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3.寝てる場合じゃない!

「姫君様、そろそろお部屋へ戻る準備を致しましょうね。」


 オーブリー様の部屋で過ごしていた私に、乳母のアルマさんが声をかけた。もうすぐオーブリー様は夕食の時間なので、いつもなら私も自分の部屋に戻ることになる。


 でも、戻りたくない。オーブリー様の近くに敵側の人間がいる可能性が高いので、なるべくオーブリー様のお側で張り込んでおきたいのだ。


 オーブリー様は、私が部屋を出る直前に私を抱き上げて、お別れを言ってくれるのが習慣になっている。お別れの言葉の後、アルマさんの腕に渡される直前に、オーブリー様の袖を掴み、悲しそうな顔を作ってオーブリー様を見上げた。本物の天使のようだと言われているかわいい赤ちゃんの上目遣いは、きっと破壊力があるに違いない……


「まあ、私の天使はどうしてこんなにかわいいのかしらね。どうしましょう、離れ難いわ……。アルマ、この子は少し長く眠れるようになったと言っていたわね?あなたの見立てでは、この子は夜も私の部屋で一緒に過ごすことは可能かしら?」

「ええと……そうですね、姫君様は大変賢くていらっしゃるので、可能です。ただ、夜も同室でお過ごしになられるのは、王室内での前列がございませんので、準備に少しお時間をいただきます。」

「ええ、構わないわ。お願いね。……私の天使、これからは母と一緒に眠りましょうね。」


 オーブリー様は私の髪を優しく撫でてくれた。


 あれ、いとも簡単に目標が達成できちゃった。今の私の身体能力でできる、あざとかわいい仕草を色々練習したのにな。最後は泣き落としで、でもやり過ぎるとアルマさんの職務怠慢と勘違いされたり、うるさい子とは一緒にいたくないと思われたりするから、ほどほどに……かわいい泣き方やちょうど良い大きさの声を出すも練習したんだけどな。ま、いっか。


 いや、あんまり良くないかも。王太子妃ともあろう方が、こんなにあっさり情に流されても良いのだろうか?

 確かに慰問先の孤児院でも子供たちに優しすぎたし、ルーファスくんを甘やかし過ぎてスカーレット様に怒られていた。オーブリー様は本当に子供が大好きなんだろうな。

 私は脳筋子爵家で育てられた逞しい根性があるから大丈夫だけど、弟や妹が甘やかされて育ったら、バカ王子とかワガママ王女になりそうで心配だな……ここはお姉さんが一肌脱いで、健全な王子王女へと導いてあげなくちゃ。うん。やりたい事がまた1つ見つかったな。


 そう決意していると、オーブリー様は私を抱いたまま、アルマさんと今後について相談し始めた。


「アルマ、実は3日後の昼食会で、公務に復帰することになったの。様子を見ながら他の公務も徐々に増やしていくつもりだから、この子と一緒に過ごせる時間が減ってしまうのよ。」

「もう復帰されるのですか!? まだ姫君様をお産みになってから1ヶ月と少しです。急ぐ必要はございません。」

「ええ。でも私は事件の後、この子を授かったと分かる前からずっと休んでいたでしょう?長く休み続けていて、このままでは税金泥棒だわ。」


 オーブリー様の自虐的な言い方に対し、アルマさんが普段の温厚さからは考えられないほど激しい口調で反論した。


「税金泥棒なはずがございません! 王族の妃の最大の務めは王族の血を繋ぐことにございます! ウィリアム王太子の御子をお産みになるという、オーブリー様にしかできない大役を果たされたというのに、何をおっしゃいますか!?」

「そう言ってくれてありがとう。でも、ずっと休んでいるのも変えられない事実よ。それに、3日後の昼食会の主賓はパティなの。私が出席しない訳にはいかないでしょう?」

「……そういうことでしたか。パティ様からのお手紙に定型文のように書かれていた『オーブリー様の様子を教えて』の言葉が消えたのは、もう既にお会いする約束が整ったからだったのですね。」


 パティって誰だろう?王城で開かれる昼食会の主賓になるパティといえば、隣国のパトリシア王女か。数年前にアストラーデ王国に留学に来ていたので、その時に友人になったのだろう。アルマさんも元々はオーブリー様のご学友だった縁で、私の乳母になったと聞いたことがある。皆友人同士のようだ。


「そうね。結婚祝いを持って来てくれるはずが事件で延期になって、『ならお見舞いを持って行く』と言ってくれていたのが出産で延期になって……正式に発表していないこの子のことはまだパティには話せないから、それ以外ではできるだけ誠実にありたいの。」


 あれ、私が産まれたこと、まだ発表されていないんだ。確かにまだ名前が決まっていないから、ずっと姫君様と呼ばれている。私はどんな名前になるんだろう? 楽しみだな。


「状況は理解致しました。しかし、パティ様なら今のオーブリー様のお姿をご覧になれば、療養期間中にご出産されたことにきっとお気付きになられます。よろしいのですか?」

「ええ。実はそれが狙いなのよ。話せないけど知ってほしいから、わざと分かるようにするの。パティなら、こちらの都合まで全て考慮して気付かないふりをしてくれると思うから……」

「そうでしょうね。でしたら私は、昼食会の終わる頃に姫君様とお散歩をして、うっかり会場の近くを通りましょう。たまたま出会ったかわいい赤ちゃんを、パティ様ならきっと抱っこしてくださることでしょう。」


