中を覗き込める仕様にしている。
わざわざ中の様子を見えるようにしたのは、大人が中に入って来て細かく確認されるのを防ぐ為だ。私が綺麗に使っていることさえ分かれば、侍女や先生が干渉してくることはないだろう。扉も窓も開閉できる仕組みなので、中にいるときはなるべく開けたままにして、隠し事がなさそうな雰囲気を出すつもりだ。
表向きはぬいぐるみさんたちとお茶会や勉強会をするお部屋なので、子供用の椅子が4脚と机、サイドテーブルとチェストを依頼する予定でいる。もし王宮大工さんの中に細かい作業の得意な方がいるなら、さらに木製のティーセットもお願いするつもりだ。
ちょっと賢いだけの3歳児を演じないでも良い空間を得られるなら、多少の苦労は厭わない。うっかり難しい言葉を使わないように、子供らしい言葉を選びながら、無邪気な王女を演じるのは苦痛だ。簡単な本を読むだけでも、出てくる単語が今世では習ったかどうかを判断しながら、知らないフリをしながら、読み進めていくのは苦痛だ。
生まれ変わりのことを隠して生きていくと決めたのは自分だから文句はない。ただ、できるだけ心穏やかに過ごしていきたいだけだ。
お母様の部屋に着くと、2日前と同様にすぐ中に通された。
「グレイシアが参りました。」
入り口で挨拶をすると、今日は部屋の応接セットに案内された。
「レイス、いらっしゃい。せっかくレイスが来てくれたのに、今日はゆっくりお茶をする時間が持てないから、食後のお茶だけなの。」
お母様は申し訳なさそうに言った。
「いいえお母様、お時間を作っていただけて嬉しいです。早速ですが、小さなお部屋の絵を確認していただけますか?」
私は持参したお部屋の設計図をお母様に渡した。
「まあすごい、こんなに分かりやすい絵、よく描けたわね。1人で考えたの? それともアルマに相談したのかしら?」
「アルマに色々教えてもらいました。」
実際は描き終えた絵を見せて意見をもらっただけだが、私の能力が高すぎると思われないように、アルマのおかげにする。
「大人が上から中を見られる仕組みが素晴らしいわ、レイスはとても賢いわね。王宮大工さんたちがね、きっとこの絵の通りに完璧に仕上げてくださるわ。」
お母様は設計図の完成度に大喜びで、側にいた侍女にも自慢気に設計図を見せた。
「レイス姫はさすがでございますね。王宮大工をしている友人から以前聞いた話ですが、王宮大工は城から調度品まで取り扱うので飽きない仕事であるものの、基本的に修繕ばかりで新しいものを作る機会がめったにないそうです。なので、彼らがこの絵を拝見したら、大喜びすると思いますよ。」
その後もしばらく絵を見ながら会話が弾み、絵はお母様の侍女がそのまま王宮大工に届けてくれることになった。
「さて、私はもうお茶を飲み終えてしまったから、そちらの机で執務に戻るわ。でも一昨日のクッキーもまだ残っているし、レイスさえ良ければ、しばらくゆっくりしていってちょうだいね。」
「お母様、ありがとうございます。ではクッキーをいただいてから、少しテラスに出て庭園の様子を楽しませていただきます。」
お母様からのありがたい申し出に感謝を伝え、テラスに出る際にどう行動するかの作戦を立てた。というのも、このテラスに出る扉に、前世の自分が隠した武器が設置されているのだ。
元々王族の居室には、緊急時に備えて武器がいくつか仕込まれている。例えば応接セットでお母様が座るソファの座面と背もたれの間には小型のナイフが、執務机の引き出しにはもう少し大きい小剣が置かれている。他にも暖炉の横の銅像は女性が握りやすい太さで、大きめの台座が重く、ハンマーのように使える。このような武器の管理・手入れも前世の私の職務であった。
前世、テラスでお茶をする機会の多いお母様の為にテラス付近にも武器を隠すことを考えて、テラスの扉の窓枠に針を隠したのだ。もちろん仕込んだ武器の情報は、護衛対象や他の護衛騎士と情報共有することになっている。しかし、ここにあるのは試しに置いてみた私物の針だ。翌日からお母様の慰問へ同行する予定だったので、帰城後にその報告書と一緒に登録するつもりだった。城へ戻って来ることなく儚くなってしまったので、私しか知らない秘密の武器になってしまったのだ。
