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5.誘拐はされません

 オーブリー様の腕に抱かれて隣の部屋へ移動すると、スカーレット様が私の姿を目にした途端に泣き出した。


「まあ、オビー……おめでとう。休養が長く続いていたから、もしかしたらそうじゃないかなって、そうだったら良いなって、ずっと祈っていたのよ。」

「お姉様、ありがとう。ずっと伝えられなくて、長く心配をかけてごめんなさい。再来週にお披露目の予定だから、10月になるまで誰にも話してはいけない決まりだったの。2人には1番に伝えたかったから、今日は来てくれてありがとう。」


 オーブリー様はまっすぐスカーレット様に近付き、スカーレット様に私の顔がよく見えるように抱き方を変えた。


 久しぶりにお会いしたスカーレット様は泣き顔も美しかったが、以前より頬が痩けてしまったように見えた。心配で涙を拭ってあげたくなったが、オーブリー様が話の続きを始めたので、話の腰をおらないように出しかけた手を引っ込めた。


「事件の後、多くの命と引き換えに生きながらえたことに、どうしても罪悪感が消えなくて、ずっと苦しかったの。でも、この子がお腹の中にいると分かって、思ったのよ……生きていて良かったって。」


 オーブリー様は涙こそ流さなかったが、声を震わせながら、慎重に言葉を選んで話した。


「失われる命もあれば、新しく誕生する命もある。だから、私を護ってくれた皆さんに報いる為にも、生き残った私が新しい命をしっかり守っていかないと……もちろん私の産んだ子供だけじゃなくて国全体でね。出生数を増やしたり、そうして産まれてきた子供たちを守ったりする政策を、王妃になったら進められるように準備しているのよ。」


 やはりオーブリー様は謙虚で心の美しい方だ。多くの護衛が付くのはその命にそれだけの価値があるということなので、罪悪感を抱く必要などないのに。

 それに、騎士として、剣を捧げた相手を護って散ることは名誉なことだ。恋を知らずに終わったことだけは心残りといえば心残りだが、生きていたとしても、適齢期に家格の合う騎士団員とお見舞い結婚をするだけだろう。幸運なことに美女に生まれ変わったので、恋は今世でしてみれば良い。もちろん最終的には政略結婚で決められたところへ嫁ぐことになるから、最初の恋で失恋を経験して、嫁いだ相手に2回目の恋ができたら良いな。

 うん、やはり今世でやってみたいことは色々あるけれど、前世に未練はない。だからオーブリー様にもあんまり心を痛めてほしくないな。


 そう思うのに、スカーレット様やルーファスくんはオーブリー様に同意を示した。


「分かるわ、私が孤児院や学校の運営に力を入れるようになったのも同じ理由だもの。私に守れる命を守りたいし、その子たちに多くの命を守れる人に育ってほしい。養子をとることになったのも、優秀な子には能力に見合った活躍の場を用意してあげたかったからよ。」

「僕も同じ気持ちです。僕は3男で公爵家を継ぐことはありませんので、基礎学校卒業後は騎士科へ進むつもりです。僕たちを助けてくれた騎士の皆様のように、多くの命を救いたいと考えています。」


 そうか、守られて生き残るのも苦しいのか。考えてみれば当然のことなのに、騎士の考え方と異なるので今まで気が付かなかった。オーブリー様の様子が以前と違うことにも気付いていたけれど、出産直後だから気持ちが不安定なのだろうと決め付けていた。

 もちろん私だって、王女に生まれ変わったからといって、私を守る為に騎士が命を落とすのは仕方ないとは到底思えない。今日だって、あの大男から私を助けようとして騎士が怪我をする可能性がある。そうならない為に、私は最大限頭を働かせないと。


「ふふ、頼もしいわね。期待しているわ。もし騎士の中でも護衛騎士になったとしたら、この子のことを守ってあげてね。」


 オーブリー様はそう言って、今度は私をルーファスくんの方へ向けた。


「はい。今は引退した元騎士の先生に、剣と体術を習っています。魔法はまだ学校で習う生活魔法しか使えませんが、魔力量が多いのに繊細な操作ができていると褒められています。必ず立派な騎士となって、オーブリー様も姫君様もお守り致します。」


