プロローグ
コンッココンッコンコンッ
沈黙が続いていた馬車の中に、窓をノックする音が異様に大きく響いて聞こえた。
外では魔法のぶつかる爆発音や剣の打ち合う金属音や怒号がずっと続いている。最初はとても恐かったのだが、徐々に耳の中を通り抜けるだけになり、どこか遠い世界の出来事のように思えていた。恐怖から身を守る為に、脳が無意識に音を拾わないようにしていたのかもしれない。
騒音が聞こえて来るのとは反対側の窓が叩かれ、急に現実に引き戻された気がした。
隣に座っていた母上は怯えて身体をビクッと震わせたが、向かいに座っていたオーブリー様は落ち着いており、静かだけど力強い声色で応えた。
「なんでしょう?」
「これより緊急対応22番に移行します。お迎えが来るまで決して扉も窓も開けませんよう、お願い致します。」
聞こえてきたのは大好きなグレイシアの声だった。
先月の豪雨で最も被害が出たのが王太子妃であるオーブリー様の実家の領地だった為、オーブリー様とその姉である母上と僕とで慰問に訪れた帰り。大人しかいない1週間の旅程の中で寂しい思いをせずにいられたのは、彼女がいたからだ。オーブリー様の護衛騎士としての仕事には含まれていないはずなのに、僕と年の近い弟がいるからと言ってずっと遊んでくれた。
「22番……そう。ーーグレイシア・オドルレイド、貴女方のような優秀な護衛に護ってもらえることを、誇りに思うわ。」
「光栄です。我々もオーブリー様に剣を捧げていることを、幸せに思っております。では失礼します。」
「ーーええ。」
両手を胸の前で組み、目を閉じて祈るように発したオーブリー様の言葉は、声が掠れてほとんど聞こえなかった。そして、目を閉じていてもはっきりと浮かんでいる苦悶の表情に、これは最期の挨拶なのだと分かった。
母上もオーブリー様に倣い、目を閉じ手を組んで祈り始めた。僕も、と思って手を上げたが、2人が目を瞑っている間に少しだけ外を見ようと思い直し、急いでカーテンの端を引っ張った。
戦闘中は決して外を見てはいけないと言われていたけれど、隙間から覗くだけだから中の様子を敵に知られる危険性はないし、こちらは騒がしいのと反対側だから滅多なものを見てしまう可能性も低いし、今ならまだグレイシアの姿を見れるかもしれない。
そんな期待を持って外を見てみると、カーテンの向こう側はとても眩しかった。グレイシアはすぐ近くに、夕日に包まれるように立っていた。
グレイシアは見たことのない、複雑で、虹色に輝く魔法陣を浮かべて、この馬車へ向かって魔法を発動させた。何の魔法かは分からないけれど、柔らかく、優しい魔法に見えた。
魔法をかけ終えたグレイシアは安堵した表情で馬車全体をざっと見回し、僕が覗いているのに気付いた。そして、口角をにゅっと上げた、柔らかく、優しい顔で笑った。
あぁ、こんな時でもグレイシアは僕を気にかけて笑うのか。なんと美しいのだろう。
グレイシアは今にも泣き出しそうな僕を安心させるように、大きくひとつ頷いて、手を振って去って行った。
悔しい。死地へ向かう人を、見送ることしかできないのが悔しい。ただ怯えて護られるだけの、力のない自分が悔しい。
だからせめて祈ろうと思い、カーテンから離した手を今度こそ胸の前で組んだ。
これからは努力を惜しまないので、どうか大切な人を護れる力を得られますように。どうかグレイシアが、来世では大切な人と穏やかな最期を迎えられますように。
初投稿です。
まずは本編(15話程度の予定)の完結を目指して書いてみます。




