4.今日は忙しくなりそうだ
「今日は、お客様がいらっしゃるのよ。あなたのことも紹介する予定だから、今日はお昼も一緒にいられるわ。」
朝の支度を終えたオーブリー様が、朝食の席へ向かう前に私を抱き上げて、笑顔で声をかけてくれた。
「今日いらっしゃるのは私の上のお姉様と、その子供のルーファスくん。2人とも優しくて愛嬌があってお話し上手だから、きっとあなたも2人のことを大好きになるわ。」
ーーはい。そのお2人のことは、既に大好きです。
私も嬉しくなって、思わず顔の筋肉が緩んだ。
「まあ、私の話していることが分かるのね? お姉様はね、とんでもなく美しいのよ。ルーファスくんもね、とびっきりかわいいの。私も会うのは久しぶりで、とても楽しみなのよ。」
嬉しそうに話すオーブリー様が愛おしくて、思わずオーブリー様の頬を撫でた。
「まあ、ありがとう。本当にあなたには、会話が通じているみたいに思えるわ。とても賢いのね……将来が楽しみだわ。」
恐れ多くもオーブリー様の頬を撫でてしまったけれど、オーブリー様も喜んでくれて良かった。
この身体に生まれ変わってしばらくは、意思疎通のできる手段を得られ次第、前世の記憶のことをオーブリー様に伝えて、王女の姿をした小さな騎士としてオーブリー様の側に戻ろうと考えていた。それが騎士としての誠実な対応であると信じていた。
だから、オーブリー様が娘に対する愛情を私に向けてくれる度に、居心地が悪く、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そんな日が続くうちに少しずつ、私は王女として生きるべきではないかと思うようになった。私の魂は護衛騎士グレイシアだったとしても、私の身体はオーブリー様とウィリアム殿下の御子であることに間違いはないのだ。
私が騎士としての誇りを貫いてしまうと、王女という尊い存在が、中途半端なものになってしまう。オーブリー様がお腹を痛めて産んだ御子をそんな存在にしてはいけない。それに、正体を明かしてしまったら、これまで愛情を込めて育ててきた御子を、オーブリー様から奪ってしまうような気がするのだ。だから、産まれた直後にグレイシアであることを告げられなかった時点で、もう私は王女として生きるしかできないのだろう。
王女として、母親であるオーブリー様を支えるーーそれが、正しい生き方に違いない。
もちろん一介の騎士でしかなかった私には、王女としての資質が備わっていない。それでも子爵令嬢として最低限の勉強や作法は習得済みであることと、精神年齢が最初から大人であることで、元の私よりは立派な人間になれるだろう。それは決して今までの自分を殺すことではなくて、元の自分をベースにして、新しい身体に合わせた新しい自分を構築していくことだ。
その為にまず大事なのは、誘拐されないことだ。責任感の強いオーブリー様のことだから、もし私が誘拐されてしまったら深く傷つき、強く自分を責めることだろう。そうならないように私の身をしっかり守るのが、今の最優先事項だ。
誘拐の対象がオーブリー様から私に変更になったのは良かった。この身体でできる事は限られているので、オーブリー様を守るより、自分を守る方が難易度が低い。犯人を捕まえることも、誘拐の目的を明らかにすることも、この際どうでも良いから、とにかく誘拐されないように努めよう。
侵入してきた大男と裏切り侍女の会話を聞いてから既に30日。私の持つ知識を総動員して考察した結果、敵の動きの予想が立った。
まず推察したのは侵入経路。窓から入って来たということは、どこかで塀を乗り越えてから、敷地内をこの窓の下まで移動しているはずだ。次回も窓を開けておくよう指示していたことから、毎回同じ経路を使っていると思われる。そんな経路が存在するだろうか?
