2.まだまだ眠い
「おめでとうございます! 赤紫の髪がとても美しい女の子ですよ。泣き声もかわいらしいですね。」
「おめでとうございます! 髪と目の色はお母様譲り、お顔の造りはお父様譲りのようですね。天使のようなかわいらしいお子様です。」
「おめでとうございます! 本当に愛くるしいお姫様ですよ。大変お疲れ様でした。」
周りの人たちが次々とお祝いの言葉を述べていた。でも私にはよく聞こえない。母親らしき人も弱々しくお礼を言っているみたい。でもよく聞こえない。だって……
(いったーい! いたぁぁい!! 助けてよー!)
「オッギャー! オギャァァ!! オギャオギャギャー!」
身体中が痛い。水の中ではない場所にいる感覚も、呼吸をしているのも、久しぶりでまだしっくりこない。目が見えない、明暗くらいしか判別できないのも、不安な気持ちを増長させている。でもとりあえず身体中が痛い。
(うわーーーん)
「オギャーーー」
あ、でもいつまでも弱音を吐いている場合じゃない! 情報収集は大事。ついさっきまで拷問を覚悟していたんだから、気合いでガマンだ! オーブリー様が危ないんだから!
私は意識してしっかり呼吸を整え、痛みをやり過ごして思考に集中した。
さっき赤紫の髪の女の子って言われたから、今までの私とは違う人として産まれ変わったみたいだ。とりあえず、私は誰で、ここはどこで、今はいつなのか、把握するのが大事だよね。
前に聞いた誘拐に関する密談は、お腹の中で聞いたんだと思うから、私は敵側の人間の娘なのだろう。そしてここは敵側の活動拠点の可能性が高い。
私が死んでからどのくらい経ったのかも気になるし、あの密談を聞いてからの時間経過も知りたい。あの時点でオーブリー様の出産が翌月、誘拐はそれから半年後と言っていた。最長7ヶ月の猶予があるが、体感では既に1ヶ月半くらいは経っていそうだから、残り5ヶ月ほどだろうか。
そんなことを考えていたら、私を抱き上げていた女性が叫んだ。
「どうしましょう、産声が止まってしまいました!」
「まあ大変! ちょっと確認します……うーん、ただ泣き止んだだけみたい。痛みに強い子なのかもしれないわね。早く綺麗にして差し上げて。」
「はい!」
しまった! 泣き止んだのは不自然だったのね。確かにとてつもなく痛いから、無理する必要はないのね。
今のは産婆さんとその助手かな? かなりの人がこの出産に立ち会っているようだ。喋り方からして元々の知り合いではなさそうだから、出産の為にかなりの人数を雇ったのだろう。かなり経済的に余裕のある家、高位貴族か大商家だと推測される。
こんなに裕福な家であれば、外出するようになれば騎士団と接触の機会もあるだろうか。早くオーブリー様の誘拐計画を騎士団へ伝えたい。
私はまだ喋れそうにないから、誘拐計画のことをメモに書いて持ち歩こう。騎士団の人を見つけたらそっと手渡して……いや、わざと落とした方が、拾ったときに中を確認してもらえて、私と一緒にいた大人が疑われて良いかも。うん、そうしよう。
私は優しくお湯で洗ってもらい、太陽の匂いのする肌触りの良い服を着せてもらった。赤ちゃんにこんな良い服を用意するなんて、やはりお金持ちだ。
私に服を着せてくれた女性は、もう一度私の頭からつま先まで念入りに確認しながら、優しく声をかけてくれた。
「綺麗になりましたね。もうすぐお父様とのご対面ですよ。楽しみですね。」
「お父様は待ち切れなくて、ずいぶん前から扉の前で待機していらっしゃるようですよ。」
先ほどの産婆さんらしき人からも声をかけられ、部屋中に温かい笑い声が広がった。そして、急いで男性を部屋へ入れる準備が進められる。私もまた運ばれて、母親の枕元に寝かされた。
「こちらは準備万端です。」
「こちらも片付きました。」
「こちらも大丈夫です。」
次々と準備完了の報告が上がり、母親に確認を取ってから扉が開けられた。まだはっきりとは見えないが、5人ほど入って来て、紺色の服を着た人たちは扉の側で待機し、白い服の背の高い人だけが近付いて来た。
「オビー! お疲れさま、ありがとう。身体は大丈夫かい?」
「大丈夫よ、ありがとう。」
「この子が僕たちの天使だね。なんて愛らしいんだろう。」
近付いて来た父親は、母親にキスをしてから私の頬を撫でた。
「目や鼻や口の形はウィルにそっくりね。」
「髪の色はオビーと一緒だね、目の色も。肌の色は今朝降った雪の色だ。もう4月なのに雪が降ったのは、この子の誕生を天も祝福してくれてるからだと思わない?」
なんですって!! オビーとウィル!? そう呼び合う高貴なご夫婦に心当たりがある。そのオビーと呼ばれるご婦人は、もうじき出産予定とも聞いた。
……まさかね。
まさかね、オーブリー様とウィリアム王太子殿下なはずがないよね?だってもしそうなら、私、王女だよ?