 久しぶりのルーファスくんは少し背が伸び、6歳にしては大人びた表情を見せていた。また、騎士を目指すことにしたからだろうか、真っ赤な髪は短く切り揃えられていた。


 短い髪型もよく似合っているけれど、もう髪を結ってあげることはできそうになくて残念だな。でも目標ができたのは良いことだし、それが騎士なのは嬉しい。できれば私が稽古を付けてあげたいくらいだ。

 まあ、今の0歳の身体では難しいのだけどね。みんなに気付かれないように注意しながら筋肉を鍛えてはいるけれど、ようやく寝返りができるようになった程度だ。前世と同様の動きができるようになるまで、まだまだ先は長いな。


 そう思ったところで、ルーファスくんがオーブリー様から私に目線を移した。ようやく目が合ったのが嬉しくて、私の口角が自然と上がっていくのが分かった。すると、ルーファスくんが私を見つめたまま、目を見開いて固まった。


「ルーくん、どうかした?」


 オーブリー様の問いかけにハッとして、ルーファスくんは慌てて質問をした。


「いえ、すみません。ええと……オーブリー様、この姫君のお名前はなんというのですか?」

「まだ決まっていないわ。再来週のお披露目に向けて、来週中には決定する予定よ」


 ルーファスくんは何かに驚いたようだけど、どうしたのかしら? 私はウィリアム殿下似だから、かわいすぎて驚いているのかな、なんて自惚れが過ぎるかしら?


「それは楽しみね。ねえ、王族の名前って誰が決めるのかしら? 色々としきたりがあるのよね?」


 あら、私もずっと気になっていたことを、スカーレット様が聞いてくださったわ。


「王族の名付けの最終決定権は父親にあるから、ウィルが決めるわ。でも候補となる名前を両親から1つ、年長の王族から1つ、議会から1つ出して、その中から選ぶの。」

「まあ、それなら基本的にはオビーとウィル殿下で決めた名前になるのね? 名付けが苦手な方の為に作られた制度ということかしら。」

「年長の王族から候補を挙げてもらう理由はそれね。でも議会から候補を出してもらうのは、避けるべき名前を調べてもらう為よ。調査結果を事前に一覧にして渡してくださるの。」


 そうか。隣国の王族と同じ名前、外国語だと悪い意味になったり宗教上よくなかったりする名前など、相応しくない名前があるのか。確かに王族は他国の王族との婚姻も多いし、自国の価値観だけでは決められないってことね。


「そうなのね。産まれてから名前が決まるまで時間がかかっている理由も、その調査に時間がかかるからかしら?」

「その影響も多少はあるかもしれないけれど、1番大きな理由はお披露目まで半年かかるのと一緒よ。不吉な名前を生まない為ね。」

「なるほど。王族って大変なのね。」


 スカーレット様はよく理解できたようだけど、私にはどういう意味か分からなかった。ルーファスくんも同様だったようで、私の聞きたいことを聞いてくれた。


「お披露目まで半年かかる理由はなんでしょうか?」

「赤ちゃんは無事に産まれてもね、すぐに亡くなってしまうことがよくあるのよ。国をあげてお祝いした直後に国をあげて喪に服すのは、大変でしょう? だから、産まれて半年経っても健康で、なにも問題なく大きくなれそうだと判断してから発表するのよ。」


 なんだ、そういうことだったのね。秘匿された訳あり姫ではなくて良かった。


「なるほど、ありがとうございます。名前が決まるまでに時間がかかるのも同じ理由ということは、新たな王族として発表された直後に万が一のことが起きると、その名前が短命を象徴するものになってしまう、ということですね?」

「ええ、よく分かったわね。王族と同じ名前を付けられる子ってとても多いの。この子の名前が発表されたら、これから産まれる女の子に同じ名前の子が増えるわ。」

「確かに、どこの孤児院にもビル、ウィル、リズという名前の子がいるけれど、国王陛下、王太子殿下、第一王女殿下のお名前と一緒ね。」


 ふふ、王族って面倒くさいのね。でも、もうすぐ名前が決まるのは楽しみだな。どんな名前になるのかしら?


