表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/9

1.強烈な睡魔

 ーー疲れたなぁ。


 すごく長く眠っていた気がする。でもまだ眠たいし、身体も動かない。こんなにくたびれ果てたのは何故だろう?

 どこにいたんだっけ? 何をしていたんだっけ? そもそも私は誰だっけ? 眠くて頭が回らないや。


 そうだ、私はグレイシアだ。グレイシア・オドルレイド、オーブリー様の護衛騎士だ。王太子妃のオーブリー様の、慰問の為に帰省する道中を護衛する任務に就いていたんだ。


 オーブリー様の姉君であるスカーレット様とその次男のルーファスくんも一緒。赤毛黒眼の美しい親子で、5歳のルーファスくんとは休憩時間に沢山遊んで仲良くなった。弟たちの遊びに散々付き合わされた経験が役に立って良かった。


 ええと、全1週間の旅程の6日目の朝までは覚えている。



 今回は6泊中3泊がご実家での宿泊の為、侍女の帯同がなかった。だから宿での身の回りのお世話を、下級貴族出身の女性騎士たちで担当した。

 寝癖を直すのが面倒で編み込んでいた私の髪を見て、オーブリー様が「今日はグレイシアとお揃いの髪型にしたい」と仰ったので、柔らかな赤紫の美しい御髪を結わせていただいた。それを見たルーファスくんが「僕も一緒が良い」と言って、結局スカーレット様も他の女性騎士もみんなで同じ髪型にしたのだった。


 そんな子供の笑い声が響く穏やかな旅が一変したのは、宿を出て、慰問先の孤児院で昼食を取り、森を抜けて、小休止しようとした時だった。


 武装集団からの襲撃。


 こちらの方が人数も多く装備も良かったので、簡単に治められると思っていた。決して油断した訳ではなく、相手が奇妙だったのだ。


 暗殺目的なら真っ先に馬車へ乗り込もうとするはずだし、誘拐目的なら馬車から引きずり下ろすなり馬車ごと奪うなりするはずだが、馬車には見向きもしなかった。王太子妃の馬車とは知らずに襲って来た略奪者の可能性もあるが、それこそ馬車を狙わないのはおかしい。

 私は他2名と共に馬車のすぐ側で最終防衛役として構えていたが、誰も向かって来なかった。


 1人1人の動きも気味が悪かった。怪我を厭わない、死を恐れない立ち回りで、実際に大怪我を負っても向かって来た。戦い方が予測不能で、同僚たちが苦戦しているのが見てとれた。


 最も苦戦していたのが相手の親玉と剣を交えていた隊長で、その利き腕が失われたことに気付いてすぐ、副隊長から作戦変更の指示が出た。22番だった。


 そうか、私は隔離魔法を使ったんだった。



 王城外で危険に遭い、かつ形勢が悪い場合に、馬車を最後の砦にできるよう、我がアストラーデ王国の魔法騎士団が生み出した特別な魔法。この魔法を使えば馬車の扉や窓が開かなくなるし、馬車を壊したり馬車ごと移動したりもできなくなる。

 血誓登録をしているので、登録者以外はどんなに魔力が高くても解除できないし、登録者は魔法が発動された方角と距離を感知できるので救難信号の役割も兼ねるのだ。


 そんな有用な魔法である分その魔力消費量も膨大で、平均的な大人100人分くらいの魔力が必要だと聞いた。登録しているのが護衛騎士団約120人とその他騎士団の副団長以上の約30人、計150人程なので、一度使うと三分の二程度の魔力がなくなる計算だ。

 連続して使うことができない為、この魔法の使用は国王夫妻と王太子夫妻とその長子の護衛時のみに限定されている。


 そうそうオーブリー様は、この魔法について聞いた翌日にウィリアム王太子殿下と一緒に魔法騎士団を訪れて、2人で血誓登録をしてくださったのだ。曰く、「一緒に戦うことはできませんが、魔力の提供ならできます。微力ですが、温存しておく意味もない魔力ですのでぜひ使ってください。」とのこと。本当に仕えていることを誇りに思える、素晴らしい方だ。



 隔離魔法の発動には時間がかかるので、そっと馬車の反対側に回って、オーブリー様に作戦の変更をお伝えした。最期の挨拶ができ、ありがたい御言葉を頂戴した私は幸せ者だ。


 隔離魔法を発動して馬車全体を確認していた時に、泣き出しそうなルーファスくんと目が合った。まだ5歳なのにこんな場面に遭遇してトラウマにならないと良いなと願い、なるべく悪くない出来事として残るように、私は笑顔で手を振った。


 戦場へ戻ると、立っている騎士は一緒に馬車を護っていた2人と副隊長だけだった。隔離魔法の発動で魔力の三分の二が持って行かれた為、戦闘で既に消費していた分と合わせて魔力枯渇になり立っていられなくなったのだろう。

 私の魔力も残り1割程しか残っていなかった。隔離魔法に必要な魔力が残っていなかった人の分も、残っている人から引かれたのだろう。


 対する相手は18人。ようやく半数はこちらに向かって来た。残った魔力を使い切れば近くにいる5人くらいは吹き飛ばせると判断して、仲間に合図を送ってから魔法を発動させた。


 大丈夫。22番の指示が出た時点で、いや、護衛騎士団に配属された時点で、覚悟はできていた。正直ちょっと恐かったし手も足も震えたけど、騎士としての誇りを持って、堂々と最後の魔法を放った。




 あれっ!?