「そうね。でも、男の子ではなくてごめんなさい。」
「そんなこと気にしないで。そんな風に心を痛めているオビーには悪いんだけど、実は僕は1人目は女の子が良いと思ってたんだ。」
そう言いながら父親は私を抱き上げて、ぎこちなく頭を撫でてくれた。
「男の子だと、世継ぎの教育がどーのこーのって、口を出してくる奴が増えるだろう? その中には、わざとダメな王子に育てて、僕ごと蹴落とそうとしてくる奴もいる。早いうちから取り入っておこうって野心のある奴も、親切なふりをして集まって来る。命を狙われることも多い。」
父親は私を撫でていた手を止めて、小さく溜め息をついた。
「初めての子育てってだけでも分からないこと、迷うことが沢山あるはずだから、そんな陰謀とかまで相手にするのは2人目以降で良いと思うんだ。1人目を育てる中で僕たちの教育方針が固まっていくし、どこに付け込まれる隙があるかも見えてくる。」
父親は再び私の頭を撫で始め、頬にキスをした。
「それにさ、妹や弟ができたときを想像してごらんよ? 小さい女の子がお姉さんぶって、もっと小さい赤ちゃんのお世話をする姿は、最上級にかわいらしいと思うんだ。」
「まあ、小さい男の子がお兄さんぶっている姿も、同じくらいの破壊力があるでしょうよ?」
「そうだね。だから、どちらにしても僕たちのかわいくて大切な天使だってことは変わらないんだから、性別は関係ないよ。」
父親の優しい言葉に、母親はくすっと小さく笑った。
「ありがとう。」
「こちらこそ。疲れているときに暗い話をしてごめんね。」
そう言って2人はイチャイチャし始めた。周りが微笑ましく思える範囲で、仲睦まじく過ごす2人。
あぁ、間違いなくオーブリー様とウィリアム王太子殿下だ。扉付近に控えている人たちが着ている紺色の服は、私も着ていた護衛騎士団の制服じゃないか。なぜすぐに気付かなかったのだろう。目がはっきり見えないにしても、護衛騎士失格くらいの注意力のなさだ。
いや、もう私は護衛騎士ではなく王女なのか。王女といえば尊き存在なのに、中身が私なんかで良いのだろうか。この御二方の娘ならさぞかし美しい娘に産まれたのだろうけど、中身が私では残念王女と呼ばれかねない。
仕方がない。とりあえずオーブリー様の誘拐計画阻止に全力を尽くして、その後は立派な淑女を目指して頑張ろう。
そんな決意をしている間にウィリアム殿下は面会を終えて部屋を後にした。入れ替わりに女性が来て、オーブリー様に挨拶をしてから私を抱き上げた。
「お姫様、あなたの乳母のアルマですよ。よろしくお願いしますね。」
「ありがとうアルマ、よろしくお願いね。」
「はい。それでは、オーブリー様はしばらくお休みになってください。お姫様も、これからお姫様のお部屋にご案内しますから、少しお休みになりましょうね。とってもかわいらしいお部屋ですよ。」
私は白とピンクと水色でできた部屋へ連れて行かれた。
眠いな。とりあえず眠ってしまおうか。いや、その前に確認しておこう。
私は第1王女として産まれ変わって、王城の1室にいる。産まれた部屋から少ししか移動しなかったから、王族の居住区画の1室を模様替えしたのだろう。今は4月だから、敵がオーブリー様を誘拐しに来るのは10月頃になるはずだ。
王城内に女性の内通者がいて、その正体はオーブリー様の近くにいる誰かだと思われる。内通者が1人だけとは限らないし、前世の記憶があるなんて信じてもらえるか分からないし、しばらくは普通の赤ちゃんのように振る舞おう。
誘拐の実行までまだ数ヶ月の時間はある。もっと情報を集めてから、オーブリー様かウィリアム殿下に直接相談しよう。
よし、方針は決まった。じゃあまだまだ眠いから寝よう。起きたらまた考えよう。
***
産まれて1ヶ月経ったけど、何も情報は掴めていない。分かったことは、乳母のアルマさんや私についている護衛騎士たちに怪しい点はないことくらいか。
他に良かった点としては主に3つ。1つ目は、目がだんだん見えるようになってきたこと。2つ目は、長時間の睡眠が取れるようになったこと。3つ目は、数時間起きたままでいられるようになったこと。
周りの反応を感じながら、日齢通り、期待通りの赤ちゃんを演じている。この1ヶ月は、朝食後の時間にオーブリー様の部屋へ移動し、夕食前の時間に赤ちゃんの部屋へ戻る生活をしてきた。
でも、私が夜中に張り込むべき場所は、赤ちゃんの部屋よりもオーブリー様の部屋だろう。なので、一芝居打つことにした。