 和やかな雰囲気に包まれていたが、ルーファスくんが意を決した様子で、その空気を壊して話し始めた。


「オーブリー様、大変失礼なお願いになりますが、姫君様のお名前の候補としてご一考いただきたい名がございます。」

「ルーファス、なにを言っているの!?」

「良いのよ、お姉様。ルーくん、この子を見て、何か感じるものがあったのね? どんな名前が良いと思うのか、教えてくれるかしら?」


 なんと、私の名付けをしたいという申し出だった。少し様子がおかしかったのも、言うか言わないかを迷っていたからだったのね。どんな名前が良いと思ったのかしら?


「姫君様に対して不敬な発言かもしれませんが、顔立ちは王太子殿下に似ていて、髪や目の色はオーブリー様と同じですが……笑顔がグレイシアに似ています。口角が大きく上がった、柔らかく優しい笑い方が、私たちを護ってくれた護衛騎士のグレイシアと同じ笑い方です。」


 まさか、笑い方で私だと気付かれてしまうなんて。ルーファスくんの観察力は恐ろしいな。


「ルーくんは、この子がグレイシアと似ているから、グレイシアの名前をもらったら良いんじゃないかと思うのね? その提案は……とっても嬉しいわ。私もね、同じことを思って、ウィルに相談していたのよ。」


 まさかまさかの、オーブリー様にも気付かれていたなんて。私の笑い方は、そんなに特殊なのかしら?ただ特徴的なだけなら良いけれど、変だったら直したいな。でも、笑い方を覚えてもらっているなんて光栄なことだし、このままの方が良いのかな。うーん、難しいところだ。


 オーブリー様の返事を聞いて満面の笑みになったルーファスくんが尋ねた。


「では、この姫君様もグレイシア様となるのですね?」

「そうね、その為にまず、明日の遺族会でグレイシアのご両親に名前をもらう許可をいただかないと。それと、この子がグレイシアに似ているからグレイシアの名前をもらうのであって、殉職した騎士たちの中に優劣がある訳ではないと、他の遺族の方々にも先に説明する必要があるわ。」

「分かりました。楽しみにしています。もし違う名前になったとしても、必ず立派な護衛騎士になって姫君様をお守りするとお約束します。」


 その後も4人で過ごし、これまで一度もオーブリー様と同席したことのなかった夕食にも私の椅子が用意された。翌日に行われる遺族会に参加する予定のスカーレット様とルーファスくんには来客用の続き部屋が用意されていたので、夕食後もそこで4人で過ごした。就寝時刻が近付いてアルマさんが迎えに来たが、私がルーファスくんに抱きついて離れない為、急遽来客用の寝室に私の寝台が運び込まれた。

 ルーファスくんは疲れが出たようですぐに深い眠りについたが、私はすぐ横で寝たふりをしながら時間が来るのを待った。続き部屋からはオーブリー様とスカーレット様の話し声がずっと聞こえていて、まだ2人は寝そうになかった。

 少し前に裏切り侍女がよく眠れるハーブティーを淹れに来たが、果実酒を開けたばかりだったオーブリー様に断られていた。侍女は次に、部屋にお酒の香りが充満するので窓を開けようと提案していたが、それも寒いからと断られていた。その後も寝室に不足がないか確認すると提案したが、寝たばかりの子供を起こしてしまったらかわいそうだと断られていた。


 交代の時間まで残り30分程度、この状態ならきっともう大丈夫だろう。

 大男がオーブリー様の寝室から侵入しても、城内を通ってここに来るには騎士の横を通る必要がある。騎士が1人だけなら裏切り侍女が気を引いて誤魔化せるとしても、その後この部屋には入れない。ルーファスくんが寝るときに、寝室にはスカーレット様が鍵をかけていた。オーブリー様のいる続き部屋なら鍵は開いているが、大男はオーブリー様を大切に思っているようなので乱暴に入って来ることはしないだろう。


 交代の時間の直前になって、再び裏切り侍女がハーブティーを勧めに来た。部屋に戻ったらいただくと断られ、テーブルの上の片付けをお願いされていた。

 そんなやり取りに耳を傾けながら窓の外を警戒していると、窓の外に大きな影ができて、数秒後に消えた。

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