1年ほど前にその存在を思い出し確認したところ、下から見上げると針の装飾部分が少し見えた。当時はまだ身長が足らず手が届かなかったが、今は10センチ以上大きくなった。手先も器用になったので、お母様や侍女たちに気付かれずに手に入れることができるだろう。
しばらくクッキーを頬張りながら、お母様が執務に集中しだす頃合いを見てテラスに出ることにした。
「お母様、執務中に失礼します。少しテラスから春の花を楽しませていただきますね。」
「ええ、一昨日よりもクロッカスが多く咲いていて見事よ。」
お母様は私と会話をしながらも、手元に集中している様子だった。2人いた侍女のうち1人が子守役として私をテラスへ案内してくれて、もう1人がテーブルを片付け始めた。
「やはり外はまだ冷えるのね。ひざ掛けか羽織りものはあるかしら?」
テーブルを片付けていた侍女が茶器を下げるために退室したのを確認してから、テラスに案内してくれた侍女に尋ねた。
「はい。ただ今お持ちしますね。」
お母様付の優秀な侍女は、私がテラスへ出ると話した直後にひざ掛けを用意して、私がクッキーを食べている間にそれを暖炉の側で温めてくれていた。暖炉の側まで行き、ひざ掛けを手に取って振り返るまで十数秒といったところか。私もそっとテラスの扉へ近付いた。
そっと窓枠を上に押し上げ隙間に指を入れると、懐かしい装飾がしっかり顔を出した。もう一度室内をさっと目をやり、お母様も侍女もこちらを見ていないことを確認してから、装飾部分を掴んで一気に針を抜き取る。懐かしい武器は記憶にあるより大きく重く錆びているように見えたが、しっかり確認するのは後にして、急いで袖の中へ隠した。
肌もドレスも傷付けないよう丁寧に針を袖の中へ入れ終えるのと同時に、部屋の扉がノックされた。これからお父様がこの部屋を訪ねて来るそうで、私もこのまま同席してほしいとのことだった。
「オビー、レイス、突然すまない。2人に大事な話、お願いがあるんだ。」
「あら、何事かしら?」
お父様は少し曇った表情で話し始めた。どうやら私たちに言いにくい話があるようだ。対するお母様は思い当たることがないようで、いつも通り朗らかだ。
「今年のデビュタントの王宮舞踏会が大雪で延期になっていただろう?代わりの舞踏会の日が、レイスの誕生日になりそうなんだ。」
「ダメよ! 他に364日もあるのに、どうしてそこに重ねるの? レイスの誕生日を祝うディナーのために、両陛下も予定を開けてくださっているのよ?」
仕方ないと思いながら聞いていたので、お母様が怒ったことに驚いた。お母様が怒りの感情を表に出すのは珍しい。
「ああ、両陛下からも別の日程で調整するように指示があったよ。だけど今年は他国の王族の婚姻が多くて、両陛下と私の3人でそれぞれ2国ずつの式典に参加する予定だから、3人がアストラーデに揃う日がほとんどないんだ。今も父上が不在だし、父上が戻る頃には私が出かけているはずだし、レイスの誕生日を逃すと5月になってしまうんだ。」
お父様はお母様の怒りを落ち着かせるためか、努めて穏やかに話しているように見えた。
アストラーデは、大陸中を舞台にした長い戦争に勝利したことで、10年ほど前から大陸一の大国となった。なので各国から式典の主賓として招待されることが多い。
婚姻の儀や披露宴に加えて関連行事の全てに参加する場合は1週間ほど滞在することになるし、遠方の国には移動だけで片道10日以上かかる。そんな中で私の誕生日だけ3人とも国にいるのは、恐らく偶然ではないだろう。
重要な式典だけ参加してから誕生日に間に合うように途中帰国、または誕生日の翌日に出発して途中参加の予定で調整したはずだ。もしくは陛下の滞在可能な期間に合わせて関連行事の日程を決めた国もあるかもしれない。
天災が理由とはいえ、今さら予定を変更するのは国家間の信頼に関わることだ。どう考えても私の誕生日より重要だ。
デビュタントに関しても、アストラーデの社交シーズンが1月下旬から5月末であることを考えると、私の誕生日の4月でも遅すぎる。特に高位貴族には、デビュタントと同時に婚約発表をしてシーズン中に婚姻の儀まで済ませる方もいる。どう考えても私の誕生日より重要だ。