 私、死んだんだよね??


 身体の感覚もないけど、死後の世界って、こんな風に魂か何かだけが残って思考が続くのかな?

 それとも今は死の間際で、今のが「これまでの人生が走馬灯のように蘇った」ってやつなのかな? ずいぶんとゆっくり、1日分を思い出しただけだったけど……


 ま、いっか。


 眠くてよく分からないから、とりあえず寝よう。起きたらまた考えよう。目覚めなかったら、それまでだったってことだ。




***




 うーん、よく寝たなぁ。まだ眠いけど。

 ええと、私、どうなったんだっけ?


 そうだ、よく分からないから寝たんだった。そういえば、手足の感覚がある。私、生きてたんだ!

 ずいぶん長く眠っていたように思うんだけど、空腹感もないし背中も痛くない。水中に浮かんでいるような不思議な気分。目は開かないけど耳は少し聞こえる。どういう状況なんだろう?


 あ、話し声みたいなのが聞こえるから、集中して聞いてみよう。


「お腹が大きくなってるとは、どういう事だ? 襲撃を受けたショックで療養中じゃねーのかよ? 公務はサボっておきながら、やる事はやってますってか?」

「失礼しちゃうわ、その前からよ。療養中に発覚したからそのまま穏やかに過ごしているだけ。来月出産予定だから、次の作戦は産後落ち着いてからにしてね。」


 襲撃を受けた、とはオーブリー様のことだろうか? オーブリー様がご懐妊なら大変めでたい事だけど、作戦ってなんだろう? この会話をしている男女は誰なんだろう? 緊張しながら続きの会話にそっと耳を傾ける。


「ああ、まだ次の作戦は決まってねえから大丈夫だ。実はカールトン様が行方不明で、動ける奴全員で探している所だ。」

「あら、じゃあカールトン様が見つからなかったら、こちらもお役御免かしら?」


 カールトン様って誰だろう?


「いや、それこそオーブリー様の存在が重要になるだろうよ。幹部連中の中には、カールトン様が見つからなかったら将軍の奥方に、なんて声も上がってんぞ。」

「キラキラ王太子と別れて陰険老人に嫁げって!? 却下よ。」

「じゃあ無事にカールトン様が見つかるように祈っておくんだな。」


 やっぱりオーブリー様の話だった! よく分からないけど、あの襲撃の目的はオーブリー様の誘拐で、そのカールトン様って人と結婚させるつもりなのだろうか? この2人、特にオーブリー様に近い人のような発言をしている女性は誰なんだろう?


「そんで、ガキが産まれてどれくらい経ったら長距離移動に耐えられるようになるんだ?」

「どんなに早くても3ヶ月、できれば半年以上ね。」

「そうか、将軍には半年待てって言っとく。あとガキが女だった場合どうするかも確認が必要だな。」

「作戦が決まったらまた来てちょうだい。」

「おう、じゃあ今日は帰るわ。」


 なんてこと! もう一度オーブリー様の誘拐を試みるつもり!? 絶対に私が阻止してみせる!!


 でもここはどこなんだろう? 私は敵のアジトにでも捕まって、魔法で眠らされているのだろうか? オーブリー様が来月出産するのなら、私は半年近く眠っていたという可能性が高い。早くこの状況から抜け出さないといけないけど、情報が足りない。


 うーん、よく分からないけど、やっぱりこの強烈な睡魔には抗えないから、とりあえず寝よう。起きてから急いで考えよう。




***




 怪しい会話を聞いてから、またしばらく経ったように思う。なるべく聞こえて来る会話には耳を澄ませているけど、あれ以来情報はない。そろそろオーブリー様の御子はお産まれになったのだろうか。


 私の置かれている状況については、やはり敵に捉えられている可能性が高いと思う。

 目が開かないばかりか呼吸もしていないようだし、ずっと食事も摂っていない。ただ、狭い場所で水に浮かんだまま、あちこちに運ばれているような感覚があるだけだ。

 私の知らない捕獲魔法みたいなものがあるのだろう。生かされているということは、まだ敵にとって私に価値があるということだ。拷問などの厳しい理由かもしれないが、生きている間は逃げ出す機会もきっとある。その時を逃さないように注意していよう。


 あれっ! 痛いっ!!


 押し潰されそうな強い圧迫感と、押し流されそうになる強い力。とうして!? 拷問開始にしては、まだ何も質問をされていない。でもすごく痛い。苦しい。


 拷問目的ではなく、ただの加虐趣味に付き合わされるのだろうか?よく分からないけどすごく痛い。苦しい。


 狭い場所に押し込められて、細い場所を頭から通り抜けようとしているみたい。すごく痛い。苦しい。


 あれ、でも明るい所に出た! 相変わらず目は見えないけど、明るいのは分かる。水の中でもない。息をしている。でもとりあえず、身体中がとっても……


(いったーい)

「オッギャーア」


 え、今の声はなんだろう?


「おめでとうございます、元気なかわいい女の子ですよ!」


(えっ?)

「フギャ?」


 待って待って、さっきから聞こえる赤ちゃんの声が私の喋っていることと重なっているんだけど、私が赤ちゃん!?


(ええーっ)

「フギャーッ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