 どうやらオーブリー様のご友人であるパトリシア王女に、非公式に紹介されるようだ。眠ってばかりの日々に変化が訪れるのが、少し楽しみでもある。早くオーブリー様誘拐事件を解決して、王女としての生活を満喫したいな。……やっぱりまだ眠いな……とりあえず寝よう。




***




 オーブリー様の部屋で夜を過ごすようになって、3ヶ月ほどが過ぎた。目がほとんど全部見えるようになり、怪しい人物も何人か見つけたが、誰も誘拐とは無関係だった。


 いつも私と2人きりになると窓辺へ駆け寄り外を見ている侍女がいたが、その時間に外を通る騎士に恋をしているだけだった。周囲の目を異常に気にする侍女は、切り過ぎた前髪を気にしているだけだった。

 アルマと庭園を散歩していて、庭園の奥へ進んで行く怪しい人影を見つけたが、アルマをそちらに誘導して行ってみたところ、二日酔いの騎士が昼寝をしていただけだった。職務怠慢という別の問題ではあるけどね。


 でも、今日見つけた夜番の侍女の行動は、特に怪しかった。就寝前に窓を閉めた際に、窓の鍵をかけなかったのだ。かけ忘れたのではなく、鍵を触ってカチャカチャと音を立て、鍵をかけるふりをしただけだった。

 今日、何かが起こるかもしれない。そう思って、身体の筋肉を伸ばしながら、眠らずに、その何かを待った。


 日付が変わる頃だろうか、部屋の扉が静かに開いて、人が入って来る気配がした。暗くてよく見えないが、恐らく先ほどの鍵をかけなかった侍女だろう。こちらに近付いて来ているが、ほとんど音を立てない洗練された動きは、特別な訓練を受けた人間だと分かる。


 侍女に注目していると、頬にしっとりした風を感じた。慌ててそっと窓側を振り返ると、私のすぐ横に、大柄な男のシルエットがあった。


 ーーいつの間に!?


 驚きで思わず声が出そうになるのはぐっと堪えたが、恐怖で全身の鳥肌が立った。

 私も護衛騎士だったときに、様々な訓練を受けた。今日、何かが起こると思って待ち構えていた。それでも、全く気付けなかった。


 恐ろしい。敵はかなり大きな組織なのかもしれない。オーブリー様を求めている理由も分からないし、ここは寝たふりをして情報を集めよう。

 私はゆっくり呼吸を整えながら、力んでいた身体を緩めて、そっと目を閉じた。起きていることに、気付かれませんように……。


「おい、王族が赤ん坊と同じ部屋で寝てんのか?この国だとそれが普通なのか?」

「オーブリー様が公務に復帰されたから、一緒に過ごせる時間を確保する為にこうなったのよ。」


 大男が挨拶もなしに話し始め、侍女も気にする様子もなく答えた。王宮務めの侍女のほとんどが、下級貴族出身で礼儀作法満点の人なので、久々に耳にする乱暴な会話に驚いた。


「さすが慈愛に溢れる聖女様ってことか。身体に無理がたたってないと良いんだが。」


 こんな時間に窓から勝手に入って来るような人なのに、やっぱりオーブリー様を大切に思っている。不思議だ。それに、聖女ってなんだろう?


「それで?カールトン様は見つかったの?」

「ああ、見つかったよ……死体でな。だが死ぬ直前に泊まっていた宿の女将の話では、紫の瞳の子供と一緒だったらしい。少し話したら、6歳のヴァルと自己紹介してたそうだ。」


 大男は淡々と話し、侍女はため息をついて落胆していたが、子供の情報に気を持ち直したようだった。


「その子の髪の色は?」

「終始フードを被っていて、よく見えなかったんだと。ただ、黄色の系統のようだった、とは言っていたから、カナリア色だろうよ。」

「そうであってくれないと、こっちの努力も報われないね。じゃあオーブリー様より姫君様の方が重要になるわね。」


 前に聞いたのは確か、カールトン様って人とオーブリー様を結婚させる、みたいな話だった。そのカールトンって人が亡くなったから、その子供と私をってことかな? そうなると血縁に意味があるのかな?


「ああ。将軍の判断も、産まれたのが姫ならオーブリー様の代わりに姫を連れて帰る、産まれたのが王子なら姫が誕生するまで作戦を延期、だとよ。」

「そう。姫君様だったから、来月決行ね?」


 作戦という言葉が出てから、会話の空気がピリッとした。


「ああ。俺がさっと入って来て、姫を抱きかかえてさっさと出て行くだけの簡単な作戦だ。お前の役割は窓の鍵開けと、よく眠れるハーブティーをオーブリー様と姫に飲ませておくだけだ。今日も飲ませたんだろ? 効果抜群だな。」

「姫君様はまだハーブティーはお飲みにならないわ。吸引用のものを用意しておくわね。」


 なんと、オーブリー様が薬を盛られていたなんて。私も盛られる見込みだなんて……それにオーブリー様ではなく私を誘拐する作戦に変更だなんて……どうしたら良いのか、よく分からない。考えろ、私。でも、とりあえず落ち着け、私。起きていることを気付かれちゃダメだ。


「ああ頼んだ。俺は姫が泣き出した場合を想定して、最短で城を出る道順を確認しながら帰る。じゃあ、来月よろしくな。」

「ええ、また。」


 話し終えると同時に、大男はまた気配もなく部屋を出て行ったのだと、頬に当たるしっとりした風で分かった。

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