毎年、護衛または王城警備に新たに配属された騎士は、訓練の一環で王城への侵入を試みる。侵入する側にとっては警備の穴を探すことで警備配置やその役割が理解できるし、侵入を防ぐ先輩方にとっては良い実戦訓練になるのだ。
私が侵入訓練をしたときは、囮役が先に侵入して注目を集めている間に、囮役その2が別の場所から見つかりやすく侵入して、その間に囮役その3が……という形で5組に分かれてみたが、全員あっけなく捕まった。
この訓練が始まってから20年以上経つが、侵入に成功した例はないという。近年まで長く戦争が続いていた為、王城の警備は堅固なのだ。私から見える範囲では、私が騎士だった頃と警備の配置に変更がないので、警備に穴があるとは考えにくい。護衛騎士にも知らされていない隠し通路が存在する可能性もあるが、それなら窓ではなく廊下から侵入してくるはずだ。
ここで行き詰まったので、今度は作戦の決行日について推察した。気になっていたのは「決行は来月」としか言っていなかったことだ。大男は日付を指定しなかったし、裏切り侍女も何日かを確認しなかった。つまり、月さえ指定すれば自動的に日も確定するということだ。
思い返せば、オーブリー様のお腹の中で聞いた会話でも「作戦は出産から半年後、作戦が決まったらまた来る」としか言っていなかったのに、ちゃんと窓の鍵をかけなかった日に来た。別の連絡手段があってあの日に来ると知らされていた可能性もなくはないが、そんな手段があるなら、作戦の伝達の為にわざわざ危険を侵してまで王城に侵入する必要はない。
となると、月に1度だけ何かの条件が整い、侵入しやすい状況ができるのではないだろうか。あの日2人がほぼ同時に部屋へ入って来たことから、恐らく特定の数分間だけ発生する状況なのではないか。
護衛騎士だった頃、オーブリー様の外出や来客が少なく護衛の仕事が少ないときは、よく王城の警備を手伝っていた。毎月1度だけ、普段と警備体制が異なる日はなかっただろうか? 数分間だけ違う行動を取る日がなかったか? 記憶を辿ってみて、毎月1日に連絡会が行われていたのを思い出した。
連絡会は、今月の王族の予定、王城で開かれる催事の予定、それに合わせた護衛と警備の騎士の配置予定などを確認したり、緊急ではない事柄を報告連絡相談する場だ。毎月1日の勤務交代時に行われていて、通常の朝礼よりも5分ほど長い。この5分間、扉の前や物見台などの特定の場所で警備する騎士はその場で交代の騎士が来るのを待つが、城内を巡回警備する騎士は、交代場所で待機している。ーーそうだ、この5分間が警備の穴だ。
せっかく侵入しておきながらすぐ去っていくのも、この5分間のうちに帰る為だったのか。そうと分かれば対策も立てやすい。要は、私を抱えて塀を越えることはできない、と思わせれば良いのだ。なので、この部屋ではない場所で、眠らされることなく、複数の目がある状態で、その5分間をやり過ごそう。
あの会話を聞いてから今日で30日なので、今日がまた月始めの連絡会の日だ。夜になったらアルマさんや護衛騎士や侍女をなるべく大勢巻き込んで騒ごうと予定していたが、ちょうど来客があるということなので、ぜひ巻き込まれてもらおう。スカーレット様もルーファスくんも大好きなので、2人を利用するのは少し心苦しいけど、王女が誘拐されるよりは良いだろう。王女のおねだり大作戦第2弾、楽しみだ。
***
いつも部屋着しか着ていなかった私に小さなドレスが用意され、頭にも豪華な髪飾りが結ばれた。まだ髪が少なくて髪飾りがすぐ落ちてしまったので、器用な侍女がリボンを駆使して髪飾りを固定してくれた。この身体になって初めてのおめかしである。しかも髪飾りはオーブリー様とお揃いだった。
「ふふ、やっぱりこの髪色に濃い茶色はよく合っているわね。この髪飾りはね、あなたのお父様が贈ってくださったのよ。」
オーブリー様が私の髪に触れながら、嬉しそうに私に髪飾りの由来を教えてくれる。
「私の髪飾りもね、私があなたのお父様の婚約者としてお披露目される日に、あなたのお父様から贈っていただいたのよ。あなたが同じ髪色に産まれてきたから、再来週のお披露目に間に合うように、急いで同じものを用意してくださったそうよ。」
ウィリアム殿下、ありがとうございます。
「あい、あうー」
「まあ、今『ありがとう』と言ったのね? 後でお父様にも直接伝えてあげてね。」
「あう。」
オーブリー様の腕に抱かれながら穏やかな時間を過ごしていると、廊下を歩く複数の足音が聞こえた。
「お客様がいらしたみたい。隣の部屋でお迎えしてから、頃合いを見てあなたも連れて行くわね。それまで1人になってしまうけれど、すぐ隣の部屋にいるから安心して待っていてちょうだい。」
オーブリー様はそう言って私を寝台に寝かせ、隣の部屋へ移動して行った。
「お姉様、ルーくん、久しぶりね。元気そうで良かったわ。」
「久しぶりね。オビーも顔色が良さそうで安心したわ。」
「オーブリー様、お久しぶりです。ご健勝なご様子、安堵致しました。」
オーブリー様が扉を開けたままにしてくれたので、隣の部屋の話し声がよく聞こえた。
「まあまあ、あんなに小さかったルーくんが、もう難しい言葉を使って挨拶してくれるようになったのね。」
「はい。今年から領地で基礎学校に通っています。」
「もうそんな年齢なのね、学校は楽しい? 座って詳しく聞かせてくれるかしら?」
その後しばらく、3人が楽しそうにお茶を飲んでいる様子が伝わってきた。3人で会ったのはあの事件以来、約1年ぶりでだそうだ。
ルーファスくんの近況報告は、学校での様子や仲良くなった友人のこと、そのうち1人を養子に迎える予定で兄弟として一緒に暮らしていること、去年まではダメだった紅茶をもう飲めるようになったことなどだった。スカーレット様の近況報告は孤児院の運営に力を入れていること、治水工事なども積極的に進めて雇用を増やしつつ領民の生活水準を向上させていること、その手法を次の社交シーズンに広められるよう準備をしていることなどだった。そしてオーブリー様の近況報告の番になった。
「私の近況だけど……2人にここまで来てもらった理由でもあるの。説明するより見てもらう方がよく分かると思うから、少し待っていてくれる?」
オーブリー様が2人にそう告げて、私を迎えに来た。オーブリー様は私の髪飾りやドレスのリボンの角度を手直ししてから、そっと抱き上げて隣の部屋へ移動した。