「分かりましたお父様。ぜひ、私の誕生日に舞踏会を開催してください。」
内容が3歳にしては大人びているので、なるべく無邪気な話し方になるように気を付けて、満面の笑顔で発言した。
「貴族のお姉様方にとって、デビュタントはその生涯の中でとても大切な日だと聞いたことがあります。私の誕生日は毎年あるので何度でもお祝いできますから、どちらを優先するべきかは明らかですわ。」
「レイス、物わかりが良いのはあなたの長所だけれど、3歳の誕生日は1度しかないのよ? あなたが誕生日の夜を1人で寂しく過ごすなんて、母として納得できないわ。」
お母様の言葉はまだ納得できていないような内容だったけれど、お顔は安堵した表情に見えた。自分より怒っている人を見ると逆に冷静になれる心理を利用して、私が正しい判断をできるように、お母様はわざと怒っている演技をしていたのかもしれない。
「お母様、私のために怒ってくださってありがとうございます。ですが夢の中でみんなに会えるので、決して1人で寂しい夜を過ごすことはありませんから、ご安心ください。」
お父様とお母様が2人とも公務で不在でも、これまではアルマと一緒に過ごしていたので1人になることはなかった。3歳の誕生日からアルマとお別れすることになるので、お父様お母様からしたら、初日から試練が訪れたような形なのだろう。もちろん前世の記憶のある私からすれば、1人で1晩過ごすくらいなんてこともない。
「すまないレイス。夕食会はできなくなってしまうが、別の形でしっかりお祝いするからね。」
お父様は私の頭を撫でながら、優しく約束してくれた。
*****
誕生日当日は、昼食後に豪華なドレスへ着替えさせられた。緑色に金色の刺繍の入ったドレスはお母様からの誕生日の贈り物で、私を部屋まで迎えに来たお父様とお母様と揃えられていた。
庭園にはお祖父様とお祖母様が待ってくださっていて、果物たっぷり、カスタードクリームたっぷりのタルトをいただいた。このタルトはお祖母様が用意してくださったもので、どの果物をどの切り方でどの配分で入れるかといった細かい部分まで、料理長と何度も相談して決めてくださったそうだ。
お祖父様からは王宮図書館の入館許可証をいただいて、お父様からの贈り物は部屋へ戻ると用意されているとのことだった。
舞踏会の準備があるからと短時間で解散となったが、3歳児に対して十分すぎる会だった。その後は自室へ戻るのかと思っていたが、侍女に応接室へ連れて行かれた。
通された部屋の中にいたのは、赤い髪と茶色い髪の2人の男の子だった。
「ルーお兄様、お久しぶりです。」
久しぶりにルーファスくんに会えたのが嬉しくて、思わず駆け足になりそうなのを必死で抑えながら、ゆっくり近付いて丁寧に挨拶をした。
「レイス姫、お久しぶりです。お誕生日おめでとうございます。」
ルーファスくんは淡々と挨拶してくれた後、茶色い髪の子を紹介してくれた。
「こちらは弟のヴァリーです。私と同い年で、来年からともに騎士科へ進学する予定です。進学前に王都に慣れるため、今年のシーズンは皆こちらで過ごすことになりました。」
「ヴァレリアン・フェアウェスティングです。グレイシア姫、お誕生日おめでとうございます。王女様のお誕生日を直接お祝いできることを嬉しく思います。両親やルーファスと共にお祝いの品を選んで参りましたので、後ほどご確認ください。」
ヴァリーくんは藤色の目が印象的なかわいらしい男の子で、柔らかく人懐っこい雰囲気はルーファスくんと対照的だ。
「ありがとうございます、開封するのが楽しみです。2人が来てくれることを知らなかったので、とても驚きましたが、とても嬉しいです。」
きっと私が寂しくないように、お母様とスカーレット様が色々と準備してくれたのだろう。
まずは一緒にプレゼントを開けようかな、それとも先に1度座ってお茶にしようかな、それよりも今日は何時頃まで一緒にいられるのかを1番に確認するべきかしら。本日2回目の誕生日会への期待に、胸が躍った。




