後編
✩*.゜
「どうして、チナちゃんがここに!?」
姉よ、わたしも同じセリフを言いたい。
なんで……。
「そうか、なんだか初めて会った感じがしなくて親近感わいたのは、そういうこと? マナちゃんの妹さんだったんだ。マジですごい偶然だね」
堂場さんが、わたしたちの間で一瞬流れた微妙な空気を知ってか知らずか、ほのぼの系のコメントを出して来た。
「二つ年下の妹の知波ちゃんだよ。わたしと正反対で、しっかり者なの。でも、どこでふたりは知り合ったの?」
あー、姉よ。わたしを紹介するときの、その定形文、もういい加減やめて欲しい。
でも、姉は悪気無しの天然さま。
だから、なおのことタチが悪い。嫌いになれない。
「えーっと、それはね……」
堂場さん、言わないで!
まさか、お姉ちゃんの新しい彼氏さんが堂場さんだったなんて。
ショックが大きすぎて、涙も出ない。
でも、これ以上、ここにいたくはなかった。
「あの、お姉ちゃん、わたし急用を思い出したから、失礼するね。わたしの分のコーヒー飲んでくれる。さよなら」
「あ、チナ……」
なにか言いかけた姉をスルーし、わたしは、堂場さんに向いて頭をさげると、視線も合わせずに外に出た。
「あ、待って!」
堂場さんの慌てた声が、苦い余韻を残した。
色んな感情が胸の中で渦巻いていたため、廊下で黒い誰かとすれ違ったことに、わたしは気が付かなかった。
だから、
『タツキ! おまえ、明日帰ってくる予定じゃなかったのか。でもいいところに、今の女の子追いかけて。コインパーキングの彼女だよ。おまえが可愛いって言ってた。わざわざお礼を言いに来てくれたんだけど、タツキと僕のこと、色々誤解もあるかもしれない。とにかく早く追いかけて!』
『名前は? コインパーキングの彼女の名前!』
『チナミちゃんだ』
そんな会話が、あったとは、わたしには聞こえようもなく。
✩*.゜
軽く走っただけで、日頃の運動不足のせいで、すぐに息がきれて、すでに歩いている。
姉ばかりが、良い思いをしている。
そう思う自分が……嫌い。嫌だ。
姉はなにも悪くない。わたしの心が狭くて器が小さくて、勝手にコンプレックスを抱えている。
「待って、チナミさん!」
すぐには自分の名前が呼ばれたことに気が付かない。
だって、姉や家族は、わたしを【チナちゃん】と呼ぶし、職場では名字だし。
「チナミさん!」
堂場さん? の声に似ているけど。
彼が追いかけて来るわけないよね。
わたしは空耳かと、疑いながらも歩きながら振り返った。
そこには、あの時見たままの茶髪、サングラスに黒のレザージャケットの男性がいるではないか。
わたしは訳がわからなくなって、その場で固まった。
だれ? いや、あの時の人そのまま……。
「すみません、突然声をかけて……。えっと、なにから話せばいいか、わからないんですけど、イツキに追いかけろと言われて、あなたを追いかけました。って、俺、何言ってるんだ」
なに? イツキ……って、堂場さんのことだよね。
では、この人は?
「あ、私はですね、堂場一樹の双子の弟の樹生です」
そう言って、目の前の人は、サングラスを外した。
タツキさんは、イツキさんよりちょっとだけ明るい茶色の虹彩、タツキさんはイツキさんよりキリッとした目付き。でも、顔も姿形もよく似ていた。
双子の弟!?
ようやくなにか、すべて腑に落ちるというか、モヤモヤしていた心が落ち着いてきた。
わざわざ、わたしを追いかけてきてくれた。
「は、あ、ど、どうも。この前はパーキングで助けてくださって、ありがとうございました。えっと……」
言葉が続かない。
「あの、歩きながらでも良いんですが、チナミさんさえ良ければ、その辺のカフェにでも入って、少し話しませんか?」
そう言って、恥ずかしそうな表情で無意識に髪をかきあげたタツキさんの手首に赤い痣が見えて、わたしはホッとして、胸がキュンとなった。
「……はい」
わたしが頷くと、タツキさんはとても嬉しそうに目じりをさげて柔らかく微笑んだ。
今日はバレンタインの前日、恋の始まりの予感? それが本物になるかどうかは、これからのわたし次第。
本当にしばらくぶりの投稿で、執筆の感覚を取り戻すのに時間がかかりました。
藤乃さま〜、この度は素敵な企画に参加させていただきまして、ありがとうございました。
そして、なろうさん、20周年おめでとうございます!
これからもどうぞよろしくお願い致します♪